一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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福島原発事故
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東北太平洋沖地震を直接の原因として福島第一原子力発電所において発生した爆発事故によって飛散した放射性核物質(放射性プルーム)が、3月15日頃どのように上空に拡散したかを視覚化したシミュレーション映像(NHKスペシャルより)


かねてから懸念していたことですが、管理人はただ今日本から遠く離れた所にいるだけに、日本の政府関係機関を始めとして各報道機関までが、ある種の申し合わせがあったかのように福島原発事故について事態を軽視しようとする論調に支配されている現状を憂慮しています。本日はこの話題を緊急に取り上げたいと思います。


今回の福島原発における放射能物質汚染による人体の健康ならびに種々の生物に対する短期長期的な影響に関する報道では、常に「健康に直ちに影響が出るレベルではない」という表現が取られています。これは極めて巧妙な言い回しで、放射線障害によって瞬時に人が死ぬことはなく(原爆などによって爆風や極端に高度な熱による火傷の話は別です)、1999年茨城県東海村の核燃料加工会社JCOで発生した事故においても、およそ6から10 数Sv(シーベルト)の放射線を浴びたと言われている被曝被害者お二人が亡くなられたのは、それぞれ事故発生から約3ケ月後と約7ヶ月後のことでした。


今回の事故処理では、原発作業員の方々の中から、既に累積500 mSv以上の内部被曝をされた者が複数名生じています。瞬時か累積かの違いはあるものの、致死量のおよそ1/10程度の被曝をされている方々が現実に何名もいらっしゃるということになります。


少し以前になりますが、学童が校庭などで浴びても大丈夫とする年間当りの放射線被曝許容量を年間当り20 mSvとするか、あるいは100 mSvとするかなどという議論の中で、政府の委員を辞めるとか辞めさせられたとかいうニュースがありました。現在福島県内の避難対象ではない地区(即ち原発から20 km以上離れた地点)で放射線を測定すると、簡便な測定器を用いて大体 数μSv/時という数字になっています。[管理人注. μ(マイクロ)は10のマイナス6乗、m(ミリ)は10のマイナス3乗を意味します。分かり易く言えば、前者は百万分の1、後者は千分の一です。] 東京都内では、この数字は小数点以下1桁、またはそれ以下の数値をこれまでのところ保っているようです。仮に福島県内のとある地点における数値が 2μSv/時だとすると、これに24時間/日と365日/年を掛けると、17.52 mSv/年となります。つまり、もはや大半の地域で、従来から設定されていた年間許容量に近づいてしまうことになります。強制避難となると後の補償問題を含め、大変な作業となってしまうから、だからこれを100 mSvに引き上げておこうという政治的判断の計算根拠はここにある訳です。


許容量に関して誤解が無いように申して置きますと、元々自然界に放射線が存在しないわけではありません。実際には宇宙線やら何やら様々な物質から発生する放射線に私たちは常に曝されています。だから、これが0でなくてはならないという訳ではありません。食塩の中に含まれる元素の中には極めて微弱な放射性同位体が存在していることはよく知られていますし、少し以前ならラドン(ラジウム)温泉などと謳って、微弱の放射線を浴びることが宣伝になっていた時代すらありましたくらいです。


20 mSvであれ、100 mSvであれ、また累積と瞬間との違いもありますけれど、現在の放射性物質による汚染が死亡にまで至る数Svの被曝という領域とそう掛け離れた世界に留まっているわけではないことについて、あまりTVや新聞など各種報道機関は正確な科学的知識をもって取り上げているようには思われません。もちろん、こう申します管理人も決してその分野に明るいわけではありません。しかし、種々のソースの情報から判断して、現在の汚染状況は、確かに「直ちに」人体に影響が現れるというレベルではないかも知れないけれど、5年、10年、20年といった長期間の観察を続ければ、がん発生の頻度が疫学的に有意な差として現れるなど、人体に与える影響が無視できないレベルにまで至っていることは明らかであると思います。




7月27日、東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦先生が衆議院厚生労働委員会において意見を述べておられる映像が、衆議院TVにおいて配信され、YouTubeにおいて視聴することができます。是非皆様にもこの映像をご覧になって頂きたいと思います。今考えられる最善最速の対策を、官民の組織を上げてだけでなく私たちひとりひとりが考え認識し、出来ることは直ちに実行に移すべき時であると思います。復興予算がらみの利権争いを続けたり、ましてや政治家同士で足を引っ張りあうなど全くもって論外ではないでしょうか。




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陽光のイタリアから
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陽光きらめくイタリアの首都ローマです。雲一つない青空の下、カトリックの聖地ヴァチカン市国を訪問しました。一度は訪れてみたかった所です。ほんの数日もすれば、再び管理人は(筆者の現場である)最前線に出なければなりません。緊張とストレスが続く仕事の合間に、ほんのわずかに許された束の間の観光。たっぷりと南欧の光と文化を吸収したいと思っています。


それにしても観光客の多いこと、多いこと。奇跡的に人影が全く見えない瞬間がサン・ピエトロ大聖堂の前に出現しました。透き通る青空といい、何か好い事の前触れだったら、いいなあ。(^o^)


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暑い夏、少しでも皆様に一服の清涼感をお伝えできますよう月並みのゴールデン・ルートからですが、トレヴィの泉で撮った写真です。


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ローマの街は、本当に水が豊富。其処彼処に噴水や水道があります。同行して来た仕事仲間の人は、水がそんなに簡単に手に入らない国の人でしたから、市内のあちこちで流しっぱなしの水道を見て、初めは「もったいない、もったいない」を連発していました。が、このトレヴィの泉から滾々(こんこん)と湧き出す水量を見て流石に納得。古代より、近郊の山々から水を引いたローマ人が作り上げた帝国が大繁栄したのも、この豊富な水があってこそなのだということを実感致しました。






イタリアから? 噴水?  では、今日の音楽はレスピーギの「ローマの噴水」に違いない...と思われた方。


残念でした。レスピーギ(1879-1936)は、彼の代表作「ローマ三部作」があまりに有名過ぎて、その他の作品になかなか日が当たらないのが可哀相なくらいです。確かにマルトゥッチに作曲を学び、ロシアでリムスキー・コルサコフから管弦楽法を師事されたレスピーギの管弦楽法は華麗も華麗、しかも感情表出にも極めて長け、言うことがありません。しかし、「ローマの噴水」「ローマの松」「ローマの祭り」の三部作だけで全てが語られるのも、いかにも「もったいない」話です。


今日は彼が晩年に書き上げた知られざる名曲、主題と変奏「第12旋法によるメタモルフォーゼ (Metamorphoseon. Modi XII: Tema e Variazioni)」(1930年作)をご紹介したいと思います。 「メタモルフォーゼン」と言えば、R.シュトラウス最晩年の作品があります。好みにも寄りますが、管理人などは彼の作品の中ではベスト3に入れるべき大傑作だと思っています。レスピーギの「メタモルフォーゼ」はそれより遡ること15年程の作品。従って第2次世界大戦がドイツの敗戦により終結した影響を受けて、ドイツ文化遺産の荒廃と消失を詠嘆するという同様路線の悲劇的な作品ではありません。しかしながら、彼が同曲を作曲した時期は大半の代表作を書き上げたその後であり、本曲の後にはほとんど完成作を世に出すことはできませんでした。従って、レスピーギの作曲人生における様々なエピソードがその変奏の合い間の随所に現われていることは疑いようもなく、彼の音楽的集大成作品として位置付けることが可能かも知れません。


R.シュトラウスの作品と大きく異なる点は、少なくとも表面的には悲劇性があまり表に出て来ていないことで、むしろ歴史的叙事詩を音楽化したようなドラマ性を強く感じさせるところでしょうか。音楽技法的には、当時のヨーロッパ音楽界が強烈に追求した12音技法の風潮に完全に逆行する古典的スタイルを踏襲しています。


YouTubeの通常限界時間を越える全曲約26分という、やや長帳場になりますが、印象主義から新古典主義まで様々な音楽形式を熟知・試行錯誤を経ながらも、最終的には聴衆の心に残る良い作品を心掛けようとしたレスピーギの芸術家としての良心が書き残した隠れた名作。是非お聴きになってみて下さい。






ついに優勝~~~!
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延長戦、さらにPK戦の末、ついに日本女子サッカー、ワールドカップ優勝~~~~~~~~~!


それにしても何度も先行されながら、よくも追い付きましたねぇ。素晴らしい快挙です。チームの皆さん、本当にお疲れ様、そしてありがとうございます。

やったあーーー!
WFIFA1


スウェーデンに3:1で勝利! リアルタイムで観ていましたが、完全に相手を圧倒していました。すごい快挙です。決勝戦の相手はアメリカ合衆国。頑張れ日本!







そう言えば、以前南アフリカに関する一連の記事を書いたことがあります。丁度その頃、男子サッカーのワールドカップが行われていましたから、ブブゼラをネタに取り上げましたら(2010年6月13日の記事)、まもなくブブゼラを使った音楽があるかどうかがネットでちょっと話題になっていました。


多分そんなものは無いのではと思ってましたら、なんとそれを生で聴く機会が最近ありました。下の写真↓です。プラスチック製ではなく、本来の姿である錫製のブブゼラです。それにしても、もの凄い音量で、さらに太鼓とのコラボでしたから、迫力だけは満点々々。しかし、もう一度聴きたいかと言われたら、微妙・・・です。


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77と99
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北極海の氷を上空から撮影


最近・・・ちょっと憂鬱です。・・・だって、あまりに明るいニュースがありませんもの。


本日7月9日、アフリカ54番目の独立国として南スーダンがようやく正式に独立を宣言しました。が、これから北のスーダンとの石油資源分配をめぐる新たな紛争の火種を抱えて、その未来は決して明るくありません。一方、その隣国のコンゴ民主では、例によって、またまた旅客機が墜落してしまいました。その他チュニジアから始まったアラブ諸国の民主革命は、リビア、シリア、イエメン、どこを取っても現政権側が強固な軍事力を背景に抵抗を示し、益々混迷の一途を辿っています。


国内に目を移せば、何よりも震災と復興のニュースが気掛かりです。相変わらずの政治のドタバタ劇に幻滅するだけならまだしも、一番肝心な原子力発電所からの放射能汚染の問題が本当に深刻です。福島の原発トラブルが発生してから約4ヶ月が過ぎようとしていますが、未だに本質的な解決への道筋が見えていません。いや、それどころか、この問題が原発に隣接した地域だけの問題ではなく、数百kmも離れた関東地方や東海地方にまで汚染が広がっていることが明らかになって来ました。その意味で、NHKスペシャルによって取り上げられた放射性プルームのシミュレーション映像はまことに衝撃的でした。


先日、一時帰国した折りにとあるビルに立ち寄りましたところ、案の定節電のために室内のエアコンの温度設定が上げられていて、その暑いこと、暑いこと。エアコンだけでなく、廊下の電気がすべて消されていて、その他にエレベーターの稼働台数も減らされているなど、とにかくありとあらゆる節電対策が講じられていました。当然エレベーター内の空調もストップ。たまたま乗ったエレベーターには定員一杯の乗客らの汗の臭いが充満して、思わずウッ。皆に分からないように息を止めて乗るしかありませんでした。


折角の七夕も管理人が今居る土地では厚い雨雲に遮られ、星の一つも見えず。それではと何か7月7日にちなんだ記事でもと考えていたら、これまた多忙でその日を逸してしまうし・・・。とにかく汲々と仕事に追われる毎日は、ストレスも倍増。加えて最近持病までが悪化気味で、本当に気が滅入ります。(-_-;


せめてこの暑さを少しでも吹き飛ばすべく、先日撮ったばかりの北極海上空から見た氷の写真を冒頭に載せました。でも以前ならこの時期、もっと氷に覆われている筈なのにかなり海面が見えてしまっています。地球温暖化の影響をこのようなところでも確認することができます。電気やエネルギーが無尽蔵に使えるものと思い込んでいた私たちのおごりに、鋭い警鐘が鳴らされていると考えるべきなのでしょう。





さて七夕にちなんだ音楽。例えば作品番号77として有名(または傑作)な作品と言えば、何と言ってもブラームスのヴァイオリン協奏曲Op.77。しかし、この曲はあまりにも有名なので、ここで取り上げる気は致しません。では、他には?


というわけで、本日取り上げる音楽はショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲第1番Op.77です。
先ずは、どんな音楽か、ちょっと聴いてみましょう。


庄司紗矢香さん(Vn)、指揮シャルル・デュトワ、NHK交響楽団 第3楽章パッサカリアより





同曲の推薦盤としては、本来であればオイストラッフやコーガンによるヴァイオリン演奏の方が、暗い情念がより強烈にほとばしり出ていてお薦めかも知れません。しかし、庄司さんの演奏も本曲の悲劇性を十分に捉えており、しかも旋律の美しさが重視されていて捨て難いです。お時間がある方は、是非このあとに続く渾身のカデンツァと、圧巻のフィナーレ第4楽章ブルレスケも御聴きになってみて下さい。








ところで、今日では作品番号77となっている本作品ですが、これ、以前は作品番号99とついていました。どうして番号が変わったのでしょうか? これには第2次世界大戦後に起こったソビエト連邦国内における前衛的なるものに対する粛正の嵐に、理不尽にも立ち向かわなければならなかったショスタコーヴィッチの慎重で、したたかな戦略が深く関係しています。先に答えを言えば、本曲が発表された1955年に当時発表されていた作品に続けて99という作品番号が振られたのですが、実際の作曲時期は実はそれより遡ること7年ほど前の1948年であったことが後に明らかにされたからなのです。1950年前後の数年間は、まさにジダーノフ批判(注*)が吹き荒れた時期でした。ショスタコーヴィッチには、同曲をそのまま発表すれば、その曲が内に秘めた内容から必ずや批判の標的になるであろうことが予測できていたのでしょう。それで彼は意図的に本作品の発表を見合わせたのです。この間の事情については、次のサイトで本曲の音楽的な解説と共に詳細に書かれていますので、そちらをご参照下さい。それにしても、この記事をお書きになった方の音楽面、並びに社会情勢の分析力と文章力には脱帽です。

[注*. 1948年から数年間続いたソビエト連邦共産党中央委員会による前衛芸術様式に対する社会統制的な批判で、この一連の批判を推し進めた当時中央委員会書記であったアンドレイ・ジダーノフ氏に因んでいます。社会主義リアリズムの路線に反しているとの名目で、晦渋な作品は皆やり玉に上げられ、ショスタコーヴィッチはことにその標的とされ、その他の当時の芸術家もほとんど皆その批判の対象とされました。これが行き過ぎた文芸批判であったことは、良識ある人たちには分かっていたことで、結局10年後の1958年に公式に解除されました。しかしながら、戦後のロシア芸術の発展に大きな負の影響を残したことは明らかでした。]


http://ja.wikipedia.org/wiki/ヴァイオリン協奏曲第1番_(ショスタコーヴィチ)




この記事を書いていたら、なでしこJapanが女子W杯でドイツに勝って4強というニュースを知りました。最後でスカッとするのも、ショスタコーヴィッチVnコンの記事ならではかも...???

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