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風車の国から(2)
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- 2007/09/24(Mon) -
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![]() 見ると聞くでは大違いということはあるものです。 こちらに来るまで、風車というのは粉をひくためにあるものだと思い込んでいました。もちろん水を高いところに流す役割があることは知っていましたが、オランダの風車も、のどかな田園に見られるような可愛いやつに少しばかり毛の生えた程度だろうと思っていたのです。ところがどっこい、大きい大きい。 先日のコンセルトへボウにおけるコンサートのメイン・プログラムは、Richard Straussの「アルプス交響曲」でした。コンセルトへボウと言えば、古くは往年の名指揮者メンゲルベルクが50年間も常任指揮者として君臨したことはあまりにも有名です。彼が得意だったR.シュトラウス、その長い歴史と伝統がありますから、直前のBruchでメロメロにされた管理人は、はたしてどんな演奏を聴かせてくれるのか、ドキドキでした。 出来は期待に違わぬ素晴らしいものでした。オーケストラが唸る唸る。ホールが良いせいもあるのかも知れませんが、こんなに音が大きく鳴り響くものなのかと、本場の演奏の迫力に度肝を抜かれました。正に見ると聴くとは大違い。弱音の美しさも桁はずれです。 「アルプス交響曲」では、嵐の場面に風音機が使われます。この楽器?は交響詩「ドン・キホーテ」でも使われていますね。ドン・キホーテが巨人「風車」を相手に戦おうとする話はあまりにも有名です。でも、これ、風車が実際にはあんなにも大きいものであることを目の当たりにして、初めてその話がどういうことを意味するのか分かりました。 それと同時に、オランダではこの風車が海面より低い土地の灌漑施設として必須のものであり、あれだけの大規模である必要があったことを、こちらに来て初めて理解したわけです。その風車、最盛期は約1万基あったそうですが、現在その数は約1/10にまで減少。外海と淡水の内湖を分け隔てる長大な人工堤防の完成により、今ではその本来の用途は完全に失われました。観光資源であることを除けば、無用の長物となってしまったわけです。 もう一つのオランダ名物と言えば、木靴です。これも、なんであんな硬くて履きにくいものが使われていたのかと不思議でなりませんでしたが、水との格闘で足元が常に濡れる日常生活において、長靴代わりに使える履物として、水に強く、しかも身近かに得られる材料であったからという説明を受けて納得です。いやあ、一杯勉強になりました。 ![]() ところで一度は世界経済の頂点に立ったオランダ。芸術分野ではどのような著名人が輩出されているでしょうか。先ず絵画芸術の分野では、巨匠レンブラントがいます。他に有名なところではフェルメール、ゴッホなどなど、意外とたくさんの名前を挙げることが出来ます。 では音楽芸術の分野ではどうでしょうか。誰か作曲家の名前をすぐに挙げることが出来ますでしょうか。 これが意外と難しいのです。オランダの音楽情報をまとめたサイトを下に貼っておきますが、約500人近い作曲家リストを見回しても、ほとんど知っている名前がありません。多少知られている作曲家としては、室内楽作品やハープ作品を残しているLex van Deldenと管弦楽作品を残したHolぐらいではないでしょうか。 http://www.donemus.nl/ と言うわけで、今日のお薦め音楽。極めて限られたチョイスの中からですが、R. Straussと同じ名前を持つRichard Hol (1825-1904)ということにします。幸い4曲の交響曲が2枚のCDに収められて、Chandosから販売されています。ベートーヴェンの死後、国民楽派が台頭するまでしばらくの間、大陸中央部の交響曲のジャンルではメンデルスゾーン、シューマンくらいしかめぼしい作品が無かったその時代に頑張っていた作曲家がいたんですね。伝統的な枠に留まった作品ではありますが、なかなか新鮮な味わいを持っている佳作群です。 ![]() |
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博士の愛した(2)
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- 2007/09/14(Fri) -
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![]() 記事のタイトルから、きっとこの話題に続くであろうと予想された方、正解です。 ![]() 過去に起こした交通事故の後遺症から、記憶が80分間しか持たない現在64歳になる元大学教師であった数論を専門とする数学博士と、彼の身の回りを世話する家政婦、およびその息子のお話、小川洋子著「博士の愛した数式」(新潮社)。2004年の読売文学大賞、および全国書店主が選ぶ同年度ベストワンの栄冠に輝いた作品です。翌年には小泉堯史監督、主演寺尾聡、深津絵里らによって映画にもなりました。 この作品は、原作もまたその映画も、数字の不思議について「へぇー、そうなんだぁ」と何度も何度も驚かせてくれながら、しかも純粋な心を持った人間の限りない優しさに深く包んでくれる名作です。 ![]() 「君の足のサイズはいくつかね」 「24です」 「ほお、実に潔い数字だ。4の階乗(*)だ」 [管理人注:nの階乗とは、1からnまでの自然数を掛け合わせた数のこと。つまり1×2×3×4=24] 「君の電話番号は何番かね」 「576の1455です」 「5761455だって?素晴らしいじゃないか。1億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」 毎朝こんな会話が二人の間で交わされる。なにせ博士の記憶は80分間しか続かない。 他にはタイガースのエースであった江夏豊の背番号が28であったことに関連して、その数が完全数であるという話[管理人注:ある数の約数の和がそれ自身の数となる時、それは完全数であるという(28の約数は、1、2、4、7、14で、これらをすべて足すと28になる)]とか、家政婦の誕生日が2月20日であることと、博士が大学から贈られた懐中時計の裏に刻印されていた数字がNo.284であったことを結びつけて、220と284がそれぞれの約数の総和がお互いの数となる『友愛数』の関係にあることなど、数の不思議について実に分かり易く、また面白く物語りは展開して行きます。 家政婦には10歳になる息子がいましたが、彼は学校から帰ると、毎日夕食の時間まで博士の家に出入りするようになります。博士はその息子をルートと呼びました。頭のてっぺんがルート記号のように平らだったからです。「ルートという記号を使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」と、その記号の持つ大きな包容力を人間性になぞらえて暗示するなど深くて温かい文章やセリフが随所に見られます。 博士は離れの家に独りで住んでいることになっていますが、他に同じ敷地内の別宅には義理の姉が同じく独りで住んでいました。実は彼女が家政婦派遣の依頼者で、この義姉と博士の間には、何やら謎に秘められた深い因縁があることが、大の野球好きで選手カードを大事に保管していた博士のクッキー缶をうっかり取り落とした時に、二重底の中から現れた古い1枚の白黒写真からほのめかされます。不思議な数字の世界を夢のように見せてくれながら、人生の深淵と、人間の心の温かさを同時に描いた「博士の愛した数式」。心にじんわりと来る作品です。 映画の公式サイトは以下の通りです。もう少し詳しくお知りになりたい方は、こちらをどうぞ。 http://www.hakase-movie.com/ さて、今日の音楽は何に致しましょう。完全数28にちなみ、温かい心が漲り、かつ生まれ故郷アイルランドへの限りない望郷の念に溢れる名曲スタンフォード(Sir Charles Villiers Stanford, 1852-1924)の交響曲第3番ヘ短調‘Irish’Op.28にしましょうか。スタンフォードが作った7つの交響曲の内の3番目。素数7と3と完全数28の組み合わせ。今日の話題にぴったりではありませんか。 この曲が作曲されたのは、ヨーロッパ本土で国民楽派の作曲家らが、それぞれ地域色豊かな旋律を素材に次々と民族性を前面に押し出していた頃、1887年です。ドヴォルザークがお好きな人なら、すんなりと聴けると思います。これまたハープが随所で大活躍。当然アイリッシュ・メロディーがふんだんに現れ、特に第4楽章に入って第1楽章の主題が金管で高らかに回帰するところは、「我が祖国」の「高い城」のラストよろしく、思わず目頭が熱くなり、オレンジ・白・緑の三色旗を振り回したくなってしまいます。聖パトリックの国よ、永遠なれ! ![]() |
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911の謎
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- 2007/09/11(Tue) -
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![]() 今日は9月11日、今から6年前のこの日、あの米国同時多発テロが起きました。 2機の大型ジェット飛行機がWorld Trade Center (WTC) のツインタワー南北2棟にそれぞれ突きささるように衝突した映像は、生々しく皆さんの記憶に残っていることでしょう。 このテロによる犠牲者は、約3,000名に上ったと言われ、この方々には謹んでご冥福を申し上げる次第です。 この同時多発テロでは、他にほぼ同じ時刻に、ワシントン、ダレス空港を離陸しロサンゼルスへ向かう予定であったアメリカン航空77便ボーイング757-200型機が、国防省本部通称ペンタゴンに墜落。またもう1機、ニューアーク発サンフランシスコ行きユナイテッド航空93便も、ホワイトハウスもしくは議事堂を標的にする予定であったものと推定されていますが、途中で何らかのトラブルがあったらしく、ペンシルバニアの郊外に墜落。合わせて4機の同時ハイジャックによる米国政治経済の中心的シンボルを狙った前代未聞の大掛かりなテロであったとされています。 しかし、この事件には実は極めて大きな謎が残されたままであることをご存知でしょうか。 大きな謎の最大のものは、アメリカン航空のボーイング757型機が衝突したとされているペンタゴンの被害状況にあります。飛行機が5階建てビルの1階に衝突後、まず火災が起きて、まもなく建物の崩壊が起きたとされています。その時の写真がこれです。 ![]() しかし、どうでしょうか。長さ47m、主翼スパン38mの大型飛行機が衝突(墜落)して、これだけの被害で済んだと皆さんは信じられますか? 建物は確かに一部崩壊していますが、その巾は約20mしかなく、しかも飛行機の残骸などは事件後一切見当たらなかったのです。乗員・乗客64人を乗せた77便は、本当にペンタゴンに激突したのでしょうか。まるで何らかの爆発によって建物が崩壊したようにも見えます。もし、その飛行機がそこに墜落していなかったのだとしたら、それは一体何処に消えてしまったのでしょうか。そもそも77便という飛行機は、本当に存在していたのでしょうか。 テロの被害に遭われた方々を悼む気持ちに変わりはありません。実際にツインタワーが飛行機の衝突後まもなく崩壊したことは、紛れも無い事実です。しかし、これら一連の事件がアメリカ国防省自身による計画的犯行ではなかったのかというまことしやかな説まで、一部には流れています。肝心の国防省や大統領は、WTCこそ頻繁に話題として取り上げますが、このペンタゴンの被害については国防上の秘密を理由に、情報をほとんど出していません。 この911の事件を契機に、テロリスト一掃とそれを支援する独裁国家打倒をスローガンに、米国はアフガニスタン、イラクの国々を次々と攻撃したのです。劣化ウラン弾が好適な例ですが、これらの戦争によって使用期限切れ、もしくは真近かの武器弾薬が大量に消費され、新たに膨大な量のミサイルや弾薬が生産補給されました。管理人は、決してここで政治的イデオロギーを掲げたり、論じようとするものではありません。ただ、マスコミや時の政府が言っていることは本当なのかどうか、彼らの言っていることを無批判に受け入れていたのではないかということだけ注意を喚起したいのです。戦争において常に情報操作があることは常識です。勝った負けたではなく、戦争の被害・影響を直接受けるのは、いつも何の罪もない一般市民であることを忘れてならないと思うのです。 [管理人注:消えたボーイングなど911に関する謎については、以下のサイトが詳しく、また興味深いです。ただし、真偽の程については、為政者らの言動に同じく、これも頭から信じてよいのかどうか、皆さんご自身でご判断下さい。] http://www2g.biglobe.ne.jp/~aviation/terror0911.html 911にちなみ、本日の音楽として1924年中国ハルピンでロシア人父母の下に生まれ、翌年には米国に移住し、以来同地で主に活躍している作曲家ベンジャミン・リース(Benjamin Lees, 1924-)の交響曲第4番‘Memorial Candles’(1985年作)を挙げて置きましょう。 本曲は、ナチスによるユダヤ人虐殺終結後40周年に際して作曲されました。全3楽章から成っており、ホロコーストの生き残りの一人によってつくられた詩をテキストに、メゾ・ソプラノによる歌唱を伴っています。曲は、スローテンポで1時間以上に渡って虐殺の悲劇が綴られる長大な作品です。その意味では、グレツキの交響曲第3番と極めてよく似た主題・構成の曲であると言えるでしょう。同時多発テロとはテーマが異なりますが、タイトルからも今日の日にふさわしい鎮魂の音楽かと思われます。緊張の持続を強いられる音楽ですが、特に後半から終結部にかけて聴き応えがあります。 ![]() |
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