一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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音楽の秋始動
Barber3



急に涼しくなりましたね。しかも今朝は雨模様で肌寒くすらあります。

時差ボケ、旅の疲れ等々が重なったところに、風邪まで引いてしまい喉はガラガラ。昨日はとうとう1日仕事を休んでしまいました。と言っても土曜日でしたが・・・。皆様、この急な気温の変動でお身体の具合、大丈夫でしょうか。

これだけ長く続いた暑さがようやく終わりを告げますと、いよいよ音楽を心から楽しめる芸術の秋のシーズンがやって来ます。ひたすら身体を休めている時には、やはり美しく優しい音楽が恋しくなりました。

オランダでギル・シャハムさんのVnにすっかり魅了されましたので、彼の演奏するもので何か無いかなと探したらありました。バーバー(Samuel Barber, 1910-1981)のヴァイオリン協奏曲Op.14 (1939年作、1948年改訂)。しかもアンドレ・プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団です(DG 439 886-2)。

本曲は冒頭からいきなりVnの甘いメロディーが綿々と続きます。第1楽章アレグロとありますが、全体にゆったりしたテンポ。第2楽章もアンダンテで、これまた美旋律のオンパレード。まるでフルーツ・パフェの後に黒蜜あんみつを食しているような感じです。もうお腹が一杯のところ、さてこれで締めのメニューは一体何が出てくるのかしらと思ったら、これが一転超辛口ヴィルトゥオジティのかたまりのような終楽章。しかも4分にも満たないプレストです。最後にピリッと舌に来る辛子ところてんを出されたようなものでしょうか。いやあ、バーバーさん、やるじゃないですか。アダージョの一発芸だけの作曲家ではないことをアピールしましたね。特に第2楽章の美しさは絶品です。さてエネルギーをもらったことだし、頑張って仕事に行って来ま~す。

ところでシャハムさん、1971年の生まれで、名前からお分かりのようにユダヤ系米国人。生後まもなく両親と共にイスラエルに移住、10歳の頃には主要オーケストラと舞台に出ていますから神童と言えるでしょう。このCDに同梱のコルンゴールドのVnコンも同様に、甘さと辛さを兼ね備えた演奏で、先日聴いた生演奏の素晴らしさも極めて納得です。


Barber1

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風車の国から(3)
Church3



オランダの宗教に関して一つ特質を挙げるとするならば、それはカトリックとプロテスタントの共存にあります。

ヨーロッパの他の国々では、それぞれ歴史的な経緯があって、大概どちらか一方、もしくはイングランドのようにイギリス国教会という全く別な系統の宗派が主勢力を保っており、他の勢力は極めて隅っこに追いやられている状況にあるのが普通です。

ところが、ここオランダでは、街の中に両派の教会が隣同志にあってもあまり問題になっていません。これは、それまでベルギーと共にスペイン統治下にあったこの地域(ネーデルランド)が、16世紀頃より商業的独立都市の性格を深め、その中核を担う裕福な一般市民が徐々に力を持ち始めた時に、カトリックが支配するスペインと対抗する関係で、プロテスタントを標榜しつつも、周辺にはカトリック信者の多い農村地域を抱えていたため、必ずしも排他的行動は取らなかったという事情に起因するものです。従ってアムステルダムの市内には、カトリック系教会もあればプロテスタント系教会もあり、両方の建築様式の違いやミサなど宗教的行事を比較観察する上で、好適な場所になっています。

丁度市内中心部にある、街の名前の由来となったダム広場に、プロテスタント系の新教会というのがあって、「HELD」と書いてある大きな幕が垂れ下がっていました。一体何が「行われている」のだろうかと気になり、入ってみました。するとこれは、英語の「HELD」ではなくドイツ語あるいはオランダ語の「HELD」の意味だったのです。Richard Straussの交響詩「英雄の生涯」の独語タイトルをご存知でしょうか。そう、「Ein Heldenleben」というのですね。つまりHELDとは英語のHEROのこと、即ち「英雄」の意味なのです。

プロテスタントでは、過度の偶像崇拝を良しとせず、中世の時代、山と積み上げられたキリストやマリア像、その他関連の彫像や絵画を宗教改革の際に徹底的に排除しようとしました。これにより無数の芸術作品が破壊遺棄されたのです。この新教会では、このような歴史を踏まえて、かつて崇められた英雄的存在が、如何に社会の変動に鼓して没落し忘却されていったかということをテーマにした特別展覧会を催していたという訳です。教会の礼拝堂をそのまま展覧会場にしてしまうなど、なかなか思い切った発想です。


Church1



さて思い返して見ますと、今回の「風車の国から」シリーズ、音楽上ではR.シュトラウスが共通項として常に登場して来ました。となれば、今日の音楽はやはりこれ、彼の最晩年の傑作「メタモルフォーゼン Metamorphosen (Study for 23 solo strings)」しかありません。

この曲は第2次大戦ドイツ降伏の直前に書かれ、祖国ドイツ帝国の崩壊を嘆いたものだという解釈がなされることもありますが、もっと純粋に、かつて繁栄の極みを見せた一つの偉大なる文化が終焉する際に限りない惜別の念を音楽化したものと捉えることも出来ます。真相は作曲家のみが知ることですが、この30分足らずの弦楽オーケストラ作品に見られる芸術的価値は、測り知れないものがあると管理人は思っています。

曲は静かに始まり、変奏曲の形式で次々と走馬灯のように情景が変化して行きます。何が究極の終着点であるのか、なかなか全貌が見えて来ません。しだいに曲が進むにつれ、益々盛り上がりを示し、いよいよの最後になって真の主題ベートーヴェンの第3交響曲「英雄」の第2楽章「葬送」のテーマが姿を現わします。普通は主題が提示された後に、それを変奏していくのですが、この曲では一枚ずつ薄皮をはぐように変奏が続きますが、最後にオリジナルが出るという特別な構成になっています。従って実は冒頭のメロディーから、この最終主題が相当姿を変えてではありますが既に登場していることに、何度も聴くことによって初めて気がつくことでしょう。作曲家80歳にして、この意表をつく作曲術です。さすがR.シュトラウス、大した人物です。

という訳で、「Ein Heldenleben」と「Metamorphosen」がカップリングされたCDは、単に演奏時間の都合が良いからという以上の組合わせの意味があるのです。名曲ですから、演奏家に拘る必要はないでしょう。


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かくして、英雄を偲ぶ音楽を聴きながら、かつての経済大国オランダに別れを告げることになりました。夕暮れの風車の後ろ姿に、思わず「さようなら、そしてお疲れ様でした」と声をかけたくなりました。


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風車の国から(2)
Holland6



見ると聞くでは大違いということはあるものです。


こちらに来るまで、風車というのは粉をひくためにあるものだと思い込んでいました。もちろん水を高いところに流す役割があることは知っていましたが、オランダの風車も、のどかな田園に見られるような可愛いやつに少しばかり毛の生えた程度だろうと思っていたのです。ところがどっこい、大きい大きい。


先日のコンセルトへボウにおけるコンサートのメイン・プログラムは、Richard Straussの「アルプス交響曲」でした。コンセルトへボウと言えば、古くは往年の名指揮者メンゲルベルクが50年間も常任指揮者として君臨したことはあまりにも有名です。彼が得意だったR.シュトラウス、その長い歴史と伝統がありますから、直前のBruchでメロメロにされた管理人は、はたしてどんな演奏を聴かせてくれるのか、ドキドキでした。

出来は期待に違わぬ素晴らしいものでした。オーケストラが唸る唸る。ホールが良いせいもあるのかも知れませんが、こんなに音が大きく鳴り響くものなのかと、本場の演奏の迫力に度肝を抜かれました。正に見ると聴くとは大違い。弱音の美しさも桁はずれです。

「アルプス交響曲」では、嵐の場面に風音機が使われます。この楽器?は交響詩「ドン・キホーテ」でも使われていますね。ドン・キホーテが巨人「風車」を相手に戦おうとする話はあまりにも有名です。でも、これ、風車が実際にはあんなにも大きいものであることを目の当たりにして、初めてその話がどういうことを意味するのか分かりました。

それと同時に、オランダではこの風車が海面より低い土地の灌漑施設として必須のものであり、あれだけの大規模である必要があったことを、こちらに来て初めて理解したわけです。その風車、最盛期は約1万基あったそうですが、現在その数は約1/10にまで減少。外海と淡水の内湖を分け隔てる長大な人工堤防の完成により、今ではその本来の用途は完全に失われました。観光資源であることを除けば、無用の長物となってしまったわけです。

もう一つのオランダ名物と言えば、木靴です。これも、なんであんな硬くて履きにくいものが使われていたのかと不思議でなりませんでしたが、水との格闘で足元が常に濡れる日常生活において、長靴代わりに使える履物として、水に強く、しかも身近かに得られる材料であったからという説明を受けて納得です。いやあ、一杯勉強になりました。

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ところで一度は世界経済の頂点に立ったオランダ。芸術分野ではどのような著名人が輩出されているでしょうか。先ず絵画芸術の分野では、巨匠レンブラントがいます。他に有名なところではフェルメール、ゴッホなどなど、意外とたくさんの名前を挙げることが出来ます。

では音楽芸術の分野ではどうでしょうか。誰か作曲家の名前をすぐに挙げることが出来ますでしょうか。

これが意外と難しいのです。オランダの音楽情報をまとめたサイトを下に貼っておきますが、約500人近い作曲家リストを見回しても、ほとんど知っている名前がありません。多少知られている作曲家としては、室内楽作品やハープ作品を残しているLex van Deldenと管弦楽作品を残したHolぐらいではないでしょうか。

http://www.donemus.nl/


と言うわけで、今日のお薦め音楽。極めて限られたチョイスの中からですが、R. Straussと同じ名前を持つRichard Hol (1825-1904)ということにします。幸い4曲の交響曲が2枚のCDに収められて、Chandosから販売されています。ベートーヴェンの死後、国民楽派が台頭するまでしばらくの間、大陸中央部の交響曲のジャンルではメンデルスゾーン、シューマンくらいしかめぼしい作品が無かったその時代に頑張っていた作曲家がいたんですね。伝統的な枠に留まった作品ではありますが、なかなか新鮮な味わいを持っている佳作群です。


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風車の国から(1)
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17世紀後半のことですが、ある球根[*]を作り上げたものに家一軒分より高い懸賞金がかけられたり、東南アジアから運び込まれた香辛料が金よりも高値を呼んだりと、バブル貿易で巨財を成した、かつての海洋王国オランダの首都アムステルダムを訪れています。

やがて制海権はイギリスに取って換わられ、その黄金期は百年と続くことがありませんでしたが、カトリックとプロテスタント宗派間の抗争の狭間を縫うように、この町や周辺の諸都市は驚異的な政治的経済的発展を遂げました。

デルフト・ブルーの美しい磁器は、遥か彼方伊万里の鮮やかな青を髣髴とさせます。思えば、この国が当時世界最強を謳っていたスペイン艦隊を撃破しなかったら、またオランダ東インド会社と呼ばれる謂わば史上初の株式会社による世界貿易の野望が遠く東洋の島国にまで届かなかったら、我が国の近代化もずいぶん違ったものになっていたことでしょう。

医学や自然科学といった当時最先端の知識・考え方が、たとえ部分的とは言え、我が国に持ち込まれた意義は極めて大きく、その背景には当時のこの国の膨大な財力があって初めて可能であった訳ですからね。

[*管理人注:1670年頃、人々の生活はそれまでと比べものにならない程豊かになり、裕福な市民は身の回りをさらに美しく飾ることに異様なまでに情熱を注ぐようになりました。そして貿易から得られた巨利に端を発して、投機熱が益々高まった結果、当時どうしても出来なかった『黒いチューリップ』を開発した者には10万フローリンの懸賞金を支払うと、ハーレムの園芸協会が発表しました。いわゆるチューリップ・バブルです。今日では、多数の品種が既に市場に出回っています。ちなみに『青い薔薇』が出来たのは、昨年の遺伝子工学の結果でした。もっともどちらの色もいまいちのような気がしますのは、私だけなのでしょうか・・・。]

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タキシードに身を包んだ2人の紳士が、異様なまでに見つめ合い、時には愛を語らうように、また時にはつかみ合いの喧嘩でも始めんばかりの激しい感情を顔と全身に表わにしている。そこからわずか数メートルの距離にいた私は、その有り様をハラハラと眺めながら、何度間に割って入ろうかと思ったほど・・・。

恍惚の調べを奏でる時には、これ以上の喜びと幸せはないと言わんばかりの笑みを満面に浮かべ、カデンツァやクライマックスの終結部では、ステージから聴衆に向かって飛び出さんばかりに踊り出す。これほどまでに贅沢で、エロティシズムに満ち溢れ、かつ上品な演奏に出くわしたことがありません。何度も何度も私の目を見つめてくれたように思ったのは、気のせいかしら。。。

演奏終了後、熱狂の拍手は凄まじく、彼の地では恒例のスタンディング・オベーションも、決してお義理でなかったことは、メイン・プログラムの前にアンコール曲(バッハの「ガボットとロンド」)が披露されたことでも分かります。

この名曲を名演奏で、しかも音響効果抜群と言われる歴史ある名ホールにおいて聴くことが出来たことは、一生の想い出として末永く記憶に残ることでしょう。普段ドイツ・オーストリアものは敬遠して、無名曲ばかり取り上げていますこのブログですが、たまにはこういう記事も書かさせて下さい。痛む身体をおして遠路はるばる来た甲斐がありました。ソリスト、ギル・シャハム。チーフ・コンダクター、マリス・ヤンソンス。演奏はロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団。曲はブルッフのVnコンチェルトNo.1。


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[お薦めCDとしては、管理人がこれまで最も好んで聴いていたものを挙げさせて頂きました。]

秋色の室内楽
Catoire5



『暑さ寒さも彼岸まで』


もう少しすれば、お彼岸ですね。田んぼの縁に集団で咲く曼珠沙華が、ハッとする美しさを示す季節がやって来ます。その赤はまるで血の色のよう。

日中は未だ残暑が厳しいですが、釣る瓶落としの日が暮れると、そこにはもう秋の涼しさ、いや寒さまで感じられるこの頃です。

これから深まる秋の夜、音楽を聴くにはもって来いではないでしょうか。普段は賑やかな管弦楽曲を取り上げることが多いこのブログですが、たまには室内楽で思索の時を過ごしてみたいと思います。そしてどうせなら、愁いの多いこの季節、ロシアの室内楽でどっぷり哀愁の世界に浸ってみませんか。

と言うわけで、取り上げましたのはゲオルギー・カトワール(Georgy Livovich Catoire, 1861-1926)のピアノ四重奏曲Op.31、弦楽四重奏曲Op.23他。Brilliantレーベルの「Treasures of Russian Music」(6枚組)のシリーズから2枚のCD。

カトワールなんて聞いたことないですって? それはそうでしょうね。ロシアの室内楽となると、チャイコフスキーやラフマニノフ、少し新しいところでショスタコーヴィッチあたりが知られたところで、アレンスキーとかタネーエフとなると、もう余程のファンでないと、という感じではないでしょうか。
 
そのカトワール、スペルからお分かりのようにフランス系ロシア人。モスクワに生まれ、若い時はベルリンで修業するも、再びモスクワに戻り、チャイコフスキー、リムスキー=コルサコフ、リャードフらとの交流を持ちます。中でもアレンスキーとは親交を深めますが、錚々たるロシアの作曲家たちから一目置かれながらも、特別に大きな成功を収めることも無く、30代の後半にはほとんど中央の音楽界に姿を見せなくなってしまいました。

カトワールの音楽を特別に高く評価していたのは、アレンスキーやタネーエフの他には、ラフマニノフです。一時は完全に引退同様の生活を送っていた彼が、20年近いブランクを経て再びモスクワ音楽院の教職に戻ったのは1919年のことでした。

お聴きになればすぐお分かりのように、カトワールの非凡な才能は明らかです。何と言っても、ロシアの憂愁をたっぷり沁み込んだ完全に秋色に染め上げられたゴブラン織りの魅力。垣間見える血の色の赤が、ハッとするほど美しいです。BrilliantのBoxは、他にもタネーエフやアレンスキーらの傑作室内楽作品を含んでおり、これらを聴かずして、それまでへたな有名作曲家の室内楽で満足していたことを、きっと後悔されることでしょう。


Catoire6


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