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一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

機上にて(3)-乱気流
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飛行機に乗っていて怖いものと言ったら、一に墜落、二にハイジャック・・・。しかし、こういうことをいちいち心配していたら、とても海外へなぞ飛行機で出かけるわけには参りません。

上記のようなケースは特別として、イヤホンで音楽を聴きながら気持ち良くまどろんでいたら、突然身体が空中に浮き上ったかと思うと、ガタガタと機体が揺れ始めてビックリされたというご経験はありませんか。軽い揺れなら、よくあること。かなり激しい揺れに出会うことも、実は珍しくありません。乱気流です。長時間の飛行中には、こうした乱気流はつき物です。揺れ出すと間もなく、座席の上のランプが「ポーン」と点灯して、機内アナウンスが乗客に直ちに着席して安全ベルトを締めるようにと促します。これ、以前は指示通りにベルトを締めなくても、客室乗務員が適当に見て見ぬ振りをすることがありました。ところが、万一乗客が怪我をする事故などが発生すると総て会社の責任となってしまいますから、最近はきちんとベルト着用の確認に回るようで、眠っている人でもかまわず起こされてしまいます。大概は数分間揺れた後に、まるで何事も無かったかのように安定飛行に戻るものですが、稀に性質の悪い乱気流に捕まると、大波にさらわれた小舟のように上へ下へと揺さぶられるスリル満点のフライトを楽しむ(?)ことになります。

これまでの管理人の経験では、アラスカの近くで激しい乱気流に遭遇する確率が最も高く、ロッキー山脈上空や日本海からロシア国境に掛けた空域でも、比較的高頻度で遭遇するように思えます。もしも乱気流に巻き込まれたら、泣いてもわめいても、どうにもなりません。ひたすらその空域から脱出するまで我慢するのみ。不思議なのは、嵐のような大揺れにも拘わらず、窓の外を眺めると快晴なんですよね(笑)。冗談はさて置き、本日は洒落にならなかった飛行体験のお話を少々。


もう何年も前のことですが、管理人がA国に滞在中にB国に用事が出来まして、その帰路のことでした。A国とB国間の国境は、経済体制の違いから事実上封鎖状態にありました。つまり直行便が飛んでいなくて、両国間を行き来するにはお隣のC国を経由するしかありませんでした。ところがC国はC国で問題を抱えており、それまで好き放題をしていた同国の独裁者が人民の反感を買って倒されたばかりという訳で、空港は厳戒態勢の状態にありました。搭乗予定の飛行会社は、C国のナショナル・フラッグ。が、とてもスケジュール通りに飛んでいるとは言い難い貧弱な管理運営状況でした。にも拘わらず早朝にB国を飛び立った最初の便は、C国にほぼ時間通りに到着。しかし、このC国での乗り継ぎが大きな問題でした。

C国某空港への到着は午前9時くらいでしたでしょうか。本来であればお昼前には次の便へと乗り継ぐ予定の筈が、誘導されたロビーで待てど暮らせど、次の便の案内がありません。もちろん古い古いオンボロ空港でしたから、発着予定を知らせる電子案内板という設備も無ければアナウンスも一切無し。もっとも、仮にあったとしても言葉が分からなかったでしょうけれど・・・。

トランジットの記念に空港の写真でも撮りたいと思っても、其処かしこに機関銃を持った兵士が立っていました。こうした時は撮影は無論のこと、カメラを構えるまねだけでも絶対にしてはなりません。たちまち制服の警官か兵士がやって来て、腕を掴まれます。運が良くてもカメラは没収。罰金(袖の下?)で済めば未だ良い方で、ヘタをすれば監禁逮捕されます。(「皆さん、特にご注意を」って、普通そういう国には行きませんよね。)

ひたすら待ち続けて午後の3時頃、さすがにお腹が空いて来ました。ところがロビー内の何処にも、レストランの影はおろか、売店らしきものすらありません。不安と、焦燥と、空腹による怒りが、待たされていた乗客ら全員の顔にしだいに表れて来ました。誰彼と言うことなく、「何か食べるものくらい出さないのか」と空港の係員に詰め寄るも、効果はてんでありません。第一、数十人の乗客を除いて、ロビーから人の姿がほとんど見えなくなっていました。

それから1時間余りして、ようやく食べ物を用意するらしい動きがロビーの一角に見えました。どうやらプラスチックのお皿にパサパサのご飯を盛り付けてスープを掛けただけの、どう見ても犬のご飯が食事のようです。こちらは極度の空腹ですから、もう食べ物でさえあれば何でもいいというのが偽らざる心境。。。 当然無料サービスだと思いお皿に手を延ばしたら、10ドル払えと言う。紙くず同然の現地通貨で払おうとしても、ここは国際空港だからの一点張りで、ドルでの支払いしか受け付けません。何と言うあこぎな・・・と憤慨するも、背に腹は変えられません。泣く泣く虎の子の10ドル札を差し出しました。空きっ腹に掻き込んで食べた犬ご飯。悔しいけれど、その美味しかったことはこの上ありません。もっとも何を出されても美味でしたでしょうけれどね。

さて、お腹の方が少し治まったものの、肝心の乗り継ぎ便について案内どころか何ら遅延理由の説明がありません。とうとう日は落ちて、空港は夜のとばりに包まれてしまいました。結局、次の飛行機がやって来て機内に誘導されたのは、午後の9時近く。やれやれです。長い長いタクシーング[注. 飛行機が離陸までの間、滑走路上で待機していること]を経て、その某空港を飛び立ったのは、それから更に40分程待たされた後でした。これでやっとこさ帰途に着けると思ったのもつかの間、それから本当に恐怖の体験が始まったのです・・・。

離陸して間もなく、約60人乗りの中型プロペラ飛行機の窓の外にポツリポツリと雨粒が見え出したかと思うと、やがて強い雨脚に。飛行機が嵐の真っ只中へ向かって突入していることは、一目瞭然でした。程無く稲光りが走ったかと思ったら、同時にプロペラ機は、上へ下へ、右に左にと、大きく揺れ始めました。まるでジェットコースターに乗っているみたいな気分です。途中パイロットより、「ただ今の飛行高度、海抜約2千メートル」と短いアナウンスがあったけれど、飛行予定航路足下に横たわる山々の高さは、地図で読み取る限り千数百メートル前後です。窓の外は真っ暗闇で、時折雷の閃光が走った時に、プロペラ機は厚い雨雲の中を飛んでいることが知れるばかり。いくら乱気流に慣れている管理人も、ひょっとすると山の斜面すれすれを飛んでいるのではないかと思うと、生きた心地が致しません。機体がスーっと落下する度に、顔面からサーっと血の気が引いて行くのが、自分でも分かるくらいでしたから・・・。 -_-; - -; -_-; - -; -_-; 

2名程いた客室乗務員も機内サービスどころではなく、着席したまま無言です。他に日本人らしき乗客の姿も全く見えず、周囲の誰もが必死の形相です。独りとして席を立つ者はおらず、声を出す者すらありません。ただただ運命共同体として、乗客・乗務員全員が最終目的地に無事到着することだけを祈っていたように思われました。‘Destiny’と‘Destination’とは、よくぞ言ったものです。この体験以来、これら2つの単語が文字通り密接な関係にあることを身に沁みて記憶することと相成りました。この時のパイロットは、おそらく飛行機の安定化に全神経を集中させていたのでしょう。高度を告げたアナウンス以後、一切のアナウンスが途絶えました。山に衝突する危険性を承知しながら、高度を上げれば、より激しい乱気流に巻き込まれて一層の危険に晒されると判断したものと思われます。とにかく後にも先にも、この時程飛行機が怖いと実感したことはありません・・・。

嵐の中の飛行は、何と1時間以上も続きました。もう掌が汗でべっとりです。激しい揺れが治まったのは、A国の空港に到着するほんの少し前でした。窓外の雨脚がしだいに弱くなり、機首が下に向いて着陸態勢に入ったかと思った頃には雨粒が見えなくなりました。その数分後、ドスンといささか乱暴なくらいに激しく滑走路上にランディング。前のめりになるくらい急なブレーキがかかった時は一瞬ヒヤリとさせられましたが、無事着陸したと分かるや否や、(管理人を含めた)乗客全員から安堵のため息と共に、大きな拍手が湧き起こりました。この人間として極めて自然な行為の情景が、まるで昨日の出来事のように想い出されます。

かつて管理人の知人が乗ったジェット飛行機が海上に墜落したことがありました。その知人は着水した瞬間のショックで真っ二つに割れた機体から座席ごと海中に放り出され、全身のあちこちを骨折するという重症を負いながらも、幸いに一命を取り留めたのです。しかし、その時同乗していた乗客の大半は死亡。以来、知人は飛行機だけはもうこりごりと、国内で静かに仕事をされていらっしゃいます。飛行機事故ではありませんが、丁度3年前に尼崎で起きたJRの脱線事故が、ふと頭の片隅をよぎりました。一瞬の気の緩みが、そうした悲劇と悪夢を数多く生んでしまっていることを・・・。


暗い話題はそれくらいとして、本日の音楽は久々に北欧の作品からです。心地良いまどろみに誘われた静寂のひと時が、突如湧き上がった乱気流の嵐によってもみくちゃにされるような展開を持つ、スウェーデンの作曲家アッテルベリ(Kurt Atterberg, 1887-1974)の交響曲第3番‘West Coast Pictures’(1914-16年作)です。表題からお分かりのように、この曲の第2楽章で描かれているStormは本来は海上の大嵐を表現したものですが、大波が暴れ狂って小舟を翻弄する場面の描写が凄いです。そして嵐が過ぎ去った後には、息の長い巨大な旋律の塊りが、まるで全ての負の体験(エネルギー)すら完全に包み込むように押し寄せて、感動の内に大団円の終結部へと向かいます。第1次世界大戦の真っ只中に、こうした並外れたスケールの作品を書き上げたアッテルベリの手腕に、スタイルの古さを超越して喝采の拍手を送る外はありません。

ここにご紹介するCD(cpo 999 6402)に同梱されているアッテルベリの交響曲第6番(1927-28年作)は、米国コロンビア・グラモフォン社がスポンサーとなってシューベルトの死後百周年を記念する作曲コンペにおいて見事第一位に輝いています。これまた全編がシューベルトの舞曲を髣髴とさせる抒情的で美しい旋律で織り上げられており、軽快なリズムに乗せて推進力溢れる名曲でもあります。管理人一押しの名作コンビの1枚、もしもアッテルベリという作曲家をご存知無ければ、是非このゴールデンウィークという絶好の機会にお聴き下さることをお薦め致します。[管理人注. 昨年6月13日の記事で、彼の交響曲第2番を取り上げました。余談ですが、1枚ずつバラでお買い求めになるよりは、交響曲全集(ボックス)を買われた方が断然にお得です。]


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機上にて(2)-まどろみ
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冷戦時代の飛行機会社は、日本からヨーロッパへ飛ぶ際にソビエト連邦の領土を避けて、わざわざアラスカのアンカレッジを経由、北極海の上を飛ぶという回り道をしていました。今はそういう遠回りをすることもなく、ほぼ大圏航路を飛びますので格段に楽になりました。

と言っても片道12時間以上。日本海を超えハバロフスク上空に至ってからは、延々とシベリアの大地を眼下に眺めることになります。冬であれば雪と氷に覆われた真っ白な大地が、夏は夏で町はおろか人家らしき片鱗すら見えないツンドラの大地が、映画を1本あるいは2本見終えようとも、またひと寝入りしようともふた寝入りしようとも、その前と少しも変わらない景色のまま、足下1万メートルの奈落の底をゆっくりと流れて行くばかりです。世界第1位の国土面積を誇るロシアの大きさをまざまざと見せつけるヨーロッパ航路は、時の経過を完全に忘れてしまう「まどろみ」の世界に浸るにはもってこいの路線でしょう。


20世紀の初頭、はるばるロシアからヨーロッパの都にやって来て人々を驚かせたもの。それは美しい音楽と鮮烈なリズムに乗せて眼を瞠るばかりのダイナミックな動きを見せたロシア・バレエ団のダンサーたちでした。ストラヴィンスキーの「火の鳥」「ぺトルーシュカ」「春の祭典」など新作のバレエ作品は、こうして1910年代のヨーロッパで次々と発表されました。バレエ団の一行は、パリそしてロンドンで公演を行って喝采を浴びています。こうした大成功が、英仏の若い作曲者らの感性を刺激しない訳がありません。

イギリスの作曲家バックス(Sir Arnold Bax, 1883-1953)は、後年の作品の特徴としていずれも極端にメロディーラインが辿り憎く、いわゆる難解な作曲家の部類と一般には認知されていますが、まだ20代の頃にはロシア・バレエに魅了された大のロマンチストの一人でもありました。もっとぶっちゃけた言い方をすれば、大好きなバレエにあまりにのめり込み過ぎて、ロシア人名プリマドンナとも懇ろな関係にまでなったお人です。(後年、奥さんがありながら、ピアニストのハリエット・コーエンと愛人関係になっていますから、そういうことに活発なお人なのでしょう。)

そのバックスが、パリにおける「春の祭典」初演などを主宰したセルゲイ・ディアギレフにより委嘱されたバレエ作品「From Dusk to Dawn」(1917年)と「The Truth About the Russian Dancers」(1919年)をまとめて聴ける素晴らしいCDが、Chandosからつい先だって発売されました(CHAN 10457 X)。前者のストーリーを掻い摘んでご紹介致しましょう。


誰もが寝静まったある夏の夜のこと。時計の針が重なって真夜中の12時を打った時、柔らかな月の光が陶磁器で出来たドレスデン人形(注. このバレエでは男のお人形で、ドレスデン陶磁器については下の写真を参照のこと)と道化師と美しい踊り子の3人だけをほのかに照らし出します。周囲に飾られた花々のつぼみが、一つ、また一つと開く中、道化師とバレリーナの2人は抱き合いながら、やがて一緒に踊り始めます。

鐘が1つ鳴った時、花々が踊る中をそれまで動くことのなかったドレスデン人形が目覚めて、おもむろに道化師と踊り子の間に割って入ります。そして踊り子の気を、自分の方へ自分の方へと惹きつけるように熱烈な踊りを舞い始め、誘われた踊り子はその熱意についほだされて、とうとう人形と共に踊り始めてしまいました。

鐘が2つ鳴った時、興奮して喜びの極致に至ったドレスデン人形が、踊り子に突如接吻してしまいます。

驚いた踊り子は、人形の顔を邪険に振り払い、道化師の腕の中に倒れ込んですすり泣きますが、道化師は彼女を押し戻し、そして叱ります。彼ら2人が口論を始めるや、人形はここぞとばかりに道化師をけしかけた丁度その時。一陣の突風が舞い上がり、思わずよろめいた人形は転倒して粉々に砕け散ってしまいます。

つかの間とは言え心を浮わつかせたことを反省した踊り子が、しきりと道化師に媚を売るものの、彼はもはやそれを受け入れようとはしません。仕方なく人形の方はと顧みると、人形は壊れたまま、言葉すら発せそうにありません。途方に暮れた踊り子が、再び道化師の方へと熱い眼しを向けても、拒絶の姿勢に変わりはありません。やがて時計の針はゆっくりと動いて3時を告げる鐘の音が・・・。夜明けはもうすぐそこまでやって来ています。

すべてが静まり返る中、悲しい沈黙が辺りを支配したその瞬間、再び一陣の風が起きて踊り子が道化師のぎこちない腕の中へ舞い落ちたところで、幕がさっと下ります。果たして2人は首尾よく仲直りすることが出来たのでしょうか、あるいは出来なかったのでしょうか。終曲のモチーフから推測してみて下さいな。


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バックスがバレエに付けた音楽は、これがあの難解なはずのバックスかと信じられない程に解り易く、また美しいメロディーを次々とふんだんに繰り出して、時の経過が知れぬ程にロマンティシズムに満ち満ちたまどろみの世界へと誘います。マトリョーシカ人形と深いオレンジ色と黒色のコントラストが際立って映える素敵なデザインのCDではありませんか。


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機上にて(1)-インフライト・ミュージック
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前の記事を書く関係で、飛行機が空を飛ぶシーンを何度か見たことがよほど目に焼き付いたのでしょう。飛行機に関連した話を書いてみたくなりました。


以前にも書きましたが、管理人は仕事柄よく飛行機に乗ります。それも国内より海外が圧倒的に多い。長いフライト中の楽しみと言えば、何と言っても機内食。エコノミーであれ、ビジネスであれ、この航空会社のは美味しかったなぁとか、あそこのは頂けなかったなぁとか、想い出が一杯。だから飲み物がサービスされた瞬間から、いつも期待感でワクワク、ドキドキになります。(単に食い意地が張っているだけだとも言えますが・・・) (^_^;

エコノミークラスの食事なら、毎日のお昼の定食メニューとそう大して変わりませんが、ビジネスクラスとなると格段に違います。フランス料理のコースなら、かなり厚いフォアグラなんかがオントレに出て来て、ちょっとアッパークラスになった気持ち。カロリー・リッチを気にしながらも、ついついペロリと平らげてしまいます。。。(ああ、やっぱり庶民なんだなぁ・・・) 

あ、ちなみに写真はエールフランス航空の朝食(パスタ)です。ですからこれは軽いお食事メニュー。ディナーはあまりに凄すぎて、とてもここではお見せ出来ません。って、言いますか、実は普段エコノミーばかりで、滅多にビジネスクラスになんか乗れないのです。あははは・・・(^_^;

それなのにたくさん乗るのでマイルは貯まる一方。ついにメンバーシップは○○○○レベルに。という訳で時折アップグレードの恩恵に与る次第なんです、はいッ。


さてさて、ヨーロッパやアメリカ東海岸への便でしたら、12時間以上も機内に閉じ込められてしまいます。最初にディナーが出てから、次ぎの食事まで相当に長い。寝る以外の楽しみと言ったら、後は映画でしょうか。しかし、これ、機内のジェット音が意外とうるさく、しかもエコノミークラスのイヤホンを長く耳に差していると痛くなって来るしで、あまり楽しめるものではありません。

という訳で、結局することは持参のポータブルCDプレーヤーで手持ちのCDを聞いたり、インフライト・ミュージックのチャンネルをあちこち回してつまみ聴きすることに落ち着きます。ところが、この機内音楽のプログラムが案外馬鹿に出来ません。おっ、聴いたことないけれど素敵!なんて思わず曲名を機内誌で確かめることがよくあります。最近でしたら、リムスキー=コルサコフの「雪娘」とか、ウェスリーの交響曲変ホ長調など。もちろん有名曲が多いのですけれど、よくもこんな曲を見つけてくるものだと感心してしまいます。(なおビジネスクラスでは、ちゃちなイヤホンではなくヘッドホンですから、長く聴き続けてもあまり耳が痛くなりません。)


そんな訳で今日の音楽は、オーストラリアの作曲家クーネ (Graeme Koehne, 1956-) の「Inflight Entertainment」(2000年作)。そのものズバリのタイトルですね。実はこの曲、オーボエ協奏曲です。全曲演奏に約28分。3楽章の内、第2楽章が特に出色で、実に美しいメロディーが奏でられます。前後の楽章も浮揚感タップリの軽快な音楽。出来ることなら宮本文昭さんの演奏で聴いてみたいものですが、NAXOS (8.555847) のCDもなかなかです。どうかHPでちょっとだけでも試聴してみて下さい。きっと空の上を飛んでいるような錯覚に陥ることでしょう。(^o^)


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Out of Africa
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「風に立つライオン」の曲が聴けるサイトを探しました時に、以下に貼った動画を見つけました。バックに流れる歌は、さださんがだいぶお若い時に収録されたものと思われ、声につやがあります。

http://jp.youtube.com/watch?v=uk8qD2wx9yA


さて、この動画に使われている映画、皆様お分かりになるでしょうか。そう、シドニー・ポラック監督の「Out of Africa (邦題:愛と哀しみの果て)」(1985年製作)から有名な飛行シーンを中心として編集されているんですね。

映画は、デンマークの作家アイザック・ディネーセンが1937年に出版した自伝的小説「Out of Africa」をほぼ忠実に再現したものです。小説はディネーセンがアフリカ・ケニアにおいて農園経営をした自身十数年間の体験を元にして書かれたもので、映画では主人公らをロバート・レッドフォードとメリル・ストリープが主演し、1985年度アカデミー作品賞・監督賞など7部門を総なめにしましたので、ご記憶の方も多いことでしょう。小説の作者名がIsak Dinesenと男性が書いたように見えますが、実は原作者の本名はKaren von Blixen-Finecke、即ち貴族出身の女性でした。小説の内容もそうですが、当時の社会情勢や出版界の通念としてこのような作品を女性が書いたものとして出版したのでは売れないであろうと考えられ、男性名に変えたのだそうです。原作の邦訳が昌文社より「アフリカの日々」と題して出版されています。大変読み応えのある小説ですので、興味を覚えられたら是非お読みになることをお薦め致します。


ところで、最初に掲げた写真の人物は誰なのかって? 彼の名前はJohn Barry。1933年、イギリスはヨーク州生まれの作曲家。そして上記の映画音楽を作曲した人です。Barryは主に映画音楽の分野で活躍しており、数々の名作の音楽を担当しています。詳しくは彼の公式サイトをご覧になって下さい。

http://www.johnbarry.org.uk/


どんな音楽ですかって? では映画の冒頭でアフリカの大地を走る列車のシーンに流れるテーマ音楽と先にもお見せしました飛行シーンの音楽をちょっとご紹介しましょう。雄大な風景にマッチした音楽は、とてもスケールが大きく素敵です。そうそう、それから映画の中ではモーツァルトのクラリネット協奏曲第2楽章が実に効果的に使われるんですよ。

http://jp.youtube.com/watch?v=q_fAEdw7ts0&feature=related


もっと、ちゃんと聴いてみたいという方のために、オリジナルのLP盤では未収録の曲も加えたCD(Varese Sarabande VSD-5816)をご紹介して置きましょう。


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風に立つ
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これから桜の満開を迎えようとする北国の人々には、水を差すようでまことに申し訳ない話題ですが、暖かい関東以西・南方の地では大方の花びらが舞い散ってしまいました。未だに枝に残る色褪せた花弁の向こうには其処かしこに薄緑色の若葉が垣間見え、久しく続くと思われた栄華の物語も瞬く間に遠い昔の話となって新しい命の芽吹きに取って代わられるこの世の無常さを感じずにはいられません。

桜の季節は新入学や就職・転勤などなど人生の大きな転機となる移動の時期と重なっていることもあり、そうした折々に見た桜のシーンがまるでアルバムに納められた記念写真のように皆さんの脳裏に深く焼きついているのではないでしょうか。

千鳥ヶ淵・・・夜桜・・・南十字星・・・という言葉の連想から、管理人が大好きな曲が想い出されました。さだまさしさんの名曲「風に立つライオン」です。

さださんの曲は、ご自身がお若い時にヴァイオリニストを目指された本格的な修業をなさっていたこともあり、曲調がいずれも大変にクラシック的で、管理人大のお気に入りなんです。とりわけストリングスが入った曲は、その傾向が強く表れ、とてもロマンティックで素敵な曲となります。メロディーが美しいだけではなく、何よりも歌詞の素晴らしさが際立っています。時折無理な声域まで声を絞り出すキーの高さだけは少々賛同出来ませんけれど、さださんの唄う歌には、いつもこの上無い優しさが溢れています。

「秋桜」や「関白宣言」なら知っているけれど、そんな曲は聞いたことがないという読者の方々のために、比較的最近、さださんがオーケストラ伴奏で歌われたある番組の動画映像をここにご紹介して置きましょう。お若かかった頃に歌われた伸びのある声質とは異なりますが、これはこれで味のある歌になっています。なお、全曲演奏に約8分間近くも要するかなりの大曲ですから、ダウンロードに少々時間がかかりますことをあらかじめお断りしておきます。

http://jp.youtube.com/watch?v=OyFixulQSNU&feature=related


さださんが生コンサート最後の締めくくりとして本曲をしばしば取り上げられますことは、ファンの方々ならよくご存知のことでしょう。実はこの曲には、実在のモデルがいらっしゃいました。もちろん脚色が入っていますから、そのままというわけではなく、飽くまでさださんの作品として仕上がっていることは言うまでもありません。そのモデルとなったお方は、未だ現役としてご活躍中でいらっしゃいますので、敢えてここでお名前を挙げることは控えさせて頂きますが、次の歌詞ページを御覧下されば、この方が周囲や後世に直接的または間接的に残された功績・影響が計り知れない程に大きいであろうことがお分かりになるものと思われます。

http://www.sinsei.org/bokusi/mess08.htm


と言うわけで、今日の音楽はさだまさしデビュー30周年記念のリマスター・ベストアルバムのCDを取り上げたいと思います。ラストを飾るのは、もちろん「風に立つライオン」です。


風に立つライオン
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