歌行燈
- 2007/08/29(Wed) -
Kuwana1



この写真は、1910年頃、東海道53次43番目の宿場町「桑名」の港を撮影した貴重なものです。なんとなく未だ江戸時代の雰囲気が漂っていませんか。


この暑かった夏の想い出の一つとして、海辺のお土産物屋さんや磯辺などで、サザエの壺焼き、あるいはハマグリの塩焼きなどを食された方もいらっしゃるのではないでしょうか。

さては桑名の焼き蛤

魚介類をこんが〜り焼いた匂いがぷーんと漂ってくると、思わず唾をごくんと飲み込みたくなりますね。

hamaguri3



最初に掲げた桑名の写真が撮られた頃と同じ、1910年に発表された泉鏡花の「歌行燈」は、管理人が大好きな短編小説作品です。ご存知でしょうけれど、「行燈」は「あんどん」と読みます。文語体で書かれているので、いささか読みづらいという難点もありますが、まるで桑名の町の情景が眼の前のスクリーンに映し出されるような映像的写実性。そして何よりも能楽という芸能の奥深さが格調高い文章をもって如実に描かれており、鏡花の最高傑作としてこの作品を挙げる人は少なくありません。

少し長くなりますが、その終結直前の名場面を少し引用致しましょう。[読みが難しいのでふりがなを括弧内に入れてあります。また同じ理由から、原文の仮名遣いに若干手を加えたことをお断りして置きます。]


**********

「御老体、」雪叟(せっそう)が小鼓を緊めたのを見て……こう言って、恩地源三郎が厳然として顧みて、
「破格のお附合い、恐れ多いな。」と膝に扇を取って会釈をする。
「相変らず未熟でござる。」と雪叟が礼を返して、そのまま座を下へおりんとした。
「平に、それは。」
「いや、蒲団の上では、お流儀に失礼じゃ。」
「は、その娘の舞が、甥の奴の俤(おもかげ)ゆえに、遠慮した、では私も、」と言った時、左右へ、敷物を斉しく刎ねた。
「嫁女、嫁女、」と源三郎、二声呼んで、
「お三重さんか、私は嫁と思うぞ。喜多八の叔父源三郎じゃ、あらためて一さし舞え。」
二人の名家が屹と居直る。

瞳の動かぬ気高い顔して、恍惚と見詰めながら、よろよろと引き退る、と黒髪うつる藤紫、肩も腕(かいな)もなよやかながら、袖に構えた扇の利剣、霜夜に声も凛々と、
「……引上げたまえと約束し、一つの利剣を抜持って……」
肩に綾なす鼓の手影、雲井の胴に光さし、艶が添って、名誉が籠めた心の花に、調べの緒の色、颯(さっ)と燃え、ヤオ、と一つ声が懸かる。

「あっ、」とばかり、屹(きっ)と見据えた――能楽界の鶴なりしを、雲隠れつ、と惜しまれた――恩地喜多八、饂飩屋の床机から、つと片足を土間に落して、
「雪叟が鼓を打つ! 鼓を打つ!」と身を揉んだ、胸を切(せ)めて、慌しく取って蔽った、手拭に、かっと血を吐いたが、かなぐり棄てると、右手を掴んで、按摩の手をしっかと取った。
「祟(たた)らば、祟れ、さあ、按摩。湊屋の門まで来い。もう一度、若旦那が聞かしてやろう。」と、引っ立てて、ずいと出た。

「(源三郎)……かくて竜宮に至りて宮中を見れば、その高さ三十丈の玉塔に、かの玉こめ置き、香花(こうげ)を備え、守護神は八竜並居たり、その外悪魚鰐の口、遁れがたしや我が命、さすが恩愛の故郷のかたぞ恋しき、あの浪のあなたにぞ……」

その時、漲る心の張りに、島田の元結ふッつと切れ、肩に崩るる緑の黒髪。水に乱れて、灯に揺らめき、畳の海は裳(もすそ)に澄んで、塵も留めぬ舞振りかな。

「(源三郎)……我が子は有らん、父大臣もおわすらむ……」
と声が幽(かす)んで、源三郎の地謡う節が、フト途絶えようとした時であった。
この湊屋の門口で、爽やかに調子を合わした。……その声、白き虹のごとく、衝(つ)と来て、お三重の姿に射(さ)した。

「(喜多八)……さるにてもこのままに別れ果なんかなしさよと、涙ぐみて立ちしが……」
「やあ、大事な処、倒れるな。」と源三郎すっと座を立ち、よろめく三重の背(せな)を支えた、老の腕(かいな)に女浪(めなみ)の袖、この後見の大磐石に、みるの緑の黒髪かけて、颯(さっ)と翳(かざ)すや舞扇は、銀地に、その、雲も恋人の影も立添う、光を放って、灯(ともしび)を白めて舞うのである。

舞いも舞うた、謡いも謡う。はた雪叟が自得の秘曲に、桑名の海も、トトと大鼓(おおかわ)の拍子を添え、川浪近くタタと鳴って、太鼓の響きに汀(みぎわ)を打てば、多度山の霜の頂、月の御在所ヶ嶽の影、鎌ヶ嶽、冠(かむり)ヶ嶽も冠着て、客座に並ぶ気勢(けはい)あり。・・・

**********


能楽界で次代を担うに違いないと呼び声の高かった恩地喜多八は、若気の至りか、旅の途中で出会った少しばかり出来ると自慢の素人謡い好き按摩を前に、プロ中のプロである素性を隠して、わざと微かに調子を外した合いの手を入れて、その鼻をへし折るという悪戯をしてしまいます。芸の不得を恥じた按摩は自害。

これを知った叔父源三郎は、芸道を極める者にあるまじき所業と怒って喜多八を勘当してしまいます。都に留まることを許されず、何年間も当て所なく全国を彷徨う喜多八は、とある時に伊勢を旅する途中で出会った若い新米芸者お三重(実はかの按摩の娘)が、芸の無さをはかなんで消沈しているのを知って、能の舞いを一指し手ほどきします。

一方、弥次喜多道中よろしく偶然桑名の町を訪れた源三郎と、気のおけない無二の友であり、かつ鼓の名手雪叟が、余興にと呼んだ娘芸者お三重の舞いを一目見て、勘当した甥の名残りにすぐ気が付き、冒頭のシーンとなります。

桑名の町の夜にかーんと響き渡る鼓の音。これまた運命に引き寄せられたかのように、町の饂飩屋で別な按摩を相手に酒を飲んでいた喜多八は、叔父らの謡いと鼓の音に気付かぬはずはありません。

叔父源三郎らに介添えされるお三重の舞いと、宿の外に駆けつけ、老いのため途切れた叔父の声を謡い継ぐ喜多八。この絶妙の配置と夜空に響き渡る太鼓の音。見事な程に絵画的で、音楽的に至高の瞬間ではないでしょうか。何度読み返しても、背筋がぴんと張り詰める格調高い名場面です。

泉鏡花の「歌行燈」。未だ読まれてないという方は、夏休み最後のひと時をこんな古典作品に親しむのも如何でしょうか。

安藤広重の浮世絵「桑名」の風景が、最初に掲げた写真と不思議な程に一致するのも驚きです。


Kuwana2



えっ、恒例のお薦め音楽はどうなったかですって? まあまあ、慌てずに。それは次回、もしくは次々回の記事まで、お楽しみって言うことで・・・(つづく)

この記事のURL | 未分類 | CM(5) | TB(0) | ▲ top
アルプス
- 2007/08/26(Sun) -
Alpus1



相変わらず暑い日が続いています。日が暮れると所によっては幾分か過ごしやすくなっているはずなのですが、皆様お住まいの地域では如何でしょうか。

富山の話題が出ましたので、日本アルプスの話題などで涼を取りましょうか・・・。上の写真は立山連峰を黒部湖側から撮ったもので、下の写真は山の反対側、室堂付近にあります高原の池「ミクリが池」です。標高は約2,450 m。夏でも平均気温が15〜16℃というのですから涼しいはずです。いや、実際行きました時は寒かったくらいです。

管理人は実は山登りやスキーが大好きです。北アルプスの山々は大概登りました。もっとも最近は忙しくて、そういう所に行っている時間がほとんど取れないのが残念です。と言うことで、本日は写真だけで再び行った気分になりましょうか。

Alpus2



アルプスにちなんだ音楽と言えば、何と言っても大御所リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」。この曲は日の出から日没までの山の1日を実に写実的に描いて、音響効果も抜群、感動的な名作です。もっともこの曲などは名曲中の名曲なので、皆様もよくご存知のはず。ここで特に取り上げるまでもないでしょう。

立山に関連して、黛敏郎が作曲した交響詩「立山」。この曲は、1971年に立山アルペンルートが開通したことを記念して、富山県が松山善三氏に映像製作を、黛氏にそれに付ける音楽を委嘱した結果生まれた作品です。パノラマ映像と見事に調和した、これもアルプスを感じさせる名曲でしょう。永らくLPレコードしかありませんでしたが、最近タワーレコードからCD盤が発売されているようです。

もう一つ「アルプス交響曲」の名を冠したクラシック音楽作品があります。ハンガリーに生まれ、1938年に米国東海岸に移住し、以来終生を同地で過ごした作曲家George Barati (1913-1996)の交響曲第1番(1963年作)です。この曲はBaratiが1963年にスイスを訪問した折、その滞在中に書かれたものです。前2作とは異なり、あまり描写的ではありません。むしろ心象風景としてのアルプスの威容を音符化したものと考えられ、もしもロマンティックな旋律を期待されると裏切られることになります。

Baratiの音楽は、緊張感に満ちた空間にびっしりと多彩な音を散りばめるところに特徴があるように思えます。ですから聴いていますと、否応無く耳に神経が集中して来ます。NaxosのCDには、後年の代表作品、光の歌Chant of Light (1994/95)と闇の歌Chant of Darkness (1993)が同梱され、Baratiの音楽書法がこのアルプス交響曲作曲時から確立していたことがよく分かります。ショーソンやダンディの同じく山岳を主題にした作品とは一風異なった硬派で熱いアルプス交響曲。並の音楽に飽き足らなくなった人には特にお勧めです。ただし、この暑い中にこんな変なものを食べて、熱を出したり、お腹を壊しても知らないよぉ〜〜。
★・・・・\(゜▽゜@)(@゜▽゜)/・・・・★

あれっ?涼しくなって頂くはずが熱くなっちゃった。ごめんなさ〜い。m(_ _)m


Barati2

この記事のURL | 未分類 | CM(3) | TB(0) | ▲ top
風の盆
- 2007/08/26(Sun) -
Owara8



ゆらぐ釣橋手に手を取りて 渡る井田川オワラ春の風

富山あたりかあの燈火は  飛んでゆきたやオワラ灯とり虫

八尾坂道わかれて来れば 露か時雨かオワラはらはらと

若しや来るかと窓押しあけて 見れば立山オワラ雪ばかり


毎年9月1日から3日まで、三日三晩踊り明かされる富山県八尾の町に伝わる風物詩『風の盆』。元来このお祭りは、台風の被害を無事に逃れ豊年を祈願する豊年踊りが昔からこの地で踊り継がれて来たことに始まります。

上に掲げた写真は、その『風の盆』観光ポスターより拝借したもので、歌詞は、昭和4年に小杉放庵が作詞した「八尾四季」より。これに若柳吉三郎が振り付けした男踊り、女踊りが昔からの豊年踊りに加わり、これらが今日の芸術的にも優れた伝統芸能としての『風の盆』を形成しています。

踊り手の衣装は、男子は黒の法被に黒股引、女子は浴衣に黒のお太鼓で、共に編み笠を目深に被ります。徳島阿波踊りの連のように、町によって浴衣の色や柄が異なり、観る者の眼を楽しませる趣向にこと欠きません。また唄いには、囃子手、三味線、胡弓、太鼓が付き、とりわけ胡弓の哀調を帯びた音色が、この祭りの踊りをひときわ情感豊かなものとして引き立てます。

最近では、全国的に有名になり、なかなかこの時期の宿を確保するのは至難となっている由。もしも、お近くでご興味がある方は日帰りで、遠方の方は今年は無理にしても来年以降にでも、是非ご覧になることをお勧め致します。

Owara7



『風の盆』はほんの一例として、富山県はその他にも五箇山などに独特なものが残されているなど、実に民謡の宝庫です。皆さんよくご存知の「越中おはら節」「こきりこ節」などは、民謡に詳しくない方でも、一節聴くだけで、ああ、あの曲ですねとすぐお分かりになることでしょう。

2005年に富山県立福野高等学校吹奏楽部により委嘱された坂井貴祐さんの「吹奏楽のための『越中幻想』」は、そうした富山に伝わる名旋律を巧みに素材として使った作品です。発表後、全国各地の団体がこの作品を取り上げています。CDとしては、志村健一指揮、Strauss Blas Orchester演奏(Wako Records WKCD-0004、アルバムタイトルは「ナスカ」)のものが比較的入手容易です。また、本年3月に京都で行われた邦人吹奏楽作曲家のための演奏会「第3回『風雅』」の実況録音盤(Wako WACD-0182)でも聴くことが出来ます。

静かに新内流しが聞こえる幻想的な冒頭から、激しい太鼓のリズムに推進力を得て大爆発するエンディングまでの10分間。吹奏楽の魅力が満載した名品だと思います。


Owara5

この記事のURL | 未分類 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
白地に青く
- 2007/08/20(Mon) -
Highland7



この写真はエジンバラ城の遠景です。実に堂々たる城構えではないでしょうか。

今月14日、英スコットランド自治政府のサモンド首相は、スコットランド独立に向けた住民投票案を提出しました。発表された49ページにのぼる政策報告書によりますと、「『変化がない』というのはもはや選択肢ではない」として、独立の是非を問う住民投票を2010年までに実施することを目指すということです。

アイルランドと英国(イングランド)との関係がそうであったように、スコットランドとイングランドも、古くから支配し、支配される、複雑な関係の歴史を持っています。宗教的にも英国のイギリス国教会に対し、スコットランドではカトリックが主流という違いがあり、なかなか折り合いが付きません。

サモンド首相はイングランドからの分離独立を党是としているスコットランド民族党を率いており、このことにより英国内で「独立の是非」をめぐる議論が本格的に再燃することは必然となりました。まだまだ「独立は非現実的」と見る向きもありますが、長期的な可能性は否定できず、連合王国の解体は決して絵空事ではなくなってきています。果たして300年来の英国支配を脱してスコットランドが真の独立を勝ち得るか、あるいは現在のような自治政府という形で無難に連合状態を持続するのか、はたまた両者の思惑がこじれにこじれて北アイルランド紛争のような事態が起こってしまうのか、これからの動向が注目されます。


スコットランド音楽と言えば、誰もが真っ先に頭に浮かべるバグパイプ演奏が代表的ですが、その他に打楽器による勇壮なリズムを背景に士気を高めるのに極めて有効な管楽器が活躍する吹奏楽もその大きな根幹をなしています。

スコットランドに限らず、広い意味で英国のクラシック作曲家は皆、吹奏楽の分野でも作品を書くことが通例になっています。専ら吹奏楽のジャンルを中心として作品を発表し続けている作曲家も少なくありません。吹奏楽が盛んな英国では、そのニーズが高く、貴重な収入源になっているという事情も大きいからです。

そんな作曲家たちにとって、スコットランドが格好の主題となるのは何ら不思議ではありません。吹奏楽の分野で、近年目覚しい活躍をしているフィリップ・スパーク(Philip Sparke, 1951-)という作曲家がいます。彼はロンドンの生まれですが、イングリッシュからスコッティシュまで幅広い聴衆を意識しており、現在最も油が乗った、また最も人気のある吹奏楽作曲家の一人となっています。彼には本当にたくさんの傑作がありますが、今日は上の話題との関連から、2002年にYorkshire Building Society Bandがヨーロッパ・ブラスバンド選手権出場のために委嘱されて作曲した「ハイランド賛歌 Hymn of the Highlands」をご紹介しておきましょう(Polyphonic QPRL 214D)。連続した7曲から成る組曲のような構成ですが、全曲演奏に約35分を要する大作です。勇壮な太鼓のリズムと朗々と鳴り渡るトランペットが全編を覆います。これに鼓舞されなくて何に胸躍ることがありましょう。


エジンバラ城に、ユニオンジャックの旗が降ろされて、『夕暮れのハイクロス』(白地に青の斜め十字のスコットランド国旗のこと)がはためく日も決して遠くないような気が致します。


Highland10

この記事のURL | 未分類 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
一服
- 2007/08/17(Fri) -
Wagashi3



毎日うだるような暑さが続いていますねぇ。暑気払いに夏季限定のこんな和菓子は如何でしょうかね。冷蔵庫で充分冷やしてから、熱っついお茶と一緒に召し上がるととても美味しいですよ。
この記事のURL | 未分類 | CM(4) | TB(0) | ▲ top
波の盆
- 2007/08/17(Fri) -
Takemitsu3



誰ですか、お化けが出たって言うのは。(笑)

猛暑の毎日が続く中、昨日お盆最後の日を迎えました。送り火をご覧になったり、精霊(灯籠)流しをされた方も多数いらしたのではないでしょうか。だいぶ昔のことになったとはいえ、終戦日がこのお盆と重なっていますので、身近かなご親族を戦争で亡くされた方々にとっては、この時期は2重に深い感慨を覚える季節でもあります。

と言うわけで本日も戦争関連の話題、第3弾です。1983年に放映されたTVドラマの秀作、倉本聡脚本・実相寺昭雄監督「波の盆」。戦前からハワイに移住したある日系人一家の1910年から戦後30年余りを経た1980年代まで、数十年間の物語です。


太平洋戦争をきっかけに絶縁した息子の娘ミサが、ハワイに住む日系一世の父を初めて訪れるシーンから物語は始まり、移住を決めた過去へと遡っていきます。

戦争が勃発し、移民親子は世代間で立場の違いに大きく揺れ動きます。
息子いわく「meはアメリカ人じゃけ、アメリカ人として戦うんじゃ」

やがて、母は広島に残して来た家族達が全員爆死したという悲しい知らせを受けることに。皮肉にも息子達のカンパで作られた戦闘機にやられたのです。気持ちを思いやるあまり、父は帰還した息子を複雑な想いをもって、勘当してしまいます。

今、戦後30年余りを経て孫のミサが訪れたとき、先に逝った息子の届かぬ手紙が初めて父の元に託されます。すでに妻をガンで亡くし、老いぼれた父は、日系人が集う盆踊りの群れに、息子の幻影を見つけるのです。その息子は哀しい目つきをして、ただジッとこちらを見つめています。

「死んだら、人の魂は、どこへ還るんじゃろね」

ハワイの海を旅立つ、移民の魂をのせた精霊流しは、やがて日本へと流れつくのでしょうか。それとも行く宛もなく永遠に彷徨い続けるのでしょうか。

波間に浮かぶ灯籠は、ゆらりゆらりとほのかな灯りを放ちながら実にゆっくりと視界から遠ざかって行くのでした・・・。


このドラマの背景に流れる音楽が、武満徹(1930-1996)作曲「波の盆」。放送用の演奏を収録するためにタクトを振った岩城宏之氏は、生まれて初めて演奏中に涙を浮かべたと述懐しています。またこの曲は武満氏の葬儀にも使われ、参列者の中にそれまで悲しみを堪えながらもこの曲が流れたら思わず嗚咽する者が数多くいたと伝えられています。

サントラ盤については、以下のサイトで試聴が可能です。また有料ですがダウンロードすることもできます。

http://listen.jp/store/album_5443900001.htm

CDとしては、岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢の演奏のものと、尾高忠明指揮の札響が英国ジャパン・フェスティヴァル初出演を記念して製作されたChandos盤が見事です。とても分かり易く、かつ美しい武満サウンドがじわりと心に染み入った瞬間、思わず涙が頬を伝っているご自分に気がつかれることでしょう。


Takemitsu2

この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
戦場のミニマリスト
- 2007/08/16(Thu) -
Kilar3



硝煙の臭いがする音楽の第2弾。ご存知一時話題となった「戦場のピアニスト」からのワンカットです。

この映画の主人公ラフディスラフ・シュピルマンは、ナチスドイツによるワルシャワ侵攻の街中で奇跡的に生き残り、戦後直後にその体験を自伝として出版しました。しかしこの本は、戦後のソビエト連邦による厳しい言論統制の中、その内容が当局にとって望ましくないものとして、再刊を望まれながらも、その後50年間封印され続けたのです。

この自伝の日本語版は、2002年に春秋社から出版されました。シュピルマンが戦火の中を生き延びた様子が実に淡々と綴られています。意外なことに、彼は著作の中で戦争そのものに対する批判的な言辞は一切使っていませんでした。戦後のポーランドにあって、そのような言葉を吐くことを憚れる状況がそうさせたものか、あるいは本当に彼には生き延びることそのものが第一の関心事であって、戦争やドイツ軍に対する感想は二の次であったのかも知れません。

2003年には、このシュピルマンの息子クリストファーが「シュピルマンの時計」と題して父の評伝を残しています(小学館から出版)。著者は日本研究を専門としており、この本は初めから日本語で書かれています。実に流暢な日本語であり、父が残した一つの懐中時計の思い出から始まり、父や母の写真なども掲載されており、父シュピルマンの貴重な実像が描かれています。クリストファーによれば、父親は家族であれ友人であれ、決してその時の体験を口に出して語ることはなかったということです。


さて原作を元に製作されたロマン・ポランスキー監督の映画「戦場のピアニスト」。爆撃で崩壊した食料も水もないワルシャワの街で、よくも生き延びたものだと驚くばかりです。ポランスキーは自身クラフツのゲットーで過ごし、母を収容所で亡くした経験を持っています。その彼が渾身の力を奮って監督した作品が、2002年カンヌ映画祭で最高賞を獲得したのも不思議はありません。

そしてこの映画を不朽のものとしたもう一人の立役者を忘れてはなりません。それは音楽担当のヴォイチェフ・キラール(Wojciech Kilar, 1932-)の貢献です。キラールはそれまでにも数多くの映画音楽を担当し、一つの主題を独特のリズムで執拗なまでに繰り返すというミニマル手法を好んで使っています。

昨年Naxosから発売されたキラールのピアノ協奏曲(1997年作)は、そうした彼の特徴がよく出た傑作でした。じわじわと押し寄せる第1楽章から、何度聞いてもゾクゾクと鳥肌が立つ終楽章まで、聴き手を翻弄する稀代の名作だと思います。

今日はそのピアノ協奏曲ではなく、キラールの個性がそれ以前から確立されていることを如実に示す管弦楽作品集のCDをご紹介致しましょう。

このCD(Accord ACD 107-2)では、次の4つの作品
Orawa (1986)
Krzesany (1974)
Exodus (1981)
Victoria (1981)
が、いずれもライブ録音で収録されています。

圧倒的な迫力をもって聴き手の心臓を揺さぶる刺激的な曲ばかり。相当な多作家であり、またそのいずれもが傑作揃いと思われるキラール。管理人はこれまでに彼の作品のほんの一部を聴いただけに過ぎませんが、必ずや歴史に残る作曲家となることを確信しています。


Kilar2

この記事のURL | 未分類 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
高原の湖のほとりで―終戦記念日に想うこと
- 2007/08/15(Wed) -
Kivu1



今日は8月15日終戦記念日です。62年前の今日この日、昭和天皇はいわゆる玉音放送によってポツダム宣言の受諾と軍の降伏を全国民に対して伝えました。第二次世界大戦の終結です。

もう日本では、日中戦争あるいは太平洋戦争と言っても、それを実体験した人の比率は少なくなる一方です。戦後直後からベトナム戦争の頃くらいまでは、「戦争絶対反対!世界に平和を!」のスローガンを掲げたら、間違いなく強く支持され、平和を願う人々の心は一つであることに疑いは無かったように思います。

しかし、最近はどうなのでしょう。戦争という時代を実体験した人々が老齢化の一途を辿り、そして減少する一方なのに対し、いわゆる戦争を知らない若い人たちの比率が多くなっています。誰もが理念としての戦争反対に疑義を呈するわけではありませんが、ややもすればそれはどこか実感の伴わない理想論として空回りする危惧すら感じられる言動に出会うことが少なくありません。


イラクによるクウェート侵攻、そして米国を中心とする連合国によるフセイン政権打倒キャンペーンとその後のイラク戦争。あるいはアフガニスタン紛争におけるタリバン政権放逐といった、これまた米国を中心とした戦争行動が世界のメディアを駆け巡ったのは、つい先頃のことでした。しかし、多くの人は食事をしながらテレビの画面を通してミサイルの着弾映像を見せられ、これをどこか余所の国で起こっていることとして傍観しただけだったのではないでしょうか。

また、それぞれの政権が崩壊した直後こそ、世界各地から多くの援助団体が戦後復興支援の名のもとに彼の地に殺到し、一時期マスコミも毎日のようにお茶の間にその様子を伝えましたが、これも喉元過ぎれば何とやら。今、イラクやアフガニスタンの状況がどれくらい正しく伝えられているか大変疑問です。いや、そもそもそれ以前ですら果たして正しく実情を伝えられていたのか怪しいものです。戦争報道は常に勝者側の論理でなされるのは常識だからです。

最近のニュースとして、アフガニスタンで活動していた韓国人のボランティアら21人がタリバンによって拉致され、その人質解放交渉が行われていることが伝えられています。このニュースによって、彼の地が未だに真の平和に至っていないことに初めて気が付かされた人も多いのではないでしょうか。



さて冒頭に掲げた写真です。この湖は琵琶湖の何倍もある大きな湖で、しかも海抜約1500mという高地にあります。この美しい湖からそう遠く離れていない地で、わずか数ヶ月の間に約百万人とも言われる罪のない人々が同じ人間の手によって虐殺されたことを、一体どのくらいの人が覚えていらっしゃるでしょうか。

それはそんなに遠い昔の話ではありません。わずか十数年前の1994年4月に始まった事件でした。種族が違うというだけの理由で、無差別の大量殺戮が、銃や斧あるいは棍棒をもって行われたのです。当時この国の人口は約七百万人とも一千万人とも言われていました。その十分の一以上があっと言う間に殺されたわけです。そのきっかけは、当時政権についていた側の大統領の乗った飛行機が墜落し、それを画策したのは敵対する部族による仕業に違いないとの流言飛語に過ぎませんでした。初めは軍隊による一般人に対する暴挙でしたが、瞬く間に一般人が一般人を殺し合う地獄図となって行きました。その背景には、その国の独立以前からそれ以後における支配の構図があって、事の経緯を完全に理解することは容易ではありません。確かに言えることは、この大虐殺も大国の思惑があって、その地を混乱の戦場とすることを好しとする暗黙の合意が関係諸国の裏にあったということです。

戦争は、身近なところで起こされることは誰もが嫌がります。しかし、武器を扱う商人たち、それを製造する人たちにとって、遠く離れたところで武器弾薬を消費してくれる戦争は、決して口には出さないけれど内心歓迎すらしているのです。戦争が無ければ、それらの武器や弾薬は在庫として劣化するだけなのです。商品価値が無くなってしまうのです。イラクにおける劣化ウラン爆弾の消費、あるいは世界各地の紛争地域における地雷の敷設は、こうした理由を本音として、もっともらしい理由をつけて行われて来ました。そうした現実にどれだけの人が気付いているのでしょうか。普通の地雷は良くて対人地雷は人道的に良くないから使用を禁止しようなんて、何て馬鹿げた主張なのでしょうか。10人を殺すことは大罪悪だけれど、何十万人を殺す核兵器はこれは仕方がないなんて、どうして言えるのでしょうか。

戦争は決して遠い昔の話ではありません。今でも世界の各地で銃火の音は絶えないのです。



ロシアの作曲家シチェドリン(Rodion Shchedrin, 1925-)の交響曲第1番変ホ短調は、まさにこうした戦争の蔭を深く宿した音楽です。曲の冒頭にドシン、ドシンと登場する巨人の悪魔のようなモチーフは、まるでこの世の中に潜んでいる邪悪な軍神を表わしているようです。生きとし生ける者すべてを戦火の中へと引きずり込み、最終楽章になって漸く現れるとても美しいメロディーですら、つかの間の平和でしかありません。その巨人はまた来るよと言わんばかりに、その後ろ姿を見せながら曲は消え入るように終わります。正にエンドレスの世界。

この曲を国内のコンサートで聴くことは極めて難しいのが現状です。いや、このCDですら廃盤になって久しく、中古も滅多に見つからない希少価値のものとなっています。この曲を硝煙の臭いの中で聴けば、無意識の内に何度も何度も再生ボタンを押してしまいます。シチェドリン大傑作の一つでしょう。


Shchedrin6

この記事のURL | 未分類 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
再開、再会
- 2007/08/14(Tue) -
Lutiens2



しばらくお休みしてご心配をおかけしました。身体の調子を崩したまま、海外に出かけておりました。アハ・・・ 皆様お元気でしょうか。



ではどこに行っていたかと言いますと・・・


まあ、先ずは上の写真からご判断下さい。[答えは記事の最後までお読みになれば自ずと・・・笑]

丘の上に聳え立つ大寺院。実に見事な造りの大聖堂でした。内部もこれまた素晴らしい空間。朝の早い時間に行きましたので、普段は観光客に溢れてごった返すであろう聖堂の中もひっそりとしており、静かに祈りを捧げる人々の姿がとても印象的でした。堂内は撮影禁止でしたので、中の様子をちょっとだけネットから拝借。

Lutiens4



実はこの寺院を訪問したのは初めてではありませんでした。丁度10年前の寒い冬の朝にも訪れたことがあるのです。その時は寒波が襲っていた時でもあり、冷え切ったと言うか、まるで絶対零度のように全てが静止し凍りついた堂内で、キリスト教の持つ重厚な歴史の重みに圧倒されたことを記憶しています。無意識の内に、来し方行く末を瞑想するには最適の場所として、今回久し振りにここを再訪したように思います。


久し振りと言えば、最近の音楽関連で驚きのニュースは、あのLyritaレーベルの久々の復活ではないでしょうか。無名名曲、とりわけ英国音楽のファンにとって、このレーベルの意味は計り知れません。ChandosやHyperionがそのLyrita社の精神を継ぐべく会社を立ち上げたと聞くだけで、それが知れるというものです。英国音楽通として知る人ぞ知る山尾敦司さんのブログで、次の記事をお読みになれば、さらにその驚きと喜びが分かることでしょう。

http://yamaonosuke.blogzine.jp/honke/2006/07/post_90cf.html

残念ながら管理人は、このレーベルのLP時代というのはまるで知りません。山尾さんは貴重な音源のCD化になかなか首を縦に振らなかったと書いていらっしゃいますが、90年代にはそのLPの多くが自社によりCD化されたように思います。ところが英国音楽の粋中の粋を紹介するという会社の素晴らしいポリシーにも拘わらず、当の英国内ですら販売実績は伸びず、結局会社は倒産、管理人がこのレーベルに注目した時にはHarold Moore Records社がその売れ残り在庫品を一括して買取り、それを通信販売するという状態になっていました。残り1点のみというのを随分多数注文したのは、ほんの数年前のことでした。その後、1枚何千円、あるいは数万円という値が付くものばかりになりましたから、この復活のニュースは嬉しいと同時に、ちょっぴり残念でもあるのです。あははは。

折角ですから再開した会社のHPもご紹介しておきましょう。

http://www.lyrita.co.uk/


と言うことで、本日は再発されたLiritaレーベルのCDの中から1枚を選ぶことに致しましょう。さて何がよろしいでしょうかね。

休憩に入る前、最後の話題としてロンドンの地下鉄同時多発テロに触れています。そして今回花の都○○を訪れましたので、Phyllis Tate (1911-1985)のLondon Fieldsに始まり、Elisabeth Lutyens (1906-1983)のEn Voyageの終曲‘○○の夜’で終わるこのCDは如何でしょうか。2人の女性作曲家は共に王立音楽院で同じ師Herbert Farjeonについた同門であり、ライト・ミュージックや映画音楽の世界で大きな足跡を残したという共通点があります。同梱の黒人作曲家Samuel Coleridge-Taylorや大御所Granville Bantockらの作品も秀逸。正に‘Box of Delights’のタイトルが嘘偽り無く、再開と再会にはふさわしい1枚と思います。

しかもしかも、ジャケットがなかなか素敵でしょ。


Lutiens3


この記事のURL | 未分類 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
| メイン |