一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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ダム決壊
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上に掲げた写真は、世界でも何番目(かつては1番であったこともありましたが、現在の順位は不明)かに巨大なダムによって出来た人造湖のほとりで、当ブログ管理人自身が数年前に撮影したものです。見る方向によっては遥か遠方にある筈の対岸が全く見えないくらい広大な湖です。






この湖ではありませんが、米国のカリフォルニア州にあるダムの堰止湖が只今大変なことになっています。オロビル湖ダムと言って、州都であるサクラメント市の北方約100 kmに位置しており、上流地域に大雨が続いたことによって今月に入ってから湖の警戒水量レベルを大幅に超え始めていました。放水路を全開にして水量を下げようとするも、主たる放水路が以前から老朽化進行していたこともあって、ついに決壊。予備放水路の決壊も時間の問題で、ダム全体が崩壊する危険性が正に迫ろうとしています。緊急避難命令が既に地域住民に対して発令。しかし、ダムの下流域に甚大な被害が出るものと思われます。


現地時間2月11日午後4時における映像が、こちら。↓ 妙に音声など無いことが、反って恐怖を感じさせます。





12日付けの各種投稿映像では更に決壊の状況が深刻となっていますので、このまま行くと大変になることは必至です。


自然災害が悲惨なことは言うまでもありません。が、これはある意味で致し方のないこと。近年私たちが学んだ筈の教訓は、「想定外」というのは言い訳にならず、「実際にあり得る」ことなのだという真実です。


昨今、地球温暖化の影響なのでしょうか、大気の循環がこれまで経験したことのないレベルまで、より活発化しているように思われてなりません。ゲリラ豪雨と呼ばれる現象がその好例かと思われますが、以前の記憶にはない記録的な集中豪雨が局所的に起こるなど、とにかく予想外の自然現象が世界の各地で頻繁に発生しています。


問題は、そうした危険性があらかじめ察知されていながら、その対策を怠り、いわば人為的な原因により被害を甚大化させてしまうことです。今回のダム決壊もそうした側面が無きしもあらず。事態の推移が気掛かりなことは言うまでもありません。が、このことを契機として、むしろ私たちの身の回りにそのような危険性が潜んでいるのではないか、改めて見直してみる必要があるように思われます。


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白い雪と暗雲の行方
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ドナルド・トランプ氏が1月20日にアメリカ合衆国の第45代大統領として就任しました。


選挙戦中も、また選挙の結果が出た後も、様々な問題発言を繰り返し、彼の強固な支持者たちを除いて、これからの米国と世界が彼の就任によってどのように変わるのか、正に世界の注目を浴びています。前記事に続けて暫くの間、最近鑑賞し感動した美術品について書いてみようかと思ったのですが、それは後日に再開するとして、この歴史的イベントについてブログ管理人の感想を述べてみたいと思います。


就任式の演説内容は、賛否は別としても選挙前から彼が描いていたアメリカ再生の夢を再度明確に示していたように思います。一言で言えば、米国民の雇用と米国の企業・経済を守るためならば内政・外交あらゆる手段を講ずるという決意表明です。国内外の多くの人々はメディアの人々も含めて、トランプ氏がなんだかんだと過激なことを発言していても、それは選挙対策上の戦略であって最終的には無難な政策を取るのではないか、と(期待感を込めて)予想していたかも知れません。しかしながら、この就任演説を聞く限り、彼が当初から主張していた保護主義的政策を本気で実行に移そうと思っていることは明らかです。このことにより、確かにある一部の人々にとっては歓迎すべき状況が出現することになるでしょう。事実、幾つもの巨大企業が彼の意志に迎合すべく、経営計画を変更し、或いはそれを余儀なくされています。大統領選挙における米国民の選択が(たとえ全体の得票数的にはトランプ氏はヒラリー候補に負けていたとしても、州別に割り当てられた選挙人数を決定するという現行制度の上で勝ったのは事実ですから)果たして正しかったのか(良かったのか)否かは、これからの歴史が判断するしかありません。少なくとも日本を始め世界の各国は、この大きな舵取りの変化に対して、これまでの政策や対米姿勢を根本的に見直さなければならないことは確実と思われます。本ブログ管理人は、決してヒラリー氏の当選を望んでいたわけではありませんが、トランプ新大統領の政策ポリシーの方向性が明らかになるにつれ、大きな不安を抱かざるを得ないのが正直な感想です。TPPからの離脱、新たな関税の設定、より強化した国境管理などの政策方針は、対イスラム文化に対する嫌悪感を助長すると共に、アメリカのみならず世界をより緊張感と不安定性に満ちた社会に導くであろうことは確実と思われるからです。たとえ仮にアメリカの経済が一時的には好転したとしても、早晩世界の国々との間で今まで以上のより深い溝が生まれるような気がします。いや、彼が次々と打ち出す施策に対して、国外のみならず当の国内から批判がより一層高まることでしょう。


思えば、近年、世界の各地で自己中心的な政治指導者が好き勝手を振る舞うことが多くなったように思われます。もしかすると、そうした状況は、国家のリーダーに限ることなく、一般の人々の普段の行動自体がそうした傾向になっているのかも知れません。誰もが「社会全体が良くあれ」と口にしながら、心の中では「先ずは自分、そして私の家族(引いては自国民)さえ良ければよい」と思っており、その欲望を無理してまで抑えることをしなくなったような気がします。勿論、自己犠牲をものともせず、他者を助けることを第一義とする人たちが今でも多くいらっしゃることは変わりません。しかしながら、その相対的割合に関して前者が増加する方向にシフトしているように思われてなりません。





累積の海外生活も長くなり、管理人の人生も相当な割合を日本以外で過ごしたことになっています。先進国から極端に貧しい途上国まで様々な国々において仕事をしていますと、日本(あるいはある特定の国)という国とその人々に対する見方が時間と共に変化して行きます。それまで何とも思っていなかった出来事や事象が急に気になり、その真の意味が理解され、その結果時に大きく感動することが多くなりました。種々の芸術品に触れた時など、今まで以上に心が動かされます。単に年のせいかな(笑)とも思えますが、純粋に感受性が高くなっているような気がします。


昨年のオバマ前大統領の広島演説(2016年8月6日の記事)や彼の退任時の挨拶には、お決まりの言葉ではなく、彼の人柄が滲み出る温かさがあり、本当に感動を覚えました。駐日米国大使であったケネディ女史の日本国民に対する離任の挨拶も実に感動的です。








最近、ある少女の歌に嵌っています。彼女の存在自体はかれこれ2年ほど前にネットで見つけて知っていたのですが、その後動画の数も増えて度々そのサイトを開くこととなり、その度毎に感心し、心が癒されています。その少女の名前は、山下ヤスミンさんといいます。既にご存知の方も多いことでしょう。ヤスミンさんはブラジル在住の日系ブラジル人だそうです。従って、普段日本語を話しているのではなく、日本語の歌詞については態々(わざわざ)ポルトガル語に翻訳してもらい、その意味を理解してから歌っているとのこと。以下にご紹介する動画は、彼女がブラジルのとあるテレビ局が主催した、いわば素人参加型の「のど自慢番組」に出演した時の映像を編集したもので、出演した当時彼女は10才! 大変美しい日本語の発音とイントネーション、正確な音程、そして優雅な手振り。実年齢を忘れさせる、まるで大人の女性が唄っているかのような情感たっぷりの歌唱。素晴らしいです! もしも初めての方は、是非彼女の歌をご堪能下さいませ。









今年は女性が・・・
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マリー=ガブリエル・カぺ作 『自画像』


昨年末から年を跨いで幾つかの美術館や展覧会などに足を運びました。休日の過ごし方としては極めて贅沢な時間の使い方かも知れません。その中で特に印象に残ったものをこれから順次ご紹介したいと存じます。


冒頭に掲げたある婦人の肖像、先ずは「自画像」というタイトルにビックリ!


作者は女性? 


そうなんです。18世紀後半から19世紀初頭にかけてフランスで活躍した女性画家マリー=ガブリエル・カぺ(Marie-Gabrielle Capet, 1761-1818)が22才の頃に画き上げた作品(国立西洋美術館所蔵)です。モーツァルトやベートーヴェンが生きていた時代と重なっていることを思えば、彼女の独自性・異才性がよく分かるかと思います。彼女はリヨンの貧しい使用人の娘として生まれましたが、1781年、20才になった時、これも同じく女流画家であるアデライード・ラビーユ=ギアール(Adélaïde Labille-Guiard, 1749- 1803)がパリに開いた「女性のための美術学校」で学ぶためにパリに出ることを決意。その2年後に画いた作品がこれです。チョークホルダーを右手に持ち、自信に満ちたほほ笑みを浮かべたカぺの姿は、そのふくよかな肉体や豊かなブロンドの髪は無論のこと、それらを包み込む如何にも肌触りが良さそうな衣装とそれに統一された淡い青色のリボンの質感と合わせて、この画を見るものの眼を奪います。おそらくカぺ自身が相当な美人だったのでしょう。天は二物を与えることがあるのですね。


ちなみに彼女の師匠ラビーユ=ギアールも、特に肖像画を得意としており、その描写力が尋常ではありませんでした。そしてラビーユ=ギアールの画いた「自画像」から判断するに彼女も相当な美人であったという共通性もあります。彼女らが活躍した時代は、1787年、ブルボン王朝に反対する貴族らの反抗に始まるフランス革命の直前に当たり、事実ラビーユ=ギアールらは革命を擁護する立場を取り、いわば女性が社会的自立をする先駆けとなった人物とも言えます。ラビーユ=ギアールは、もう一人の女流画家エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン(Marie Élisabeth-Louise Vigée Le Brun, 1755- 1842)と共に女性で最初のアカデミー会員となっており、フランス革命を経て女性にも広く開放されたサロンを大いに発展させました。カぺは弟子としてその先輩達の系譜を引き継ぎ、フランスのサロンで活躍した中心的人物の一人と言っても良いでしょう。


そう言えば、東京都知事の小池さんが次の都議選に立候補する人材探しのための選考試験を行ったというニュースが流れました。この方も昨年から一気に注目度を挙げた女性の一人ですね。2017年は女性が一段と輝く年になる予感が致します。





作曲家で女流と言えば、現代では多数の著名な作曲者が居ますが、やや時代を遡るとこれが案外男性優位の社会です。例えばシューマン(Robert Alexander Schumann, 1810- 1856年)の妻となったクララ・ヨゼフィーネ・シューマン(Clara Josephine Wieck-Schumann, 1819- 1896)はピアノの演奏家として、また作曲家として19世紀半ばにおいて超有名人の女性でしたが、夫ロベルトとは結婚して暫くは理想的なカップルとして共に活躍するも、同業の悲しさか、演奏家としてのクララに注目が集まる一方、ロベルトは彼女の付け足しのような周囲の扱いに苦しみもがき、結果としては彼が死ぬまで苦しむことになる精神疾患の引き金にもなってしまいました。うーん、女性が活躍するのは良いのですが、なかなか家庭との両立は難しい!


その解決策について論じていると、いつまでもこの記事は終わりませんので、今日は取り敢えずクララの作品を聴いてみましょうか。クララ・ヨゼフィーネ・シューマンのピアノ協奏曲イ短調Op.7。クララが13才の時に着手され、後に夫となるロベルトの助力によりオーケストレーションなどがなされ、約10年余りをかけて1834年頃に完成しました。十分鑑賞に堪える傑作だと思います。






2016年も残すところ・・・
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今年も残すところ、あと数日となりました。


11月から12月にかけて相変わらずの超多忙・・・


実際に時間が取られたというよりは、むしろ種々の事情から気が疲れることが多くて、気ぜわしかったというのが本音です。


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そして今年も随分と彼方此方を飛び回りました。購入できる座席は相変わらずのエコノミークラス。マイルだけは結構溜まっていますので、時折はそれを使ってアップグレードの恩恵に。先日の出張では、エール・フランス航空でしたのでプレミアム・エコノミーにアップグレードさせて頂きました(本当ならビジネスクラスにしたかったところ、あいにく席に余裕がありませんでした)。それでも久し振りのプレミアム・エコノミー席です。長時間のフライトを狭苦しいエコノミーの座席の上だけで過ごすのはやはりシンドイですから、嬉しい!


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そして出て来た機内食がこちら(ただし日本路線ではありません)。エコノミークラスのそれと全く同じかと思っていましたら、知人が仰るには少し違うのだそうです。確かにフォアグラが入っていますので、そうかも知れません。次回は普通のエコノミーの予定ですから、その時に確認できるかと思います。





本当であれば、季節柄クリスマスの記事やら何やら、少しは読んで楽しい、そして華やかなブログ記事を書きたかったのですが、如何にせん、そうした心の余裕がありませんでした。(- -;) 済みません。


本日の音楽、来年こそは今年以上の良い年になることを祈念して、ドイツの作曲家ライネッケ (Carl Heinrich Carsten Reinecke, 1824-1910)のピアノ協奏曲第3番をご紹介します。(^o^) ライネッケは生年から分かりますように、ベートーヴェンが他界する3年前にハンブルグのやや北に位置するアルトナの町(当時はデンマーク王国の支配下にあったホルシュタイン公国の領地)に生まれ、20代の頃、ピアニストとしてライプツィヒにてメンデルスゾーンやシューマンに師事します。そして1860年から引退する1902年までライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の楽長(1897年からはライプツィヒ音楽院の院長も)に就任。ピアニスト、兼指揮者、兼作曲者としてその時代の大スターであった人物です。正確に言えば、彼の名声が最も高かったのは指揮者としてのそれであり、他の2つはむしろ付随していたというのが正しいかも知れません。系譜からはドイツ・ロマン派音楽の正統な継承者であったライネッケですが、後半生では指揮者と作曲家がそれぞれ分離独立して成立し始める(そうしなければ両立が難しくなった)という過渡的な時代も体験しています。指揮者、演奏家、教育者という大変な仕事を一人で何役も同時にこなさなければならない超多忙な中にあって、およそ300に近い数の作品を書き残しています。多忙を理由にたいした仕事もできないブログ主にとりましては、実に尊敬すべき偉人の一人でもあります。


主な作品群としては3つの交響曲と4つのピアノ協奏曲。他にVnコン、Hpコン、Flコン、Vcコンなどが知る人ぞ知る作品でしょうか。それにも拘わらず、今日彼の名前は(一部のコアなファンを除いて)相当にマイナーです。確かに19世紀末から20世紀初頭にかけて綺羅星の如く登場したいわゆる後期ロマン派と呼ばれるヴィルトゥオジティと個性に溢れたスーパースター級作曲家たちの傑作群に埋もれてしまい、ライネッケが生存中はともかくも、後世の関心は薄れてしまったかも知れません。あるいは正統的ではあるけれど革新性には今一つ欠けると、歴史のフィルターによって判断されてしまったのかも知れません。しかし、昨今では演奏会でも滅多にお目にかかれない作品の数々を丁寧に発掘するcpoを始めとする良心的なレーベル等の御蔭により、今日再び良質の演奏で聴くことが出来ます。ラフマニノフが登場するまでには未だ20年近くの年月を待たねばならねばならなかった時代の作品であることを考えながら今改めて聴き直しますと、忘れ去られるには余りに惜しい逸材による相当上質な作品であることを痛感致します。自身の怠惰に対する戒めも兼ねて、彼が最も脂が乗りきっていた時期に書かれた傑作、ピアノ協奏曲第3番ハ長調 Op.144 (1877年作)を本年最後のお薦め音楽としたいと存じます。






ところで全く個人的なことではありますが、今年はまたまた近しい身内が他界致しました。そのためこのブログでの新年のご挨拶は致しませんことを前もってお断り申し上げます。皆様、良いお年をお迎え下さいませ。


11月の風景
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季節柄、管理人が自ら撮影した紅葉狩りの写真を何枚かご紹介します。
今年は特有の寒暖の差によって、ひと際楓(かえで)の色付きが鮮やかなのだそうです。


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場所は京都府立植物園です。都会の真ん中とは思えないほど静かで、まるで山中にでも入ったかのようでしょ。


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黄色と赤と緑の絶妙な配置。お天気はいまいちの曇り空でしたが、散歩していて実に爽快です。


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中でも一番色付きが鮮やかだったのが、この楓。
高緯度の深山ならともかく、平地でこの色合いはなかなかのものです。





米国の大統領選挙の結果、トランプ氏が新しい合衆国の顔となりました。選挙運動中の発言と実務に就いてからの施策が同一とは限りませんから、早計な判断は避けたいと思いますが、少なくとも白人至上主義者である点と公私の区別を度外視してファミリーを重用する傾向が強いことだけは確かなようです。これからも何かと問題を起こすことが多々あるのではという懸念は払拭できません。イギリスのEU離脱と共に、今年度有権者自らが一番ビックリした結果だったのではないでしょうか。それだけ米国の一般市民の多くにとって現状への不満とそれを変化させたいという待望が強かったのでしょう。後でこんな筈ではなかったのにと後悔されないことを祈るばかりです。(お断りしておきますが、ヒラリー氏だったら良かったと管理人が思っているわけではありません。)


韓国の朴槿恵大統領のスキャンダルも驚くばかりです。元々縁故関係が強く巾を利かすお国柄ではありましたが、今回その歪みが政権の中枢にまで深々と浸透していたことが次々と明らかにされ、病巣の大きさに呆れると同時に、今後訪れるであろう政治の空白が心配です。


翻って、我が国はというと、小池都知事が颯爽と拳を振り上げたのは良かったものの、豊洲の新市場問題といい、オリンピック会場問題といい、解決への筋道は障害物だらけです。計上された予算が最初に言っていた時と実際では何倍も違うなどということは、何も今回に始まったことではなく、おそらくは日本中で起きていることの一端がたまたま露見しただけのように思います。お役人たちと恩恵を被る建築や広告関係の業者たち、そして彼らを裏で仕切るドンたち。他所の国を笑えません。現代のオリンピックやワールドカップのようなビッグ・イベントは、あまりに巨大化し過ぎ、当然裏で動くお金も巨額化し過ぎてしまった結果、汚職の温床となっています。2020年のオリンピックが東京と決まった時、大半の日本人が喜んだように、半分はおめでたいことだと思いつつも、残りの半分は新たな問題を抱えてしまったのではと不安でなりませんでした。大衆の判断とは、得てしてこのようなものです。後悔する頃には後の祭り。そう言えば憲法審査会において、いよいよ憲法第9条を始めとした改正論議が始まりました。政府自民党は、様々なニュースに紛れて国民が気付かぬ内に一気に改正への道筋を固める意向のようです。こんな筈ではなかったのにと、後から言っても遅いです。私たち国民が自ら選んだのですからね。 南スーダンに派遣された自衛官に犠牲者が出ないことを祈るばかりです。





本日の音楽は、イギリスの作曲家バックス(Arnold Bax, 1883-1953)の交響詩「11月の森 November Woods」(1917年作)です。
日本の11月が、晩秋の寂しさの中にも、もう少し紅葉の艶やかさがあるのに対して、ヨーロッパのそれはずっと暗い森のイメージが強いです。





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