一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

アイルランドの風景(1)
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西日本では猛暑の毎日が続く中、東京では8月の最初から連日雨天という異常気象だそうですね。気分を変えて、これから暫くの間管理人の心の故郷とも言えるアイルランドを訪問した時の写真などをご紹介したいと存じます。少し以前の旅行で、季節も春の終わり頃。ひんやりとした空気を味わって頂ければ幸いです。


先ずは、パリからCityjetという会社のやや小型ジェット機に乗り、アイルランドの首都に近いダブリン国際空港まで2時間弱のフライト。空港からは、ダブリン市内を通り抜け、西方の街ゴールウェイまでの直行バスが出ています。約3時間程度のドライブで、アイリッシュ音楽の中心地の一つにたどり着けるのですから、ちょっとしたタイムスリップをした感じです。


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音楽のことはさておきまして、街の中を少し散策してみますと流石にアイリッシュ・ムード満点です。


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観光客に溢れる中心街を抜けて少し外れの方まで足を伸ばせば、辺りの風景は一気に北欧的になりました。


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港に近い河口周辺には白鳥の群れが身体を休めています。人に慣れているのか、逃げるどころか近寄って来ました。


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これから、更にアイルランドらしい絶景が待ってくれているかと想えば、期待感がいや増す旅のプロローグです。




本日の音楽は、アイルランド生まれの作曲家と言えば、やはりこの人。ハミルトン・ハーティ(Hamilton Harty, 1879-1941) の交響詩「With the Wild Geese」(1910年作)。Hartyについては、「リールの子供たち」(2008年9月25日の記事)で一度紹介しています。彼の作品はどれも故郷アイルランドの調べと香りに包まれた哀愁に満ちた作品ばかり、それでいて不思議な力強さが秘められています。初めての方は、是非この作品からでもお聞きになってみて下さい。







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従軍看護婦
MNS1


当ブログ管理人は、かつて学校を出たてのホヤホヤ新米であった頃、暫くの間、上の写真の施設で非常勤の仕事をしていたことがあります。この施設は、創設が何と第2次世界大戦開始以前にまで遡り、当初は戦争で傷ついた兵士を収容することが目的の療養所の一つでした。時代と共に絶えず建物の増改築や新築がなされ、今では創立時の面影はほとんど残っておりません。しかし、管理人が出入りしていた頃は、まだ建物間の連絡通路や幾つかの木造建築物が創立当時のままであったと思われ、初めて訪れた時は柱や屋根の様子が、まるで映画のシーンに現れた陸軍中野学校みたい(実物を見たことはありませんが)と思ったことをよく覚えています。


この施設では傷痍軍人を療養させることが本来の目的となっていましたが、実質的には主に戦場で精神疾患を患った兵士たちを収容する施設でした。そのため戦中から精神病に特化した加療・入院施設となり、戦後になってからは女性を含む一般国民も入所可能となりました。休み時間に婦長さんらがプライバシーに十分配慮されながらも何気なくお話になる(入所患者さんたちの)容態や境遇は、社会経験の乏しかった若年の管理人には大変教育的、かつ刺激的で、随分と心を動かされ、涙を流したものでした。





ところで、戦後も70年余りが経過しますと、それまでずっと長い期間秘めてきた自己の体験をポツリポツリと語る人たちが現れています。昨夜はNHKで関東軍防疫給水部(731部隊)に関する特集が放映されました。真実を語れば、戦争犯罪を新たに問われることもあるかと恐れ、あるいはそうでなくとも職務放棄の誹りを受ける恐れがあり、本来であれば墓場まで持って行くようなお話が零れ落ちて来ます。中には、番組制作者らの熱意に応えて、もはや過去のことは時効として、むしろ後世のためにと勇気を振り絞って語ってくれたのかも知れません。


本日は、そうした証言の一つとして2016年7月放映されたNHKスペシャル「女たちの太平洋戦争 ~従軍看護婦 激戦地の記録 」をご紹介したいと存じます。70年以上前のことながら、今なお生々しい証言です。私たちは、こうした貴重な体験談をしかと受け止め、それから何を学び、今後何をなすべきかを真剣に考えなければなりません。(注. 動画開始49分後以降に編集上の不手際からか重複あり。)





そして本ブログは、一応音楽ブログですので、こちらの動画(一部の歌詞省略)もご紹介しておきましょう。


従軍看護婦の歌
(作詩 加藤義清 作曲 奥好義)


火筒(ほづつ)の響き遠ざかる  跡には虫も声立てず  
吹き立つ風はなまぐさく  くれない染めし草のいろ

わきて凄きは敵味方  帽子飛び去り袖ちぎれ  
斃れし人の顔色は  野辺の草葉にさもにたり

やがて十字の旗を立て  天幕(テント)をさして荷(にな)いゆく  
天幕に待つは日の本の  仁と愛とに富む婦人

真白に細き手をのべて  流るる血しお洗い去り  
まくや繃帯白妙(しろたえ)の  衣の袖はあけにそみ

味方の兵の上のみか  言(こと)も通わぬあだ迄も  
いとねんごろに看護する 心の色は赤十字

あないさましや文明の  母という名を負い持ちて  
いとねんごろに看護する  心の色は赤十字






8月9日
Pho6


今日は8月9日。

カレンダーのどの日であれ、世界のどこかではいつも何かが起きています。それは大きな出来事であることもあれば、ほんの些細なことであることもあります。また、それは喜ばしいことであることもあれば、悲しい、実に悲しい出来事であることも。

しかし、月日が流れると共に徐々にその記憶が薄れてしまい勝ちだからこそ、敢えて声を大にしてその出来事を思い起こさなければならないという歴史的に重要な日というものはあります。再開の日が丁度この日でしたので、このことをしっかりと書き留めておきたいと思いました。


先ずは、あの有名な写真から。


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上の写真に関して、ご存じない方のためにはこちらの説明がよろしいかと。↓







長崎には本年の秋に訪問の予定です。



なんとか再開
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いろいろと管理人本人の身辺に多難が続き、暫くブログを更新できませんでした。まだ決して状況が良くなったわけではないのですが、少し気分転換も兼ねてブログを再開してみたいと思います。もっとも、また直ぐに途絶えてしまうかも知れませんが、その時はその時ということで・・・。


先日、宮城県の石巻に行って参りました。丁度仙台での用事がありましたので、それが終わった後に現在の復興状況や如何にと自分の眼で確かめたかったこともあり、猛暑の中を押して仙石線に乗りました。あの大震災直後以来、6年何ヶ月振りの訪問です。


Pho2


駅前に降り立ったら、間もなくこの看板に遭遇。そうでした、あの時は駅前から続く商店街は1階がほぼ全て水浸しとなり、使えなくなった家具や商品などが道路傍に山積みになっていたことを想い出しました。


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旧北上川を渡って直ぐの光景がこちら。津波の被害を受けた家々はほとんど撤去され、空き地となっており、当時の面影がほとんどありません。


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更に漁港地区の方へ歩を進めると、大きな堤防が出来ており、視界が遮られ、しかも立ち入り禁止となっていました。


この辺りの震災直後の情景は以下のような有り様でした。


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月日の流れるスピードに改めて驚くと共に、もはや元の通りに戻ることはあり得ないという現実に打ちのめされ、記憶に残る6年前の情景と現在の姿を比較しながら、只々炎天下の中を彷徨することとなりました。確かに幾つもの新しい建造物を眼にはしましたが、何故かいずれも生活感と言いますか、命の息吹を直接的に感じさせないものが多く、これで本当に復興していると言って良いのだろうかとの疑問ばかりが頭の中をグルグルと巡っていたというのが正直な感想でした。


この東北への旅行直前には、とある熱帯の海外に出かけておりまして、その時の疲労が取り切れないまま、上記のように猛暑の中を彷徨したため、体調を大幅に崩して今日に至っています。相変わらず少しも進歩しない管理人です。この半年間、実に様々な出来事が内外にありましたが、それぞれを振り返る余裕もないため、取り敢えずは辛うじて再開というご挨拶のみにて失礼致します。



ダム決壊
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上に掲げた写真は、世界でも何番目(かつては1番であったこともありましたが、現在の順位は不明)かに巨大なダムによって出来た人造湖のほとりで、当ブログ管理人自身が数年前に撮影したものです。見る方向によっては遥か遠方にある筈の対岸が全く見えないくらい広大な湖です。






この湖ではありませんが、米国のカリフォルニア州にあるダムの堰止湖が只今大変なことになっています。オロビル湖ダムと言って、州都であるサクラメント市の北方約100 kmに位置しており、上流地域に大雨が続いたことによって今月に入ってから湖の警戒水量レベルを大幅に超え始めていました。放水路を全開にして水量を下げようとするも、主たる放水路が以前から老朽化進行していたこともあって、ついに決壊。予備放水路の決壊も時間の問題で、ダム全体が崩壊する危険性が正に迫ろうとしています。緊急避難命令が既に地域住民に対して発令。しかし、ダムの下流域に甚大な被害が出るものと思われます。


現地時間2月11日午後4時における映像が、こちら。↓ 妙に音声など無いことが、反って恐怖を感じさせます。





12日付けの各種投稿映像では更に決壊の状況が深刻となっていますので、このまま行くと大変になることは必至です。


自然災害が悲惨なことは言うまでもありません。が、これはある意味で致し方のないこと。近年私たちが学んだ筈の教訓は、「想定外」というのは言い訳にならず、「実際にあり得る」ことなのだという真実です。


昨今、地球温暖化の影響なのでしょうか、大気の循環がこれまで経験したことのないレベルまで、より活発化しているように思われてなりません。ゲリラ豪雨と呼ばれる現象がその好例かと思われますが、以前の記憶にはない記録的な集中豪雨が局所的に起こるなど、とにかく予想外の自然現象が世界の各地で頻繁に発生しています。


問題は、そうした危険性があらかじめ察知されていながら、その対策を怠り、いわば人為的な原因により被害を甚大化させてしまうことです。今回のダム決壊もそうした側面が無きしもあらず。事態の推移が気掛かりなことは言うまでもありません。が、このことを契機として、むしろ私たちの身の回りにそのような危険性が潜んでいるのではないか、改めて見直してみる必要があるように思われます。


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