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一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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情念を超えて
序の舞

上村松園 「序の舞」(1936作)


昨年11月のとある日の夕暮れ時、遠路はるばる東京から新幹線で乗り付けて、京都国立近代美術館で催されていた上村松園展を見に行きました。出品数が近年稀にみる多さと前もって聞いていましたから、さぞや押し掛けたお客さんたちでごった返しているに違いないと覚悟して行ったのですが...。閉館時間に近かったせいか思った程に人に揉まれることもなく、存分に鑑賞することが出来ました。

松園の作品に生で触れたのは、前年の2009年に同じく京都市内で開催された「上村松園・松篁・淳之 三代展」以来です。勿論、一番のお目当て作品は「序の舞」。その大作を眼の前にして凛とした女性の圧倒的な美しさと存在感に言葉を失いました。しかし、その作品に限ることなく、およそ70点余りの大小様々な完成作品と20点前後のスケッチなど見所は満載。しかも会期中前半と後半でかなりの作品を入れ換えるという凝った趣向でしたから、2度以上足を運ばれたお客さんたちも多かったことでしょう。とにかく、当分の間望むべくもない至宝の数々を一挙に見ることの出来る絶好の機会でしたから、さぞや皆様、松園の世界を堪能されたに違いありません。


上村松園 (1875-1949) の生い立ちや生涯につきましては、広く知られているかと思われますので、詳細は割愛させて頂きます。ここでは不惑を過ぎた松園が、美人画家としての定評をかなぐり捨てて発表した1対の問題作品(2つのと言うべきでしょうか)と「序の舞」を対比させて取り上げてみたいと思います。その対の作品とは、以下に掲げる2作品で、会期の前半と後半で敢えて別々に展覧されていました。


花がたみ

「花がたみ」(1915年作)


焔

「焔 (ほのお)」(1918年作)


松園 [本名、上村 津禰 (つね) (または常子とも)] は、幼少より画業に優れ、小学校を卒業後直ちに京都に開校されたばかりの日本最初の画学校に入学しました。しかし、彼女はカリキュラムに基づく指導だけでは飽き足らず、より本格的な修行の機会を求めて、1888年に日本画家、鈴木松年のところに内弟子となりました。その後、新たな画法を学ぶべく師匠を幾度か変えており、1895年頃には当時日本画壇の重鎮、竹内栖鳳にも師事を受けています。

松園が27才の時、初めての子供を身ごもります。この時の相手は最初の師匠松年であったと言われていますが、松年には家庭があったため、松園自身はこのことについて多くを語らず、真相は謎として残されています。謂わば未婚の母であったわけで、この子供が後の上村松篁 (1902-2001) となり、彼も母に続いて文化勲章を受けることになります (上村松園は、1948年女性として初の文化勲章を受章するという栄誉に輝いています)。

松園が画壇で華々しい活躍をし始めた頃は、まだまだ才能ある女性が男性に頼ることなく独り立ちすることを良しとしない風潮が当たり前の時代でした。女性が絵を画くことを生業とすることへの周囲の無理解に加え、彼女の才能に嫉妬する男性の弟子仲間や同業者らから受けた妨害や反発は、語るに堪えないほど凄まじいものであったと後年松園は述懐しています。


その松園が40才の頃、年下のある男性に大失恋をしてしまいました。この時期に制作されたのが、上記異色の2作品です。前者は、世阿弥の謡曲「花筐(はながたみ)」に登場する継体天皇の皇子時代に寵を受けたとされる「照日の上」という狂女を、後者は「源氏物語」を原作とする謡曲「葵上」から光源氏の正妻、葵の上に嫉妬し、生き霊となって葵の上を取り殺す六条御息所を描いています。共に古典に材を得ているとはいえ、恋に狂い、嫉妬に悶え苦しみながら我が身の髪を咬み潰す凄惨な女性の情念の世界。松園自身の心の内を映していたことは疑いようもありません。藤の花をあしらえた着物の柄の背景に蜘蛛の糸を選ぶとは、何と大胆な意匠ではありませんか。その不気味なまでの迫力は、人物の描写以上かも知れません。「焔」を発表した松園は、その後3年間近く新作を発表することが出来ませんでした。


このような修羅場を経てと言いますか、更に10数年余りの懊悩という試練の時を乗り越えて到達した帰着点、それが「序の舞」という作品になります。女性の恋愛の成就という観点からは、決して幸せを得られたとは言い難い松園にとって、この作品によって彼岸の世界に到達することが出来たとする密やかな充足感を、次の言葉が如実に物語っています。


何ものにも犯されない女性の内に潜む強い意志をこの絵に表現したかった。一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香り高い珠玉のような絵こそ、私の念願するものなのです。(松園)









上村松園の生涯に対比できる女性作曲家。Ethel Mary Smyth ... Amy Beach ... さて一体誰を取り上げようかとあれかれ思案したのですが、いずれもこれといった作品やCDがいま一つ無く、松園が到達した孤高の世界に匹敵するだけの存在感に欠けるような気が致します。そういう訳で、本日は恒例のお薦め音楽はお休みです。どなたか彼女を忘れているぞ、あるいはこんな人がいるぞとご叱責・ご教示下されば、管理人は大変嬉しく存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。


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どうぞ安らかに
110116


昨日、管理人が以前働いておりました職場で同僚だった方のご親族から、突然の訃報が入りました。職場でその方が担当されていたのは、世間通常の人の眼からすれば、おそらく最も嫌われる類いの大変きついお仕事でした。腎臓がお悪くて毎週欠かさず人工透析をしなければならず、普通の会社に勤務されることが難しかったようです。そんな理由もあって、時間的に融通がつけやすい、その大変なお仕事を選ばれたようです。ほんの時々でしたが、私たちがやむを得ずその方の代わりを務めなければならないことがありました。が、たった数時間の作業でもぐったりするほどエネルギーを消耗したことをよく記憶しております。そんなお仕事を、毎日黙々とこなされていました。


その方がお辞めになったのは、今から2年程前でしたでしょうか。他にもお身体に悪いところがあったようで、仕事を続けることが困難になったと仰っていましたが、本当のところは分りません。その方とは、あくまで職務上での会話があっただけで、特にそれを超えて親しかったという訳ではありませんでしたから。しかし何故か心に相通ずることがあったようで、年賀状のやりとりだけはお辞めになった後も続いておりました。今回の訃報では、その方は水に関係したお仕事に就かれていたとのこと。思うに、危険の伴うお仕事だったのでしょう。詳しいことは分りません。そのお仕事中に突然倒れられ、運悪く水中に落下してしまわれたとのことでした。助け上げられた時は心肺停止の状態で、すぐに病院に搬送されたけれど、まもなく息を引き取られたというお話でした。


その後管理人も仕事先が変わり、ご承知のように昨年から年始にかけてずっと海外に出ておりました。それで今年は、年賀状も不義理を承知で割愛していたのです。非常に真っすぐに物事をお考えになる方で、今となればもっと色々なお話が出来たら良かったのにと悔やまれてなりません。ほんの少しばかり前のことなのに、何故か遠い昔のように過ぎ去った日々が想い出されます。


あいにく管理人は、お通夜にも告別式にも出席することが出来ません。せめてこの歌と映像を亡き○○様に捧げたいと存じます。慎んでご冥福をお祈り申し上げます。




時には
Meadows


昨日、管理人は本当に久し振りに仕事を完全に休みました。土日を別にして、この1年あまり全く休暇を取らなかったツケがどっと現れたのでしょうか、身体の節々が悲鳴を上げ、熱っぽく、加えて頭痛もひどいため、朝になっても全然寝床から起き上がる元気が出ませんでした。新しい仕事に就いてから、初めての休暇願いです。1日中横になって身体を休めたお蔭でしょうか、まだ頭痛は残るものの、熱も徐々に引け、少し回復に向かっているようです。

TVを点けたら、世界各地では暴動の話やら洪水の被害など悲惨なニュースばかり。一方、日本では内閣改造で元自民党の議員さんが民主党内閣入りとか。税制改革をねらいにした布陣と思われます。昨年の参院選では惨敗しましたが、暫くの間、国政レベルの選挙がありませんから、今ならばという目論見なのでしょう。けれども、増税を謳った政権が選挙に勝ったためしは有りません。一体私たちの生活はどうなるのでしょうか・・・。



今日は難しいことを考えるのは止めましょう。時には、ただひたすら耳に心地よい音楽に身を任せてみるのが良いかも知れません。ケテルビー作曲「牧場に鳴り渡る鐘 Bells across the Meadows」。





静かな海と楽しい航海
NYD-SHIP


今年のお正月は、寒さに包まれた日本から遠く離れたとある国で過ごしました。仕事納めが12月31日、お正月のお休みは1/3まで。ほんの短い休暇でしたが、また忙しい毎日が待っています。ちょっと息抜きも兼ねて、近くの海岸まで出掛けることにしました。ポカリと浮かぶ小舟の他はほとんど人の気配もない、全くの静寂の世界です。この写真に撮られた辺りは、河口付近でもあり、淡水と海水が交わるいわゆる気水地域になります。かすかに潮の香りもして、心身ともにとてもリフレッシュすることが出来ました。


「静かな海と楽しい航海」と言えば、御存知メンデルスゾーンが作曲した序曲 (Op.27、1830年作)で、序曲「フィンガルの洞窟」と共に、潮の香りがする名曲の一つです。

本日紹介の音楽はその曲? 

いえいえ、その日の午後、管理人は小さな船着き場から小舟を借って、大海原と接するところまで小一時間ほど航海を楽しんだことを書きたかっただけです。(^_^;

では、何の音楽を?



Steven Halpern作曲のInner Peace。頭文字をつなげるとSHIPです。(^o^)


Steven Halpernは、米国の音楽家。いわゆるNew Ageの作曲家となります。元々ジャズ・ミュージシャンでしたが、1960年代後半にニューヨークの表舞台から姿を消し、カリフォルニアに移住。1970年代半ば突然にシンセサイザー等を駆使したアルバムをリリース、以来今日までに50枚以上のアルバムを発売した超売れっ子作曲家でもあります。ヒーリング・ミュージックの草分けであり、全米はもとより、全世界において同様の路線を追いかけた音楽が雨後の筍のように生まれたという意味で、音楽史上記憶されるべき作曲家の1人です。何はともあれ、ちょっと試聴してみましょう。





YouTubeでは、彼の様々な作品を美しいCG映像とともに試聴することが出来ます。心と身体に疲労が貯まって来ていると感じるあなた、たまにはこのような音楽で癒されてみるのは如何でしょうか。



SHIP

謹賀新年ー奇遇も奇遇
NYD0


皆様 明けましておめでとうございます。


元旦の午後、誰もいない砂浜の海岸から大海原に向かって新たなる出会いと本年の無事をお祈りして参りました。
更新も滞り勝ちな当ブログ。それでも何度も訪れて下さる奇特な読者の方々が何人もいらっしゃるようで、大きな励みとなっております。以前より、ポピュラー系の音楽も時々取り上げておりましたけれど、基本的にはクラシック音楽の延長として話題にしたつもりです。


さて新年に際して最もふさわしい音楽、何に致しましょうか。


実は管理人、このお正月は日本から遠く離れた大西洋に面したとある国に仕事のために来ています。この国を訪れましたのは、何と○○年振りになります。当然のことながら○○年振りに再会した友人や知人がいまして、人生とは本当に先の分らない奇遇の連続という感を強くしております。


本ブログを立ち上げた当時、それなりに書き貯めた記事などもあり、また時間的にも今より多少余裕がありましたので、毎月それなりの数の記事がアップされました。開設した日などは、1日に3つもアップしたように記憶しています。ところが同じ日に複数アップすると、カレンダー上の更新日をクリックしただけではその日最後にアップされた記事しか現れなくて、余程丹念に探らないとその前にアップしたものは開くことが難しいということが分りました。

そういった理由もあり、また管理人が大好きなジャンルであるスコットランド・アイルランド系の名曲という理由もありで、再度のご紹介になりますが、William Wallaceが作曲したこの奇遇中の奇遇とも言うべき本曲を2011年聴き始めの音楽としたいと存じます。

曲名は、「Sir William Wallace」。

なおアップしましたのは、当ブログ開設のご挨拶をした同じ日の
2007年5月20日の記事でした。


WW1

 

[管理人注:本日の記事をもってブログ開設後丁度200番目の記事となります。まだまだご紹介したい隠れた名曲、素敵な音楽、話題等がたくさんございます。なかなか更新されないというご不満があるかも知れませんが、何分管理人の多忙さの故ですので、読者の皆様にはご容赦願いまして、本年も何卒よろしくお願い申し上げます。]

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