FC2ブログ
一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

沙羅双樹
Hana4


祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす

奢れる人も久しからず 唯春の夜の夢の如し

たけき者もついには滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ



ご存知平家物語の一節です。方丈記冒頭の一節もそうですが、何という名言なのでしょう。人生は潮の満ち引き・・・と唄ったのは、誰でしたかしら・・・


この世に生を受けた限り、良い時もあれば悪い時もあります。どんな運命の下であれ、それを嘆いていても仕方がありません。じっと耐え忍ぶ内、やがて再び良くなることもあることでしょう。


市井に生きる人々の辛さ、哀しさを、言葉少ないけれど実に温かい目で描くことにかけては天下一品の映画監督、河瀬直美。この人の作品は、常に奈良を舞台として、ごくごく日常的なシーンを切り抜いていきます。登場人物は何かしら悲しい過去を背負っています。けれどもそれは特別なことではなく、誰にも何処にも起こり得る、ごくごくありふれたことでもあります。監督は俳優さんたちに、ほとんどセリフが聞き取れない程のかぼそい声でしゃべらせることが多いです。あれっ、今一体何と言ったのだろうと、何かとても大事なことを言ったらしいとすごく気になるのだけれど、話はそんなことにはお構いなしに次の場面へと展開して行きます。普通の劇物語は、通常読者あるいは視聴者を最終的には納得させることで完結しますが、河瀬作品は違います。答えを無理に引き出そうとはしないのです。たとえば「沙羅双樹」などは、1回観たくらいでは何が主題か解りにくいかも知れません。


http://www.kumie.jp/ja/works/feature_film/post_20/


にも拘わらず、観終わった時、清清しい勇気と言うのでしょうか、辛いことは辛いこととして再び頑張って生きてみようという不思議な気持ちに包まれるのです。ストーリーの解説などは、野暮の骨頂。ラスト、ヒロインの鮮やかな変身に強い感銘を受けたことだけを申して置きましょう。奈良に生まれた新しい伝統。バサラ祭りは、もう間もなく始まります。


http://www.basaramatsuri.com/



イタリアの後期ロマン派作曲家、ジュゼッペ・マルトゥッチ(Giuseppe Martucci, 1856-1909)。レスピーギの師匠でもありました。イタリア生まれでありながら、オペラは一つも作っておらず、指揮者としてワーグナーの楽劇をイタリアに初めて紹介、「トリスタンとイゾルデ」を初演したことなどで知られています。その彼の代表的管弦楽曲がすべて、4枚のCDに収められてBrilliant Classicsのレーベルから発売されています。同梱されているのは、2つの交響曲、2つのピアノ協奏曲、他多数の小品群など。いずれも素晴らしい作品の一言。演奏も実に堂々としています。もしもBrilliantが取り上げなかったら、ごく一部の人のみがその名を知る無名の作曲家で終わっていたかも知れません。ドイツ後期ロマン派の作品がお好きな人でしたら、これも嵌ること請け合います。


Martucci1
スポンサーサイト

4分の3
Venice1


8月20日。4分の3です。えっ、何が3/4ですかって?


子供の頃、夏休みは決まって7月21日から始まって8月31までの約40日間でした。もっとも正確には42日間ですけれど・・・。

始まった直後には永遠に続くかと思われた長い夏休みも、月が変わる頃には、あぁ、もう10日が過ぎてしまった・・・。1/4かぁ・・・。  

立秋の8月の10日。あぁ、もう20日が過ぎてしまったぁ・・・。丁度1/2だぁ・・・。
なんて、何故か夏休みの過ぎ行く状況を習ったばかりの分数に換算して日を数えておりました。(42日とすると、これはこれでまた違った約分ができますから面白かった・・・)

今ではそんな想い出も遠い昔のお話で、しかも社会人になってから、長い夏休みなどというものとはまるで縁が無くなってしまいました。だのに、何故か日の経過を分数に換算するくせだけは直りません・・・。^ ^;



最近入手したばかりのCD、バロック時代から現代までのイタリアの名曲から美しい緩徐楽章だけを選んで、オーボエ・ヴァイオリン・ハープ・オルガンの中から最小限の編成で演奏したオムニバス集です。題して「Adagio e Cantabile」(Tactus TC 670001)。管理人は、元来こうした名曲の一部だけを抜粋したCDは好まないのですが、店頭で少し試聴したところ、その余りに美しいことに思わず感動して即刻購入してしまいました。

第1曲目と第2曲目は、アルビノーニとマルッチェッロのオーボエ協奏曲から。管理人はある時期、これらの哀愁に満ちたメロディーを毎晩のように聴きながら涙して寝た、特別に思い入れのある音楽です。この2曲の後には、セバスティアニ、ドニゼッティ、レスピーギ、ラヴァネロ、ロタ、モリコーネ、サルヴァドーレらの作品が続きます。残暑厳しく、まだまだ寝苦しい夜を、しばしの間忘れさせてくれる絶妙の美旋律と名演奏の数々。3/4拍子の音楽がCDプレーヤーから静かに夜のしじまに拡がる時、そこには確かに生きて悩み抜いたかつての自分の姿がホロ苦い記憶と共に想い出されます。

夏休みも残すところ、後1/4。遅ればせながら、皆様に残暑お見舞い申し上げます。くれぐれも夏風邪など召しませぬように、残る夏の季節を存分にお楽しみ下さいませ。そしてもう少しだけ我慢すれば、秋の本格的音楽シーズンがやって来ます。


Cantabile1



秘密のヴェール
China1


覆水盆に返らず


あの時、ああすれば良かった・・・  こうして置けば、今とは違ったのに・・・


いくら後悔しても、最早やってしまったことが帳消しになることはありません


取り繕ろうとすればする程、事態は余計に悪くなり


まるで蟻地獄に嵌ったかのように、もがき苦しむだけ・・・




このようなご経験は誰しもあるのではないでしょうか。今回のオリンピック、栄光と挫折は紙一重であることを、否応無く知らされる事件が幾つも起こっています。中国というお国柄、その落差は実際以上に大きくさえ感じられます。

あの素晴らしかった開会式さえ、いろいろと秘密のヴェールが剥がされてみれば、様々な問題が明らかにされたのは皆さんご承知の通り。噂の雨雲回避のロケット弾も実はあんなに打ち込んでいたとは、驚きの他はありません。その他気になる点を上げれば、ごく最近、試合直前に故障で棄権した選手に対するネット上の容赦のない罵詈雑言。かと思えば、今度はそれを擁護するカキコミの嵐。例の口パク問題に関する記事も、当局により次々とネットから削除されるという状況ですから、一体どこまでが真実で、何処からが統制下の報道の結果なのかすら定かではありません。

決して五輪の成功ムードに水を差したいわけではありませんが、先の地震報道の時も思いました通り、真の国民意識の確立と社会体制の成熟までには、未だ未だ永い時間がかかるように思われます。


さて、この一つ前の記事に関して、今回の報道の御蔭で訂正すべき点があることに気が付きました。開会式の総合プロデューサーが張藝謀(チャン・イーモウ)氏であることは正しいとして、その音楽担当もそのまま張氏だと思ってしまいましたが、実際は陳其鋼(チェン・キガン)氏が担当していたとのことでした。もう一つついでに言えば、特に閉会式の演出を主に担当する舞踏劇監督、張維亜(チェン・ウェイアー)氏を含めた3人が開・閉会式の最高演出責任者だそうです。


陳其鋼(Qigang Chen, 1951-)氏は上海生まれの作曲家で、張藝謀(Zhang Yimou, 1950-)とはほぼ同世代。どちらも文化大革命に際して下放を命じられ、貴重な青年期に苦労を重ねたという共通点がありますが、とりわけ陳氏の場合、厳しいイデオロギー再教育のキャンプを経験している分、体制指導者たちに対して思うところが多かったかも知れません。今回、起用した女の子を擁護しつつ、裏話を案外簡単に認めたのは何か確信的とすら思われるというのは穿ち過ぎた見方でしょうか。

結局、陳其鋼氏は文化大革命後、北京中央音楽院に入学、卒業後あまり時を経ずして84年にフランスに移住、オリヴィエ・メシアンの弟子としてメキメキ頭角を現すことになります。代表作はこちらに揚げるこの1枚(Virgin Classics EMI TOCE-55528)でしょう。収録曲は次の3曲です。


ヴェールを取られたイリス(女声3声と三つの中国古典楽器とグランド・オーケストラのための組曲)

失われた時の反映(チェロとオーケストラのための)

五行(水・木・火・土・金)


何か今回の事件を暗示するような意味深なタイトルですが、中国の伝統的な音色と西洋流の色彩感の融合が眩しく、加えて武満徹バリの透明で新鮮な音響空間がとても印象に残る聴き易い現代音楽だと思います。そう言えば、開会式ではランラン氏を起用したように、世界的に有名な中国系演奏家を採用したくらいですから、次はヨーヨー・マ氏が登場してもおかしくないですね。それから聖火の消え方が最高機密だとか。今から閉会式にどんな事が起こるのか、大いに楽しみです。


Chen1

光と影
活きる1


北京オリンピックの開会式、なかなか見応えがありましたね。選手入場行進がいささか長過ぎて見疲れしてしまいましたが、その前の華麗なショータイムは期待通りに凝った演出で、実に中国らしさを楽しむことができました。

開会式の総合プロデュースを任されるのは一体誰なのか(特に音楽担当者)に興味がありましたが、管理人の予想は、近年ハリウッドの映画界で大活躍中の譚盾(タン・ドゥン)氏か、或いは映画監督の張藝謀(チャン・イーモウ)氏のどちらか。ひょっとすると『北京ヴァイオリン』で一躍有名になった映画監督、陳凱歌(チェン・カイコー)氏の可能性もあるかなと思っていました。

結果は、ほぼ予想が的中。でもある意味で、中国もここまで思い切った人選をしたかという驚きも無くはありませんでした。何故かと言いますと、チャン・イーモウ監督は、最近作『HERO』(2002年)や『LOVERS』(2004年)などで見られたように、奇抜なワイヤーアクションとスローモーションを多用した斬新な武闘シーン・不思議な映像美で皆さんの記憶に新しく、その点ではあのようなビッグイベントの演出にはドンピシャなのです。しかも、『HERO』制作より少し前の90年代後半には、『あの子を探して』『初恋のきた道』『至福のとき』など、中国の片田舎を舞台にそこでつましく暮らす庶民の生活に目を向けた心温まる一連の佳作品も残しており、内容・人気共に彼の実力に文句のつけようがありません。

ところが、彼には1994年制作の作品『活着(邦題:活きる)』という、かなり文芸色の濃い問題作があったのです。そこでは、戦前の旧態然とした古い中国の時代から文化大革命を経て1960年代半ば辺りまで、時代の大波に翻弄されながらも健気に生きるある庶民の一家を淡々と描いています。ストーリーの詳細は省かせて頂きますが、栄枯盛衰と言いますか、昨日まで賞賛されたことが明日には真反対の評価をされる激しい世相の移り変わりの中で、これでもかこれでもかと悲劇の運命が次々と主人公夫妻を襲います。しかし、夫妻にはそれを甘受してひたすら生きていくしか残された道はありません。深い悲しみを乗り越えて、家族がささやかな食事をする極めて地味~なシーンの中で映画は静かにエンディングを迎えます。

決して声高に叫んではいないけれど、共産主義革命とりわけ文化大革命の狂気に対する強烈な皮肉が込められていることは一目瞭然です。事実、この映画は検閲によって未だ本国では上演が許可されておらず、我が国他では2002年になって初めて公開されました。DVDが発売されていますので、大きなビデオショップに行けば借りて観ることができるでしょう。

映画『活きる』の中で、チャン・イーモウ監督は中国の伝統芸能であった影絵を重要な舞台回しとして度々登場させています(主人公は賭け事が大好きで、そのために家屋敷を失ってしまう駄目亭主。唯一の取りえと言えば影絵の唄と演奏だけが名人級という設定)。監督に依れば、ただでも暗くなり勝ちな重いテーマだから、影絵と賑やかな伴奏音楽によってユーモアと色彩感を持ち込みたかったとメイキングで述べています。現在では、インドネシアなど東南アジア諸国のごく限られた地域でのみ観光的興行がなされるばかりとなってしまいましたが、影絵は中国では北宋の時代より全国各地に拡がった民衆に最も親しまれた娯楽の一つでした。しかし、この伝統芸能も文化大革命の大嵐と共に中国の表文化から完全に姿を消してしまいました。今回、開会式の総合演出者としてチャン・イーモウ監督が大賞賛されることで、彼の旧作にも時間の問題で光が当たるものと思われます。その時、現代中国の指導者層がこの問題作に対してどのような政治的評価を下し、歴史観の変化を示すのかに管理人は注目したいと考えています。


なお今のように明るい電灯もテレビも無い時代、影絵とはこんな感じで上演されるものでした。


活きる2


活きる3



本日はオリンピック開会式の打楽器を強調した派手な音楽に匹敵するものとして、この作曲家の作品を対抗として挙げてみたいと思います。上海生まれ、後に米国に移住したGe Gan-Ru (1954-、名前はカタカナではジ・ガンリュまたはゲ・ガンルーと表記される)の「中華狂詩曲 Chinese Rhapsody」(1992年作)。演奏時間21分余りの間、緻密にして豪快な音の奔流は、敢えて理論武闘派によるアジ演説のようと申して置きましょう。この時期に聴くには、いささか暑苦し過ぎる感も無くはありませんが、折角のオリンピック・シーズンですから、こういうウルトラE難度の作品も良いのではないでしょうか。(^o^)


Ge1





長崎の朝
Nagasaki1


北京オリンピック開幕を直前に控えて、祝典ムード一色になりかねない今だからこそ、敢えて話題に取り上げます。それは、今年管理人が一番魂を揺さぶられた音楽のお話です。


-----


年が明けて間もない1月のある日のこと、所用があって長崎の街を訪れることになりました。長崎と言えば、切支丹を始めとして、出島におけるオランダ貿易や中国との交易などなど、鎖国時代に我が国が世界に開いた数少ない窓口であったので、歴史・地理・文化の話題や興味が尽きない魅力ある街です。プッチーニ繋がりの音楽と言う意味では、オペラ「蝶々夫人」だってあります。また長崎は、管理人が大好きなさだまさしさんの出身地でもあり、彼の作品の舞台・テーマとして度々この街の風物詩が登場しますから、管理人にとってとりわけ馴染みのある街でもあります。


もう何度も訪れているお気に入りの街、長崎。とは言いましても、次に訪問できるのは何日になるやら分かりませんから、用事が終わった翌朝に改めて市内の名所を巡って観ることにしました。定番コースですが、先ずは大浦天主堂からグラバー邸に向かいました。


だいぶ以前の話になりますが、初めて長崎を訪れたのは未だ管理人が学生であった時分で、丁度その日は日曜日の朝でした。それで、これは天啓かなと大浦天主堂のミサに出ることにしました。文字通り歴史の重みがある礼拝堂で行われたミサを体験出来ただけでも大変感動しましたが、何よりも後半讃美歌を歌う段になって、参加者の中から「次は何番をお願いします」「次は何番を・・・」と次々にリクエストの声が絶えないのに驚かされました。一体全部で何曲歌ったのでしょうか。もうカラオケにでも行ったかのように歌い続けたのです。楽譜付きの讃美歌集が配られていましたので、少しフレーズを聞けば大体どの曲もすぐに歌えるようになります。またリクエストがされるくらいですから、どの曲も美しいハーモニーに満ちた名曲ばかりでした。心がすっきりと洗われた満足感と共に、日本の西端はキリスト教が初めて広まった場所。この宗教が本当に根付いているクリスチャンの土地に来ているのだなと、その時深い感慨を覚えましたが、はたして現在の長崎はどうなのでしょうか。


グラバー邸散策の後、これまた定番コースのオランダ坂を通り抜け、唐人屋敷の界隈をぶらぶらして、長崎名物ちゃんぽんで軽い腹ごしらえ。そうこうする内に、折角長崎まで来たのだからここに立ち寄らない手はないであろうと脳裏に浮かんだ場所がありました。長崎原爆資料館です。


市電に乗って町の北側の、爆心地に程近い浦上の地にそれはあります。ここでの展示資料について子細を話すことが主眼ではありません。原爆の恐ろしさを示す数々の展示品を眺める内に、何やら静かに音楽が聞こえて来ました。初めの内はそれが何処から聞こえて来るのか分かりませんでした。地下2階の展示室を出て、もう常設展示が終わろうとする最後のコーナーから、その音楽は流れて来ていました。壁に埋め込まれた大きなモニター画面には、戦後列強の国々によって繰り返された無数の地下核実験の映像がただひたすらに流されていました。その映像には、特に解説の文字もナレーションもなく、ただひたすらエンドレスに大地を揺るがせ地表を超高速で突き走る衝撃波の様子が映し出されていただけです。国と時と実験場こそ違え、その衝撃波は決して止まることなく、何度も・・・何度も・・・


そのエンドレスの画面をじっと見続ける内に、全身が凍りつくような深い悲しみが突然襲って来ました。足元はブルブルと震え、これまでに経験したことのない恐れすら感じさせる悲しみです。おそらく単なる映像だけであったなら、そんな状態に至るとは思えません。そこに流れていた音楽が、そうさせたのだと思います。弦楽器が主体の非常にゆっくりとした曲調の音楽でしたが、これまでに一度も聞いたことはありません。一体誰の作品であるかについても皆目見当がつきません。もしも、どなたかご存知でしたら、是非御教示願いたいものです。


今日の音楽として、本来ならその音楽を掲げたいところですが、残念ながらそういう訳でここにご紹介することが出来ません。しかしながら、幾分か似た雰囲気を持つ動画を幸い見つけました。原爆資料館で体験した映像や音楽とは全く異なるものですが、ちょっとご覧になってみて下さい。なお、こちらのサイトで流れている静謐な音楽は、本ブログでも昨年6月29日にご紹介したアルヴォ・ペルトのあの作品です。


http://jp.youtube.com/watch?v=MRC5KDqpZ_I&feature=related


広島と長崎に原爆が落とされてから63年。最早それを実体験した人たちは少なくなるばかり。その人たちから直にお話を伺う機会も益々少なくなる一方です。しかし、だからこそ、それを過ぎ去った昔の話として風化させてはいけない、次代にしっかりと語り継がなくてはいけない、大事な大事な話だと管理人は思っています。
Copyright © クラシック音楽の深い森. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。