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一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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Odyssey
きぼう2



とうとう自衛隊の輸送機が中国へ飛ぶ時代にまでなったのかと思えば、中国一般民衆の反日感情を考慮してなのか、一転してそれは中止。またフランス系資本のスーパー「カルフール」が仏国における聖火リレーの混乱で人民による不買運動の対象となったかと思えば、四川の震災に対して多額の寄付をしたことで、一転賞賛の嵐。他国のことと傍観してはいけません。つくづくネット情報社会の影響の大きさと恐ろしさを感じます。

新しい情報が伝わることは大変良いことだけれど、ネット上に現われるそれらの一つ一つにあまりに短絡的に反応するのは、如何なものでしょうか。世の中「右へならへ」と言われたら、全員が右を向き、「左にならへ」と言われたら、皆が左を向く。有名人の中にもとある失言をしたことで、それまで築き上げたものを全て失ってしまうことが続いています。もちろん、批判は批判として受け入れなければならないでしょうけれど、何か行き過ぎているような気がしないでもありません。ネットでの反応は大衆の意向を推し測るのに有効な一手段であることを認めますが、あくまで一部の意見を反映したものに過ぎません。他の人はどうであれ自分はどう思うのか、しっかりした個人の考え方を持って各自が行動しなくては、真の平和で豊かな未来社会はやって来ないのでは・・・と、つい最近のニュースを聞いて考え込んでしまう管理人です。


物事には、即座に行動を起こさなければ意味をなさないことがある一方、慌てて行動を起こしては取り返しのつかない事態になってしまうことがあり、常に正しい判断を迫られます。それを瞬時にして見極めることができれば誰も苦労はしないわけですが、現実にはそれは至難です。そして中には、十分な時間をかけて考えてこそ、初めて理解できること、結論が出せることってありますよね。


音楽にもそういうものがあります。普通良い音楽って、初めて聴いたその瞬間から「素敵!」って感じるものですが、中には何度も聴いて、それについて考えを巡らして、それで初めて「この音楽は何か特別の価値がある!」って気が付く音楽が存在します。


キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」(2001: A Space Odyssey)(1968年)を劇場で鑑賞し終わった時(初公開時ではなく、そのだいぶ後のとある映画館でのリバイバル上映でした)、観客の多くが隣の友人たちと見合って、「何なのこの映画は???」と意味が分からず怪訝な顔を示し、事実そういう会話を彼方此方で耳にしたことを覚えています。キューブリックは、「もしも観客にこの映画を1回観ただけで理解されたら、自分の作品は失敗だったと思う」と何処かで書いていたようにも記憶しています。私自身、その後DVDを購入し、何回か観る内に、その先見性に恐れ入ると同時に、「ああ、そういうことだったのか」と新しいことを発見することが重なっています。

この映画で使われたクラシック音楽は、冒頭の真っ暗な画面から光が現われるところのR.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」と、原始人類の誕生から未来に時代を移した第2部の宇宙飛行船のシーンにおけるJ.シュトラウスの「美しき青きドナウ」であることは余りにも有名。どちらもシュトラウスの音楽で共通させていたのだと、はたと気がついたりします。

映画のタイトルが「Odyssey」となっている意味は、前の記事に書きました。人類が、あるいは知的生命体が、この地球に生存している限り、終わることのない長旅が、この言葉には暗示されています。ベーエの「長旅」の概念を、それから数十年後に作品化したイギリス人作曲家がいます。彼の名はニコラス・モー (John Nicholas Maw, 1935-)。1987年に作られたその曲名は、そのものズバリ「Odyssey」。そしてこの「Odyssey」は、序奏から全4部を経てエピローグまで、全曲演奏95分近くを要するこれまた管弦楽のための長大な作品です。この曲のスコアに取り組めば取り組む程、より深く魅せられ、ついにその録音をEMI (CDS 7542772)に残すことになったサイモン・ラトルは、Mawの作品に対する絶賛の辞をCDのブックレットに書き寄せています。

実は管理人が「Odyssey」を初めて聴いた時には、すぐには気に入りませんでした。と言いますか、長いばかりで正直よく分かりませんでした。しかし、何かが引っかかる、つまりとても気になる存在の、そんな音楽でした。何回か聴く内に、徐々に分かって来ました。この曲、思索に満ちており、実に渋いです。時間は未来永劫に続くかと思われる程に、ゆっくりと流れます。それでいながら、時には管弦楽が猛り狂います。やがて、そうした激しい曲調の時ばかりではなく、実は初めから最後まで全編を通して熱い熱い情感がその根底に溢れていることに気が付きました。恐ろしく精神の集中を要求され、一度聞いただけではその良さが全く分からない音楽。そういう名曲は確かに存在しています。刹那の感情で押し流されない確固とした信念。心から憧れます。


Maw2




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作曲家それとも指揮者?
フリードリッヒ2



とある場所で、「クラシック検定」なる記事を見ました。音楽を聴いて楽しんだり、あるいは演奏する際に、そうした音楽に関する知識が有るか無いかは必ずしも重要ではありません。が、やはり知っているといないでは、その音楽に対する理解の程度が異なることがあります。


では突然、皆様に問題です。(^_^) できればネットで調べることなく回答してみて下さい。

[問] 次に挙げる20世紀の大指揮者と言われた人たちの内、交響曲を作曲したのは誰でしょうか。また何曲残したでしょうか。(一人とは限りません)

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー  ブルーノ・ワルター  オットー・クレンペラー  セルジュ・チェリビダッケ


19世紀から20世紀の初頭にかけて起こった音楽界における大きな変化の一つとして、それまで作曲家が指揮もすることが当たり前だったのに対し、指揮を専業にする者が現われたことが挙げられます。19世紀末のマーラーやリヒャルト・シュトラウスが代表的ですが、作曲家でありながら指揮者でもあり、しかも相当洗練された腕前を発揮していたようです。これが世紀が変わりますと音楽がより複雑・緻密となり、作曲家自身でもうまく振れなくなるケースが出て来るようになりました。と同時に、むしろ指揮者として音楽表現することに才能を発揮し、作曲家との両立を断念、指揮に専念するというケースが多々現われるようになりました。

今日、大指揮者と認識されている人たちの中にも、実は若かった時には作曲をしていた者が少なくありません(もちろん例外はあります)。今ではほとんど作曲家としてその名が記憶されていないのは、大した作品を残せなかったとも言えますが、時代の変化を察知して自ら封印したことが大きな理由だったのかも知れません。


本日は、忘れ去られるには余りに惜しい非凡な作曲の才能を示した指揮者をご紹介したいと思います。もしも次の写真だけでその人の名前を言い当てられたら、あなたは相当なクラ通です。ウィキペディアでもほとんど情報が載っておりません。


Boehe2



彼の名前はエルンスト・ベーエ (Ernst Boehe, 1880-1938)。ミュンヘン生まれの生粋のドイツ人。ミュンヘンの他、北ヨーロッパ各地でコンサート指揮者として活躍しました。このベーエは若い頃Ludwig Thuille (1861-1907)らに作曲を学んでおり、しばらくは創作に精力を注ぎましたが、やがて指揮活動の多忙さの中で自ら筆を折ってしまいました。彼の代表作は「Aus Odysseus's Fahrten (オデュッセウスの航海から)」(1901-1905年作)。ギリシャ神話の英雄オデュッセウスの生涯を描いた、全4部から成る演奏時間1時間半近くも要する管弦楽のための超大作です。

第1部「出発と難破」、第2部「キルケ島」、第3部「ナウシカアの嘆き」と続き、第4部「オデュッセウスの帰還」で完結します。オデュッセウスはギリシャの英雄たちがトロイに集結して始まったトロイア戦争に参加しましたが、出征前に「トロイアに行ったら20年は戻ってこれないであろう」と予言され、10年間もの長い戦いを余儀なくされてしまいます。ようやく戦いに勝ちを治め、故郷イタケを目指して帰路に着くも、途中様々な苦難が次から次へと待ち受けて、最後には船も部下も全て失ってしまいます。ここまでされたら可哀相を通り越して、そうした試練を課した神々たちに憤慨すら感じさせる英雄の苦難の物語は、それだけでハラハラドキドキの大活劇・大ロマン。その壮大なストーリーのハイライト・シーンを音楽化した作品が、上記の「Aus Odysseus's Fahrten」です。ご興味のある方は、何か適当なギリシャ神話の本をお読み下さい。そんな本なんて面倒くさいという方には、こんなものもありますよ(笑)。↓


オデュッセウス2



話は少し変わりますが、クラシック音楽と言いますかヨーロッパ文化に触れる時、ギリシャ神話は母体にいる時から聞かされる子守唄のように、知らず知らずにその根底に深く流れているものです。とりわけロマン派の時代になってからは、そうした基礎知識無くしては真の作品理解が出来ない程に深い意味を持って来ます。西洋の文化知識人たちがギリシャ神話に単なるお伽話を超えた何か特別なものを感じ、また事実そうした特別の普遍性を探し求めていたのでしょう。一例を挙げれば、「オデュッセウスの長い旅」は‘Odyssey’という修辞にもなり、あの有名なSF作家アーサー・C・クラークの作品「2001年宇宙の旅 (原題 A Space Odyssey)」に繋がっていることを知れば、ギリシャ神話が後世に与えたその文化的意味の大きさがお分かりになることでしょう。

さて、ベーエの「Aus Odysseus's Fahrten」。リストの交響詩やR. シュトラウスの管弦楽作品などドイツ・ロマン派系音楽がお好きな人なら、はまること疑いありません。R. シュトラウスともワーグナーとも異なった息の長い長い美しいメロディーに、いつまでも浸っていたいと思われるに違いないロマンティックな夢物語の音楽です。幸いにこの曲、cpoから発売された2枚のCDで聞くことが出来ます。ロマン派後期の名だたる諸作品に比べても決して引けを取ることなく、ベーエがもう少し作曲家として頑張ってくれたらと思わずにはいられません。


Boehe1


Boehe4



[なお冒頭に掲げた絵は、ドイツ・ロマン主義の代表的画家カスパー・ダーヴィト・フリードリッヒ (Caspar David Friedrich, 1774-1840) の作品「氷の海」です。]




牡丹
牡丹1



大水害の後は中国四川省で発生した大地震。数えられないほど多数の犠牲者が出ているようで、謹んで哀悼の意を表すと共に、今後少しでも生存者が救援されることを祈るばかりです。

転変地異というのは、そう滅多に起こるものではないと思っていましたが、この10年余りを振り返りますと何故かその頻度が世界中で急激に増しているように思えるのは、管理人だけの思い過ごしでしょうか。外国のことであると、つい他人事と看過し勝ちです。せめて救援募金などご協力をお願い致します。


地震と言えば、最近、大地震が重要な舞台装置となっている極めて興味深い話を読みました。辻原登『円朝芝居噺 夫婦幽霊』(講談社)です。

三遊亭円朝(1839-1900)は、皆様ご存知の通り江戸時代末期から明治にかけて活躍した落語界の大名人で、同時に創作怪談噺の達人でもありました。この人の手になる創作物としては、『怪談牡丹燈籠』『怪談乳房榎(ちぶさえのき)』の2作品が残されており、これらは今日出版されていて誰もが読むことができます。円朝独特の語り口がまるで生前の高座を見ているかのように活き活きと再現されて書かれています。

落語と言うとお気楽な馬鹿噺のイメージが強いですが、当時の演芸場で口演されたお噺、とりわけ円朝のそれは噺の組み立てに際して十分に時間をかけて案を練り、登場する人物や時代背景に関しても研究し尽くした上で初めて高座に上げる程に極めて念のいったものでした。ですから聴くだけでなく読んでいても微細な点まで破綻が見られず、あたかも小説作品を読んでいるかのように構成がしっかりしています。未だ録音機器など無い時代に、どうして高座という語り芸術がさように正確に記録されて活字になったのでしょうか。

実は円朝がまだ高座に上っていた晩年、発声された言葉の音節を線や点などの記号で瞬時に記録する近代的速記法というものが西洋より我が国に紹介され、それを日本語に適用した和製速記法なるものが開発されています。円朝を初めとする当時人気の落語家らの口演は、こうした我が国最初期の速記法によって記録され、それが新聞などに掲載され人気を博したのだそうです。二葉亭四迷の口語体による『浮雲』が1887年に発表され、我が国近代小説の始まりとされていますが、本当は円朝らの速記本が人口に膾炙しているのをまねて、それまで文語調で書かれていた物語を話言葉で書いてみたというのが知る人ぞ知る真相だそうです。


さて芝原氏の本ですが、円朝にはこれまで知られていなかった新作の怪談『夫婦幽霊』なる噺があって、それを速記として記録した原稿らしきものを作者がひょんなことから発見したといういきさつから始まります。速記、それも現代国会議事堂や裁判所などで使用されている速記法ではなく、開発途上にあった黎明期の速記で書かれたものですから、当然のことながら誰もすぐには解読が出来ません。微かに残る文献記録を紐解きながら、まるでロゼッタ・ストーンを解読したような地道な解読作業が続けられる様子が綴られて行きます。そもそも、円朝にそういう噺が本当にあったのか、あったとしてもその噺が一体誰によって何時どのような状況下で記録されたものか、これらの謎についても作者は真実を明らかにしようと迫まります。

怪談噺はおそらく限られた客だけを前に数夜に別けて口演されたらしく、第一夜は江戸時代末期に将軍の御金蔵が何者かによって鍵が壊されることなく開錠され、四千両という大金が盗まれたくだりから始まります。犯人一味は千両箱四つを見事に城外に持ち出すことに成功しますが、その一味の一人が牡丹もしくは芍薬と見られる柄の皮の財布をうっかり落としてしまいます。奉行所は御金蔵の造りや鍵に詳しい者が犯人に違いないと当初内部の人間を内々に調べますが、どうにも該当する人物が浮かび上がりません。次に城の改築に携わった大工職人の中に犯人がいたのでは目星をつけ、大工の棟梁らを奉行所に呼んでその財布を見せますが、これも心当たりのある者が誰もおりません。

そんな中にふとしたことからその財布に微かな記憶を呼び戻した一人の棟梁が、苦労の末持ち主を割り出し、あろうことか分け前をよこせ、さもなくばお白州に申し出るぞと脅迫します。期限を切られた犯人の一人は、とある遊郭の床下に隠していた千両箱を約束の前夜に持ち出そうとしますが、丁度恰もその時、突然大地震が江戸の町を襲い建物が崩れかかる・・・。


先ず、難航の末ようやく解読されたという円朝の語り口が見事に再現された幽霊噺自体が出色です。しかもこの噺の中には、円朝自身が噺に登場する人物らと現実世界でも何かと関係していることが随所で明らかにされ、この怪談噺が必ずしも虚構ではなく、リアルの出来事であることを主張して行きますから、当然の帰結としてぐいぐいと噺の中身に惹き込まれます。それだけではありません。この口演の速記がどのようにしてなされたのか、それは何時何処で誰によって為されたものであるのか、そうした謎が次から次へと提示され、それらの謎解きの過程がこれまた素晴らしい。そしてそして・・・最後は関東大震災まで引き合いに出して、アッと驚くどんでん返し。著者の超人的な博識と調査力に裏打ちされ、読み終わってから快哉の声を上げざるを得ませんでした。これだけの読み物、そうそう出会えるものではありません。もしもこの拙文でご興味を覚えましたら、是非ご一読を。


夫婦幽霊2



で、お薦め音楽はどうしたかですって。幽霊噺の後だから、今夜はすーっと消えて終わろうかとも思ったのですが、丁度良いCDが手元にありました。広州音像出版から製作発売されました中国器楽大全『關山月』の1枚です(SWH-1025)。二胡や竹笛、二十弦琴など、中国固有の伝統楽器と現代オーケストラの共演による管弦楽曲集とお考え下さい。とても美しいメロディーが次々と奏でられ、中国悠久の歴史と大地、さらにはそこに生活する人民の自然に対する強い絆を感ぜざるを得ません。CDの表のデザインに

震撼旋律、驚天動地、如哭如訴・・・

とあります(小さい活字ですから読みにくいかも知れません)。耐え難い悲しみが続く時、せめて美しい音楽で傷ついた心を慰め、再び立ち上がる勇気を奮い立たせて頂きたいと切に願っています。


ちなみに牡丹の原産地は中国で、かなり昔は中国の国花であったそうです。1929年に当時の中華民国政府が国花を牡丹から梅に変えてしまいましたが、民国政府が台湾に去った今、中華人民共和国は特に国花を定めてはいません。ネット情報に依りますと、現在、「牡丹、蓮、菊、梅、蘭」の中から新しい国花を選んでいるとのこと。いずれ赤い花であることは間違いなく、牡丹の可能性は高いものと思われます。


山月2

サイクロン
Nargis2



「とぐろを巻いて気絶する (Fainting in Coils)」なんて書いたからでしょうか。ヘビがとぐろを巻くという言葉を語源とするサイクロンが、とてつもない破壊力を持っていることをマザマザと見せつけられました。

今月2日から3日にかけてミャンマーを襲ったサイクロン・ナルギスの被害が、ニュースが入る度に当初思われた以上に甚大であることが明らかになっています。最も新しい数字では、死者10万人に上るのではという推定すらありました。ミャンマー政府の発表によれば、少なくとも2万人以上が死亡、4万人以上が行方不明とありますから、10万人という数字はあながち過大というわけではなさそうです。

いずれにしましても、1970年11月に当時東パキスタン(現バングラデシュ)で起こったサイクロン被害(推定で死者30-50万人と言われています)、2004年12月に発生したスマトラ沖大地震とその直後の津波による被害(周辺諸国で約22万人が死亡)に次ぐ、記録的な自然災害であることに間違いありません。

しかし、今回の被害を単なる自然災害と呼ぶには、いささか疑問がないわけではありません。最大風速215km/h、中心気圧962ヘクトパスカルというサイクロンは、確かにかなり規模の大きいものですが、これよりスケールが大きなサイクロンやハリケーンが過去に無かったわけではありません。とは言うものの、冒頭の写真のようにベンガル湾を覆い尽くす程の巨大なサイクロンです。並大抵のものでないことは一目瞭然です。発生後、当初インド亜大陸東岸に向けて進んでいたナルギスは、ベンガル湾を迷走の後、進路を変えてミャンマー南部に矛先を変えました。気象データを十分に把握していたインド政府は、ミャンマー政府に対して、被害を極少に抑えるべく住民の避難誘導など適切な対策を取るように、かなり早くから警告していたそうです。ところが軍事政権は、住民に避難勧告を出すどころか、政府として何らかの行動を取った節がありません。

管理人の推測では、サイクロンの襲来を過小評価(あるいは楽観視)していたというよりは、対策を取るにも政府の中にその組織・体制すら出来ていなかったものと思われます。独裁的な軍事政権下では、一般に政権維持を至上命題とするシステム作りに汲々となるのが常で、しかも現政権が策定した新憲法案の賛否を問う国民投票の準備で手一杯だったようです。こうした中で自然災害が発生すると、とんでもない事態に至るのは何ら不思議ではありません。その意味で、これは完全に人災と言ってよいものと思われます。


ギリシャの作曲家テオドラキス(Mikis Theodorakis, 1925-) の「レクイエム」(1983-84年作)を、今回被害に遭われた無数の犠牲者の方々のために捧げたいと思います(Intuition Classics INT 3292 2)。このレクイエムは、無論キリストの死と復活への祈りを歌ったものですが、静謐な中にも地中海の陽光を浴びたような明るさもあり、死者のための鎮魂というよりは、悲しいことがあっても生き延びなければならない現世の人々のための音楽であるように思われます。今回幸いにも難を逃れた方々には、この被害の深い悲しみを乗り越え、力強く生きて頂きたい。管理人はそのように思います。

なお、テオドラキスの作品につきましては、以前本ブログの「自由と平和と鎮魂と」と題した記事(昨年10月1日)の中で、彼の「アダージョ」と「バレエ組曲『その男ゾルバ』」を取り上げました。再びこの未曾有の災害ニュースを耳にして、謹んで被害者の方々のご冥福を祈りつつ、真の平和と自由が彼の国に1日も早く訪れ、このような不幸が再び起こらないことを心からお祈りしたいと思います。

[管理人は、比較的最近ミャンマー出身のある方と一緒に仕事をしたものですから、特に気掛かりでなりません。日本人は(身近かに感ずるためか)震災に対してはすぐにシンパシーを抱くけれど、水害に対してはそうではないと言われます。災害であることに何ら変わりはありません。種々の団体が募金活動などを始めています。もし街で見かけましたら、ぜひご協力をお願い致します。]


Theodorakis2



タンゴの節句
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ファンタジー小説というものは、子供の時に読めばもちろん面白いけれど、大人になってから読んでも面白い。いや、大人だからこそ、その自由な夢の世界に入り込むことが無性に楽しいものです。

1865年に出版された『不思議の国のアリス (原題‘Alice's Adventures in Wonderland’)』の英語原典版は、John Tenniel (1820-1914)の手による有名な挿絵もさることながら、原語だけが持ち得る言葉遊び(いわゆるpun)の面白さがとことん味わえて、ことの外痛快です(ペンギン・ブックから入手可)。


海ガメモドキ(Mock Turtle:顔が仔牛で身体が亀の想像上の生き物、海ガメの代わりに仔牛を使ったスープをもじっている)が、アリスから「海の学校」でどんなことを学んだかについて問われて答えているくだりです。


「はじめは、這い方(Reeling)と悶え方(Writhing)からだったね」海ガメモドキは答えました。
「次は算数の四則だ。野心(Ambition)、動揺(Distraction)、醜怪(Uglification)、愚弄(Derision)を学ぶんだ・・・」
「わたし、醜怪なんて聞いたこともない」アリスは思い切って口をはさみました。「それって、何をやるんですか?」
グリフォン(海ガメモドキの名)は驚きのあまり、両前足をふりあげて叫びました。「いやはや! 醜怪を聞いたことがないとは!じゃあ聞くが、美化は知っているかね?」
「はい」アリスはためらいがちに答えました。「それは・・・何かを・・・きれいにすることです」
「うむ、その通り」グリフォンは続けました。「それなのに醜怪がわからないのは、お前さんが間抜けってことだよ」
アリスはそれ以上醜怪について尋ねる気をなくしてしまい、海ガメモドキに向きなおって言いました。「他には、何を習ってたんですか?」
「そうだね、謎(Mystery)というのがあったね」海ガメモドキは科目名をひれ折り数えながら答えました。「古代の謎と現代の謎に、海洋学(Seaography)、それから話術(Drawling)・・・話術の先生はお年寄りのアナゴで、一週間に一度来ていたね。この先生は僕たちに、話術と体の伸ばし方(Streching)と、とぐろを巻いて気絶するやり方(Fainting in Coils)を教えてくれたのさ」


つまり、これ、読み (Reading) と 書き (Writing)、それから各々足し算 (Addition)、引き算 (Subtraction)、掛け算 (Multiplication)、割り算 (Division) を引っ掛けているのですね。その後の単語は何をもじっているか、お分かりになりますか?このような面白さを、いくら工夫して日本語に翻訳しようとしても出来るものではありません。言葉遊びだけでなく、イギリス人特有のユーモアで皮肉がタップリ込められているからです。原作者ルイス・キャロル(Lewis Carroll)こと本名チャールズ・ドジソン (Charles Lutwidge Dodgson, 1832-1898) の本職が学校の教師で、かつ数学者でもあることを知っていたら、余計にこのくだりが笑えます。


え、いくらファンタジーだからって、これだけ難しい言葉が並んだら英語で読むのは無理ですって?


そうですね。あまり頭の痛くなる話題は早々に切り上げることにして、早速今日の音楽に致しましょう。今日は端午の節句だから、きっとアルゼンチン・タンゴだろうと予測された方。残念でした。本日のテーマは、単語の・・・(^o^)

くだらない洒落はさて置き、本日はごくストレートにエルガー (Sir Edward Elgar, 1857-1934) の『子供の魔法の杖組曲 Wand of Youth Suite』です。作曲者が子供であった10才頃に姉たちと一緒に創作劇を上演したことがありました。その劇にエルガーは音楽をつけ、旋律を書き留めて置いた台本を大事に取っていたのです。それから40年近くも経ってから、その台本に残していた音譜を元に管弦楽作品として仕上げました。その当時、エルガーは第1交響曲に着手しようとする直前で、彼の創作意欲が最も充実していた頃でしたから、実に立派な作品に仕上がっています。しかも作曲時50才であったにも拘わらず、イギリス人らしいユーモアからなのでしょうか、この曲に自分で作品番号1番と付けています(組曲No.1とNo.2がそれぞれ作品番号1a、1bになっています)。それまで1番の番号がどうなっていたのかは不明です。わざと空けていた??そうだとしたら、エルガーの凝り様は相当なものです。エルガーは謎とかミステリーが大好きでしたからね。

ところで、この劇の内容ですが、妖精や蝶々や蛾、そして巨人らが住む(子供たちのためだけの)夢の世界があって、そこには邪な心を持った大人たちは決して入ることが出来ない。けれども魔法の杖の力があれば、その世界を旅することが出来る・・・そういうお話らしいです。組曲では、それらの登場人物や生き物たちが活き活きと描かれていて、まるでバレエ音楽のように美しい。エルガー特有の高貴さが溢れる旋律美も十分にあり、このような音楽で日々の疲れを癒す休日も実に好いものです。ちなみに作曲者ご本人による歴史的な録音がEMIに残されています。ですが、今日聴いたら、やはり録音が余りにも古い。ここでは、比較的新しい録音で、かつ演奏も本格的な盤にお出まし頂くことに致しましょう(CHAN 10422 X)。世評高いボールトのCDよりも音が瑞々しく、しかもジャケットの図柄が可愛いです。


Elgar2
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