FC2ブログ
一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

新世界より(2)-天使と悪魔
Maria1


年末に聞く除夜の鐘、そして年始の初詣。今年は初詣の人出が例年になく多かったのだそうです。皆様はどんな神社やお寺にいらっしゃいましたか?

鐘と言えば、日本ではお寺の鐘の音を思い浮かべますが、ヨーロッパではやはり教会の鐘です。その鐘の音が音楽に登場することは、当然クラシック音楽では極めてよくあることです。たとえば、その最も代表的な曲は「ラ・カンパネラ」でしょうか。

さてここで質問ですが、「ラ・カンパネラ」と聞いたら皆さんは誰のどの曲を真っ先に思い浮かばれますか?  意外と答えが分かれたりするように思います。



その人が現われることによって世の中や歴史が一変するという、文字通りエポック・メイキングな人物はいるものです。イタリアの町ジェノヴァ生まれの作曲家にして名演奏家を、そうした一人として挙げることに誰も異存はないでしょう。その人物は、自身のパート譜は無論のこと、オーケストラの楽譜ですら演奏会直前までメンバーに見せることもなく、また演奏後にはそれらをほとんど回収廃棄処分するという徹底した秘密主義を守りました。そしてそれまで誰も出来なかったような数々の超絶奏法の開拓。そうした名人芸を、彼の特異な風貌もあって、「悪魔」に魂を売り渡した代償として手に入れたのではとまで周囲の人たちに噂された傑物です。

では一体どんな音楽だったのでしょうか。ちょっと聴いてみましょう。


http://jp.youtube.com/watch?v=tBEP8f6cjGk


曲はもう皆さんよくご存知かと思いますので、紹介は省きます。これは第2番協奏曲の第3楽章。今日的に見れば、それ程驚きではないかも知れませんが、1800年代に入るか入らないかの時代にこうした演奏をされたら、聴衆がびっくりするのも無理はありません。そうした事情に加え、梅毒と(その治療のためと当時信じられていた)水銀中毒によってボロボロの身体になって亡くなりましたから、彼の遺体が直ぐには教会できちんと埋葬されなかったのも無理からぬ話です。ご覧のように後半から特殊奏法のオンパレで、この辺りはCDだけを聴いているだけでは中々曲の凄さが分かりません。


彼は生前ほとんど自作を出版しませんでした。ですから活発な演奏歴の割りには現在残されている曲は多くありません。そんな彼の代表作品を、彼自身が愛用していた楽器(ガルネリ)を復元修理して演奏された録音があります。ジェノヴァのレコード会社Dynamic社から数枚のCDとして発売されています。本日は、それらの付録として発売されたユニークなマルチメディアCD (Dynamic CDS 438) をご紹介することに致します。入っている曲は、ただ一つ「Adagio for Violin and Orchestra M.S. 49」。まるで天使の歌のように美しい調べの、演奏時間6分に満たないアダージョです。


なお、マルチメディアCDとは、音楽だけでなく、文章や写真情報がCD媒体の中に納められているもので、作曲者の生涯の他、彼の楽器やこの曲の演奏者たちについて様々な写真と共に詳しい解説がされています。そしてここで演奏されている曲は、上記第2番協奏曲の自筆譜が発見された際にまるで追加のように余白に手書きで書かれていたのだそうです。協奏曲の第2楽章(緩徐楽章)の代わりとして作曲されたのか、あるいは全く別の小ピースとして書かれたのか、その意図は全く不明とのことです。


Paganini1


[ジェノヴァは、もう一人歴史上有名な人物を輩出しています。]
スポンサーサイト

新世界より(1)-大海原を越えて
Columbus1


お正月三が日も過ぎて、いよいよ仕事始め。 皆さん、ご家族と一緒にゆったりした時間などを過ごされましたか。

管理人ですか? 多少は休めましたが、暮れは大晦日まで、明けて2日から仕事です・・・。あははは。。。


でも、ちょっと素敵なところに行っていましたので、まあそのしっぺ返しのようなもので文句はありません。あ、もちろん仕事の話ですよ。。。


何処に出かけていたかですって?


ではこれから何回かに分けてお見せする写真や紹介する音楽などをヒントに、その場所を推測してみて下さい。お正月にふさわしく明るいところですよ。


Fort1


青い海と空。時々お天気が荒れるときもありましたが、概ねこのような晴天の毎日。実に心が洗われました。


このような美しい風景には美しい音楽を。今日は、これまであまり取り上げることが少なかったスペイン系の音楽です。アントニオ・ホセ (Antonio Jose Martinez Palacios, 1902-1936)の管弦楽曲を集めた1枚 (Naxos 8.557634) から、'Sinfonia castellana' (Castilian Symphony) 他。

ホセはスペイン北部の小さな町ブルゴスで生まれましたが、18才になると音楽の勉強を続けるための奨学金を得てマドリードへ上京しました。その後、パリに暫く旅行した後、スペインに戻って南部の町マラガに落ち着こうとしました。ところがそこで望む音楽院の教授職は得られず、止むを得ずブルゴスに戻ることになります。

そこで見つけた仕事は、つぶれる寸前のブルゴス合唱協会の音楽教師。演奏と教育に大忙しの中、ホセはせっせとその地方周辺に歌い継がれる民謡を採譜収集しました。それが功を奏し、1932年に国民音楽賞を受賞。正にこれから花開くかと思われた矢先、運命の歯車は大きく回り始めました。スペイン内戦(1936-1939)です。

スペイン内戦については、詳しくは皆さんご自身で調べて頂きたいのですが、簡単に言いますと左派の人民戦線政府とフランコ将軍を中心とする右派の反乱軍との戦いです。前者をソビエト連邦が、後者をナチス、ドイツ、イタリアなどが支持したため、いわば第2次世界大戦の火種ともなった戦争となりました。ホセはロマンティシズムに溢れる曲を書くのが得意でしたが、数多くの作品を未完に残したまま、33才の若さで銃弾に倒れました。ロバート・キャパが撮ったあの有名な1枚の写真は、このスペイン内戦時に撮影したものでした。まるであの写真の兵士のように倒れたのだと思います。

スペインの作曲家と言えば、ラロやファリャなど情熱的な音楽を真っ先に思い浮かべますが、ホセはむしろロドリーゴと同じく美旋律の系譜を行く作曲家です。確かにリズム感と迫力に満ちたパッセージも見られますが、聴き所はやはり抒情豊かな「泣き節」とも言える美しいメロディーの数々。Naxosの1枚はその魅力を余すところ無く伝えてくれます。彼の願いは中途で叶えられなくなってしまいましたが、その音楽は大海原を越えて遠く世界の隅々まで響き渡ります。


Jose1

新年のご挨拶-自由と平和を願って
民衆を率いる自由の女神
ウジェーヌ・ドラクロワ (1798-1863) 『民衆を率いる自由の女神』


皆様、明けましておめでとうございます。


新年早々に血なまぐさい画像から申し訳ありませんが、イスラエルのガザ地区での戦闘を始めとして、アフガニスタンやイラク、その他大きく報道こそされませんが世界各地において戦争と残虐な殺戮行為は絶えることなく続いています。本当にいつになったら真の平和がやってくるのでしょうか。平和ボケの日本だからこそ、このような名画から新年のご挨拶とさせて頂きます。


さて、年末の音楽と言えばベートーヴェンの「第9交響曲」。合唱に参加された方も少なからずいらっしゃったのではないでしょうか。この曲の終楽章で歌われる歌詞がフリードリヒ・フォン・シラー (Johann Christoph Friedrich von Schiller、1759-1805)による『歓喜の歌』であることはあまりにも有名ですが、これがどのような理由から作られたかご存知でしょうか。

シラーはドイツ南西部で軍医の父の下に生まれましたが、幼少の頃より抜群の成績を示す秀才であり、その才能を買った領主カール・オイゲン公の命で強制的に陸軍軍人学校で法律を学ばさせられました。しかし、法律に興味が持てないシラーは16才の時には自らの意志で専門を医学に変更してしまいました。またゲーテらの新しい気風に溢れた作品等に触発され、18才になったシラーは権力に反抗する理想に燃える犯罪者を主人公とする処女作『群盗』を書き始め、21才になった1781年にそれを発表しました。

そうしたシラーの言動は当然の結果としてオイゲン公の不評を買い、事実上の幽閉状態に追い込まれますが、シラーはそれから逃れるために領地を出奔。しばらくはマンハイムなどで亡命生活を過ごし劇の台本を書くことで生活費を稼ごうとしますが、そうした仕事は長くは続かず、やがて生活が困窮します。そうした折、以前『群盗』に感激してファンレターをシラーに宛てて送った青年クリスティアン・ケルナー(後に生涯の親友となる)のことを想い出し、路頭に迷ったシラーはついに会ったこともないケルナーに無心の手紙をしたためました。

何度かの手紙のやり取りの後、ケルナーを頼るべくシラーは1785年とうとうライプツィッヒに向いますが、あいにくケルナーは不在。ところが幸いに、ケルナーの友人たちがシラーが到着したことを知るや彼を温かく迎え入れ助けました。この時の熱い友情に大感激して作ったのが、あの賛歌『歓喜の歌』なのです(出版は1786年)。


そのシラーが後の1799年に完成させた韻文作品『Das Lied von der Glocke (鐘の歌)』をテキストに、「第9交響曲」と同じく「4人の独唱者と合唱と管弦楽のため」の大作をブルッフ (Max Bruch, 1838-1920) が書き遺しています。曲名はそのまま『Das Lied von der Glock』 op.45 (1878年作)。全曲演奏約110分の2部からなる創作力旺盛な中期ブルッフの感動的な作品。スコットランド幻想曲とほぼ同時期の作品でありながら、彼に特有である旋律の甘さは極力抑え、「神の鐘の響き」に合わせて人間の崇高さを高らかに謳い上げる正統的ドイツ音楽です。2004年の大晦日から2005年の元旦にかけて、ドイツ・ワイマールにおいてジルベスター・コンサートとして演奏された実況録音(Jac van Steen指揮、Staatskapelle Weimar)がcpoから発売されています(cpo 777 130-2)。この記念碑的2枚組みCDをもって、新年の音楽紹介事始めと致しましょう。皆様、本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。


Bruch2

Copyright © クラシック音楽の深い森. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。