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千年鶴
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- 2007/10/27(Sat) -
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![]() 以前、「風の丘を越えて―西便制」という韓国映画を取り上げたことがあります(9月8日の記事)。伝統的歌唱芸能パンソリをテーマにした作品で、当時の韓国映画動員記録を塗り替え、日本でも公開されました。 その続編とも呼ぶべき映画「千年鶴」が、本年春に完成し、本国では既に公開されました。イ・チョンジュンの小説『南道の人「ソナク(仙鶴)洞の旅人」』を原作にしたイム・クォンテク監督の丁度100作目となる記念すべき作品です。 本作では血のつながりの無い義理の姉と弟の再会以後について、ほのかな恋愛物語として捉え直した構成となっており、状況設定は基本的に前作と同じですが、回想シーンを含めて全く別の物語として捉えるべきでしょう。 先ずは美しい映像の数々をスチールカットから。 ![]() ![]() ![]() ![]() 義姉ソンファと弟ドンホは、貧しさに耐えながらも厳しいパンソリの修業を養父ユボンから受けます。しかし、やがてドンホは余りの貧しさと、何よりもソンファに対していつしか姉以上の感情を抱くことに耐えかねて独り飛び出してしまいます。 ドンホが去ってからソンファは消沈し、歌を唄う気力を無くしてしまいます。そこでユボンが芸の精進のためとった方策はむごいものでした。残されたソンファに毒を盛り、彼女を失明させてしまうのです。一人で歩くことも叶わず、已む無く運命を受け入れたソンファは、また歌を唄い始めます。今度は前に益して唄に深みを持つようになって・・・。 それから何年も経ち、ドンホは養父が亡くなり、ソンファが目が見えないまま何処かに消えてしまったうわさを耳にします。ソンファを探し出し、再び彼女の唄声に太鼓の囃子をつけて、彼女の目になろうと思ったドンホは必至に彼女を探し求めます。が、しばしの出会いがあるばかりで、すれ違いの連続。 そんな中、長い別れで疲れたドンホはある劇団女優の誘惑に心が揺れてしまいます。一方、ソンファはドンホを前にしては、とても愛を表現することができないけれど、一途に片思いを寄せる(ソナク洞にある)立ち飲み屋の主人を拒みつつ、パンソリをドンホと思って歌に熱中し続けます。が、ある日のこと、ソンファは女優とドンホの便りを耳にして、衝撃の余り姿をくらませてしまいました。 それから暫く経ったある日のこと、ついにそのソナク洞の飲み屋を訪ねて来たドンホは、自分が知りえなかったソンファの話を聞くことに・・・。 どうです、実際に映画をご覧になりたくなったか、続きの話をお聞きになりたいでしょう? ところが残念なことに、日本ではどうも一般公開されないようなのです。と言いますのは、本国での観客動員数が予想外に奮わなかったからなのです。10代-20代の若い世代に、このような暗い話はどうも受けないらしく、90年代初めにあった西便制シンドロームとも呼ぶべき自国の伝統的文化に対する熱狂は、どうやら過去のものとなってしまったみたいなんです。もっともカンヌ映画祭に出品されるらしいとの情報もあるみたいですから、結果によっては劇場公開があるかも知れません。 映画の公式ホームページはこちらです。↓ http://www.beyondtheyears.com/ Englishをクリックすると美しいテーマ音楽が流れて来ます。さらに次のページでMultimediaのTrailerをクリックすると、予告と言いますか極めて短いダイジェストを観ることが出来ます。最後は、ラストで梅の花びらがまるで雪のように画面一杯に散り乱れる美しいシーンからの1枚です。 ![]() この映画のサントラ盤CD(音楽:ヤン・バンオン)が日本でも入手可能です。音楽も実に美しくて素晴らしい! ![]() |
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2つの硫黄島
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- 2007/10/14(Sun) -
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![]() 1枚の写真が、個人の、いや国家の命運を左右することがあります。 ここに掲げましたのは、第2次世界大戦終期の昭和20年2月23日、米軍による硫黄島の制圧を象徴するシーンとしてニューヨーク・タイムズ紙第1面を飾ったジョー・ローゼンタールが撮影した有名な写真です。それまでいつ終わるとも知れない戦争にうんざりしていた米国民は、この1枚の写真によって勝利の確信を得て、実際は戦費の調達にも苦慮していた米国政府の発行する国債をこぞって購入することになりました。 実は、この写真の星条旗は、島の端にあり、最高峰かつシンボルでもあった「すり鉢山」に最初に掲げられたものでなく、海兵隊がその前に取り付けたものを取り替えた時のものであったこと、写真に写った6人(手前に4人、向こう側に2人)の内、3人はこの掲揚直後の同島における戦闘で戦死したこと[*]、さらにはその内1名は、氏名すら取り違えられていたことなど、米国側にとって都合の悪い真実は隠蔽されたまま政府の国債キャンペーンのために利用されたことが、昨年公開されたクリント・イーストウッド監督[**]の映画「父親たちの星条旗」に生々しく語られています。 [*注:星条旗掲揚後も、島内では地下陣地内に残る日本軍からの反撃が約3週間近く続きました。] [**注:イーストウッド監督は、上記の作品と同時に日本側から見た硫黄島の戦闘を描いた「硫黄島からの手紙」も製作しました。「父親たちの・・・」には、ジェームズ・ブラッドレーによるノンフィクションの原作があり、既にスピルバーグが映画化権を獲得していたのですが、イーストウッドは彼を懇願説得してその権利を譲り受けたため、2作とも共同製作という形を取っています。] 戦争映画では、何事も得てして事実よりも誇張されるものですが、硫黄島での戦闘を奇跡的に生き残ったある日本兵の記録(参考のため下に貼り付けて置きます)を読むと、これらの映画はかなり事実に即した描写に徹していることが分かります。特に下記の体験記Part3からが凄まじく、海面を埋め尽くした米軍艦船というのが決して大げさでないことは、残された空中写真が如実に物語っています。当時この小さな島には、約2万2千名余りの日本軍が配属されていました。そのほとんどが玉砕したのです。ある記録に依ると、米軍28,686名の戦死傷者と日本軍21,900名の戦死者とあります。 http://www5f.biglobe.ne.jp/~iwojima/ ![]() イーストウッド監督の2つの映画が優れているところは、戦争の勝利を美化するのでもなく、またいたずらに戦争反対の声を上げるのでもなく、淡々と(,おそらくは)ありのままを描きながら、戦争によって個々の人々の運命が左右される理不尽を痛烈に批判している点でしょう。それ故に、思わず涙する数々のシーンが記憶に残ります。イーストウッド監督の言葉が全てを物語っています。 「私が観て育った戦争映画の多くは、どちらかが正義で、どちらかが悪だと描いていました。しかし、人生も戦争も、そういうものではないのです。私の2本の映画も勝ち負けを描いたのではありません。戦争が人間に与える影響、本当ならもっと生きられたであろう人々に与えた影響を描いています。どちらの側であっても、戦争で命を落とした人々は敬意を受けるに余りある存在です。だから、この2本の映画は彼らに対する私のトリビュートなのです。日米双方の側の物語を伝えるこれらの映画を通して、両国が共有する、あの深く心に刻まれた時代を新たな視点で見ることができれば幸いです。」 [映画の音楽担当カイル・イーストウッド氏は、監督の息子さんで、じんわりと心に忍び込むいい仕事をしています。] さて、この話題にふさわしい音楽となると、こんな曲は如何でしょうか。ミズーリ州生まれのアメリカ人作曲家Don Gillis (1912-1978)の交響曲第5番‘In Memorium’。大戦中亡くなった3人のTexas Christian Universityのバンド・メンバーを悼んで作曲を思い立ち、当初その哀悼の気持ちを込めて付けていた第2楽章のサブタイトルが、後に曲全体のタイトルとなったそうです。 全曲は3つの楽章から成り、演奏時間約32分程度(Albany Records TROY 768)。第2楽章を除けば、全体にとても分かりやすく、アメリカらしい明るい曲調で、最後は勝利の凱歌で終わります。大戦終結の1945年8月中旬に完成、その2ヶ月後の丁度今日に当たる10月14日に、Frank Black指揮、NBC交響楽団によって初演されました。 ![]() |
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自由と平和と鎮魂と
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- 2007/10/01(Mon) -
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![]() ミャンマーの軍事独裁政権による民主化要求デモに対する強権発動が、危機的状況を迎えています。 日本人ジャーナリストが死亡したことが大きく騒がれていますが、単に同胞に被害者が出たということだけでなく、世界にはこのように不安定要素を抱えた地域が未だ数多く残されていることを、平和ボケの日本は改めて認識するべきでしょう。今回ミャンマーで起きている弾圧の状況を捉えた生々しい映像がネットに配信されていますので、ここに勝手ながら貼り付けさせて頂きます。(とある時間経過後には接続出来なくなりますことをお断りして置きます。) http://www.afpbb.com/article/politics/2291772/2199544 軍が政治の実権を握っている国や地域は、この国だけではありません。一見民主的政党が統治しているように見えて、その実裏では、軍隊がコントロールしている体制の国は、少なくないのではないでしょうか。 管理人は、軍政が敷かれていることが直ちに治安が悪い、あるいは悪い政治であると短絡的に考えているわけではありません。国をコントロールするためには、ある程度の軍事力(この言葉が強過ぎるのであれば警察力と置き換えても良い)は必須だからです。しかし、制御と自由は本質的に対立する概念であることは自明のことであり、その両者をバランスよく線引き出来るか否か、そこにリーダーの真価が問われます。不運にして亡くなられた犠牲者の方々には、謹んで冥福を祈ると共に、ミャンマーに真の平和が一日も早く訪れることを願わずにはいられません。 ギリシャの作曲家ミキス・テオドラキス(Mikis Theodorakis, 1925-)が時の独裁政治から逃れてパリに亡命したのは、1970年のことでした。そしてこの時は幸いにして独裁が長く続かず、亡命生活が4年で済み、1974年には祖国に戻ることが出来ました。芸術家は、その創作活動実現の自然な欲求として自由を求めるが故に、こうした政治の荒波に翻弄される宿命を担うことが往々にしてあり、時にはそれによって命を落とすことすらあるのです。 2004年、アテネで開催された夏のオリンピック開会式で、民族の躍動感と自由獲得の謳歌を見事に体現化した立役者テオドラキスの代表作「ゾルバ Zorba」の強烈な旋律とリズムは衝撃的でした。魂の奥底から湧き上がる強固な意志と情熱。そのエスプリを作品にした「バレエ組曲-Zorbas」は、テオドラキスが得意とする歌とギリシャ人に染み付いたダンスのリズムで聴き手を圧倒する傑作です。原曲は1964年の映画「Zorba-The Greek」のサントラとして作曲されたものを元に、1968年にはミュージカル版が作られ、1988年にはバレエ付帯音楽として改作されたようです。 ここにご紹介するデュトワが指揮するCDでは、小品ながら美しくも哀しい鎮魂のメロディーを持つ「Adagio for solo flute, string orchiestra and percussion」(1947年作)が第1トラックに挿入されており、続くZorbaの強烈な魂の音楽をより深く印象付けています。アテネ・オリンピックを記念して発売された感動の1枚を、ミャンマーにおける動乱の犠牲者の方々に捧げたいと思います。 ![]() |
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