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一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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新世界より(8)-自画像
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Amedeo Clemente Modigliani (1884-1920) 「自画像」


関東でもそうだと思いますが、関西では電車の乗客の大半がマスクをしています。少々異様なくらいです。たまたま喉が少しえがらっぽくなってコホンとでも咳しようものなら、皆の視線をジロっと浴びてえらいことに・・・。花粉症のピークが去って、ようやく手放すことが出来たと思ったのど飴とマスクが再び必携品となりました。




冒頭の絵はモディリアーニの「自画像」です。生涯に彼が画いた肖像画は実に350枚にも上るとのこと。古くはレンブラント、近代に入ってはゴッホやピカソなど幾人もの画家が、自らを折々に描くことで自分の存在意義を絶えず冷静に見つめ直そうとしたのに対し、モディリアーニは専ら友人や知人らをモデルにし、その人物と向き合いながら、その肖像画を画くことで相手との精神的繋がりを確保することに執着しました。非常に寂しがり屋だったのだと思います。そのモディリアーニ、生まれはイタリアのトスカーナ地方で、地元のアカデミーを出てから22才の時、画家を目指してパリの町にやって来ます。当時のパリには、同じように野心と希望に燃えた無名の芸術家の卵たちが溢れており、毎晩のように酒をあおり、麻薬におぼれながら鬱屈の日々を過ごしていました。モディリアーニもその中の一人です。

そんな不遇と貧困に喘ぐ彼を見出したのは、レオポルド・ズブロフスキーという名の若き画商。展覧会の片隅にあった彼の絵を一目見て、これはピカソ以上の存在になると睨んだズブロフスキーは、自宅をアトリエとして提供し、家財を売り払ってまで絵の具を買い、モディリアーニに絵を画くことを勧めました。こうした手厚い庇護を受けて、モディリアーニはやがて初めての個展を開くことに。ところがそこで出品した1枚の作品、キャンバス一杯に描いた褐色の肌をしてふくよかな肉体の裸婦像が、警察から風紀を乱すものとして撤去を命じられるという大騒ぎになってしまいます。結局、個展は1枚も売れることなく終わってしまい、モディリアーニには以後2度と個展を開くチャンスが訪れませんでした。

失意の中、彼の健康は益々悪化を辿る一方。彼がすがれるものは大量の酒と麻薬のみ。わずかな光明は、モデルであった画学生ジャンヌ(後に妻となる)の献身的な愛。ほどなくジャンヌとの間には一人の娘が生まれました。家族と暮らした南仏での長い療養生活の後、やがてパリへ復帰。モディリアーニは焦燥にかられながら、まるで何かに取り憑かれたかのように凄まじいスピードで肖像画を画き続けました。彼の絵がようやく評判を得るようになったのは、1919年ロンドンの画廊に出品された彼の絵に思いの外の高値がついた時でした。しかし、この時既にモディリアーニの身体は酒と麻薬のためにボロボロになっていました。肺結核と腎臓炎が回復不能なほどに進行していたのです。

残された時間が少ないことを悟ったモディリアーニは、静かに絵筆を取って1枚の自画像を書き上げます。それが冒頭の「最後の自画像」です。お気に入りの赤いジャケットと青いスカーフに身をまとい、死を目前に控えたものとは思えないほどに、否だからこそか、実に穏やかな表情をしています。この絵を書き上げてまもなく、モディリアーニは結核性脳膜炎で世を去りました。享年35才。

悲劇はそれだけで終わりませんでした。モディリアーニの死の2日後、妻ジャンヌが1才2ヶ月になる娘(この子の名前もジャンヌといいました)を残して、アトリエの窓から投身自殺してしまったのです。この時ジャンヌは、9ヶ月になる2人目の赤ちゃんを身ごもっていたのだとか。

「最後の自画像」は、まるでボヘミアンであった画家モディリアーニの人生を髣髴させるように遠い新大陸ブラジルにまで渡り、現在サンパウロ美術館にひっそりと飾られています。



「新世界より」シリーズ、本日の音楽はラテン・アメリカ出身の作曲家と言えばこの人の名を外すことは出来ない大家ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos, 1887-1959)の「ブラジル風バッハ Bachianas Brasileiras」としましょう。エイトールがまだ幼かった頃、彼の叔母が「平均律クラヴィーア曲集」を好んで弾いていたのを聴いて、バッハが大好きになったと言い伝えられています。この曲、ヴィラ=ロボスによるオリジナルですから明らかにラテン・ミュージックなのですが、聴いているとまるでバッハの管弦楽曲のように壮大な音楽として響きます。ヴィラ=ロボスはブラジル、リオ・デ・ジャネイロの生まれ。政府の奨学金を得て、1923年から30年までパリで暮らしました。彼もまた地球を大きく動いたボヘミアンの一人と言えましょう。1~9番から成る「ブラジル風バッハ」が作曲されたのは、1930年から1945年の間。どの曲も強烈な個性を放つ素晴らしい楽曲です。最初から最後までを通しで聴くと、まるでバッハの「管弦楽組曲」、いやむしろ「フーガの技法」を重厚なオーケストラ・サウンドで聴いているかのように錯覚して来ます。ヴィラ=ロボスは、12曲の交響曲、14曲の「ショーロス Choros」など名曲に事欠きませんが、感動的に聴けるのはやはりこの「ブラジル風バッハ」です。EMIに残る自作自演の演奏(6枚組のCD)。録音が1950年代後半と大変古いモノラルだけれども、その熱気と迫力に満ちた演奏は他の追随を許しません。ヴィラ=ロボスの原点が垣間見える文字通りの自画像と言えるでしょう。


Villa-Lobos1




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新世界より(7)-ブエノスアイレスの情熱
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とあるアトラクション会場で、陽気なラテン音楽とダンスを堪能する機会を得ることが出来ました。こうしたミュージックを耳にする機会はよくありますが、真近かな距離から見ることは初めて。とにかくそのエネルギッシュな踊りと激しいリズムに目と耳が釘付けとなりました。


Dance2


スペインのフラメンコとも何か違う、やはりラテン・アメリカンなミュージックとダンスです。ダンサーの皆さん、グラシャス・アミーゴス!






先ほどのネットニュースによると、新型インフルエンザの国内発生が神戸市内だけで8人確認とのこと。その他大阪府茨木市の高校でも何人かそれと確認された患者が出た模様。しかもインフルエンザらしき症状により休校している生徒の数が、この数日間の間に数十人にまで上っているそうです。明らかに感染集団が各地に拡散、その規模が拡大しています。1918年から翌年にかけて、世界中にパンデミックを起こしたいわゆる「スペイン風邪」は、当初米国で発生した初期には病原性がさほど強く無かったのに、世界中に感染拡大する内に致死性の高いものに変化したと言われています。これからどうなるのか、これも全く目を離せません。



スペイン語で「良い空気」を意味するブエノスアイレス(Buenos Aires)。ここらで新鮮な空気を呼び込むことで、インフルエンザの不安など一気に吹き飛ばしたいものです。そんな訳で、本日の音楽紹介は南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレス生まれの作曲家アルベルト・ヒナステラ (Alberto Ginastera, 1916-1983)です。

ところでGinasteraの名前、日本語表記では(最初のGiの音をスペイン語読みにしたら「ヒ」に近いので)ヒナステラとしていますが、当のご本人は実はカタローニャ地方(父親の出身地)での読みの発音に近い「ジ」ナステラと呼ばれることを望んでいたそうです。人名の表記にはいつも悩まされます。

名前の件はさて置きまして、ヒナステラの音楽、一口に言えば「ぶっ飛び音楽」です。とにかく格好いい。たとえばピアノ協奏曲第1番第4楽章の場合は、こんな感じ。↓


http://www.youtube.com/watch?v=i-jzZQQYfmc&feature=related


どう?スゴイでしょ!ピアノが打楽器であることを痛感させられます。管理人は、音楽がロマン派調で行くなら徹底的にメロメロの甘々に、もしも硬派路線なら徹底的にガンガン行くのが好きなんですね。ヒナステラの3大傑作、Pコン(1961年作)とHpコン(1956年作)とバレエ組曲「エスタンシア」(1943年作)の3曲が1枚に集められたCD (ASV CD DCA 654)、それを本日のお薦めと致しましょう。何せPコンが上のような調子ですから、Hpコンだって負けてはいません。ハープという楽器に通常期待されるヒーリング効果なんぞ何処吹く風。常識を覆した激しい奏法と情熱溢れる音楽に、演奏者も聴く方も汗ジットリとなるのは必定です。おっと、あんまりお熱を上げるとインフルエンザと間違えられるかも。。。


Ginastera1


新世界より(6)-新しい風
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とうとう日本にも上陸して来ました。豚インフルと言いますか、新型インフルエンザ。

感染が確認されたのは、この記事を書いている時点で3名。もしかすると他にも感染者がいるように報道されています。確かに重要な問題です。けれども、あのようにわざわざ大臣やら首相が度々顔を出し大仰な発表をする必要があるのでしょうか。管理人は、別に担当部局の課長さんレベルでも良いと思うのですが・・・。まるで自分の手柄かのように新型が疑われる患者が見つかったと連日発表し、翌日になって実は新型ではなかったと別人によって発表させ、検査を担当している機関から連絡が即刻入らないと言っては不機嫌なお怒りの姿を見せる。しっかり命令系統を掌握しているところを示したいのは分かりますがね。それと、新型でなければ関係者一同はホッとし、新型だと分かったら所属の学校長などがひたすら頭を下げる。まるで中世の「魔女狩り」で、この状況は絶対おかしいです。新型であろうと無かろうと、病気であることに変わりはなく、インフルエンザのようにうつり易い風邪をもらってしまうことは避け難い日常のことなのに。狼と少年ではありませんが、本当に重大な局面にこそトップが現われ、しかるべき陣頭指揮を取って頂きたいと思うのは管理人だけでしょうか。


それまでに一度も接したことのない異文化に初めて触れ、その驚きが覚めやらぬ間に戦いがあり、時には受容同化があり、そうした接触交流を経て新しい文化へと発展する。メキシコのユカタン半島辺りを舞台として想定したメル・ギブソン監督の「アポカリプト」(2006年)は、そうした歴史の一コマを描いた映画です。いささか残虐シーンが多いのが気になりますが、B級映画だと思えば傑作の部類に入ると思います。せいぜい部族間の争いしか知らなかったマヤ人たちがヨーロッパ人に初めて接触した瞬間をラストシーンに据え、一つの文明の崩壊と新しい世界の到来を予言するところが正にApocalypsis。単なる活劇ストーリーが、ジェームズ・ホーナーの迫力ある音楽と共にA級入りする瞬間だと思います。


マヤ文明崩壊後およそ500年。一度は滅亡したはずの文明を抱えた国メキシコは、姿形を変えて大発展を遂げ、今や中米一の確固たる地位を揺ぎ無いものとしています。ところが今回の件では、はからずも同国における厚生行政ならびに農政の問題点が浮き彫りにされてしまいました。しかも一部の豚肉輸出先国から同国産の製品に対する禁輸措置とそれに対してメキシコが抗議提訴するといった国際問題にまで事態が大きくなり、こうした感染症のアウトブレイクがただ単に衛生上の問題だけに留まらず複雑な国際事件にまで発展する可能性があるという貴重な教訓になっています。正にインフルエンザは強烈なインフルエンスを持っているのですね。


ところでメキシカンと言えば、あちらの方に居ました時によく食べました、これッ↓


Tacos1


TacoBuenoとかTacoBellというチェーン店がマクドナルドのように街の至る所にありました。管理人は特にソフト・タコスが大好きで、安いこともあり、ちょっと小腹のすいた時とか軽いランチにはよくこれで済ませました。大阪でゆうたらタコ焼き!(爆)


新世界




さて新世界の作曲家(米国以外)と言えば、皆さんはどのくらい名前を上げることが出来るでしょうか。わりと有名なところでは、チャべス、ヒナステラ、ポンセ、ヴィラ=ロボス、ピアソラですが・・・。それぞれのお国をきちんと言い当てられますか?

という訳で、今日はメキシコ出身の作曲家レヴエルタス(Shilvestre Revueltas, 1899-1940)をご紹介しましょう。と言いましても日本で入手が可能なCDが多く有るわけではありません。ASVがメキシコ音楽シリーズと題して何枚かのCDを出しており、この人の作品がその中にちらほらと。そんな中で、またまたナクソスがやってくれました。レヴエルタス管弦楽曲集(Naxos 8.555917)です。彼は生前映画音楽もたくさん書いており、このCDには1960年当時残されていた映画音楽用スコアを元に作曲家Jose Yves de Limantour 氏がオーケストラ用にスコアを編曲し、これを演奏した2曲を中心として計3曲が入っています。中でも聴きものは「La noche de los Mayas (マヤ族の夜)」。とりわけ第4曲のパーカスが特筆ものです。ナクソスの帯には、『思わずのけぞるエスノ・ミュージックが快感』とあります。ハズレが多いナクソスの売り文句。が、これは当たっています。大栗裕の「大阪俗謡による幻想曲」風ノリのよさ、と言ったら分かる人には分かって頂けるかと。同じ新型でも、こういう新風ならドンドン日本に入って来てもらいたいものですね。それにしても今回の世界的流行、一日も早い収束を願うばかりです。


Revueltas1


ミッキーとサロネン
Fantasia


ある年代以上の方でしたら、ウォルト・ディズニーの「ファンタジア」でクラシック音楽の世界に引き寄せられたと仰る方が少なくないのではと思います。このアニメ映画がカラーで製作されたのが1940年だというのですから驚くばかりです。現在の極彩色に慣れた目で見ると、いささか色合いなどに不満は残りますが、採用された曲の音楽と映像がどれも実によくマッチしていて、とりわけミッキーの「魔法使いの弟子」における指揮振りには、息を呑むばかり。改めてこのエポックメイキングな映画の素晴らしさに感心してしまいました。


このブログでは北欧の作曲家の作品も時折紹介していましたが、このところすっかりご無沙汰です。そこで本日は久し振りにフィンランドの作曲家、しかも現代音楽エサ-ペッカ・サロネン(Esa-Pekka Salonenn, 1958-)の作品を取り上げてみましょう。


ディズニーの話から何で急にサロネンやねん?関係ないのとちゃう?
そないに突っ込まれるのも無理あらへん。せやけど、それが意外と関連が深いねん。ちょっと下の写真をよ~う見ておくんなはれ!(←何故かここだけ関西弁)


Mickey


Salonen


それから、これもねっ。


WDCH


Salonen1


K氏やB氏の顔写真をジャケットに多用した黄色のレーベルは、全く管理人の好みではありません(断って置きますが演奏がではありませんよ)。ところがサロネン氏の作品を初めて聴いた途端に一目(耳)惚れしてしまいました。さすが30年以上も前、サロネン氏がまだ10代の駆け出しだった頃、他の若手音楽家たちとグループを組んで老大家たちを相手に「耳を開け!」の新しいフィンランド音楽を提唱しただけのことはあります。超多忙の指揮活動の合い間を縫って書かれたForeign Bodies (2001年作) や Insomnia (2004年) など、スピード感溢れるオーケストラ曲が大のお気に入りです(DG 00289 477 5375)。北欧抒情派の音楽は聴き飽きたという方には特にお薦めです。幸いに「Foreign Bodies」の動画(全曲)がアップされていますので、ご興味を覚えた方はどうぞこちらに。


http://www.youtube.com/watch?v=TDOcWO4ovL0


http://www.youtube.com/watch?v=SrzSLwGN-OE&feature=related


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