一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

再び群青の空へ
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消費税上げの法案が衆議院を通過したとのニュースを知りました。公約に掲げてもいない法案を民主党野田首相以下、民主党の主流派集団は自民・公明との協議により過半数可決を確定的にした上での半ば強行採決です。案の定、民主党内から大量の否決票が現れ、今度はそれを理由に自・公から造反した民主党議員に対して執行部が断固たる処分を下さないようであるなら、審議拒否も辞さないと追及の矢が放たれるという展開。まさに自・公(そして霞が関)の思う壺という展開になっています。それに対して一般市民から抗議の暴動の一つも起きないということに、はたして感心して良いのやら、それとも呆れてものが言えないと嘆息すべきなのやら。


只今、国外在住のため選挙権こそないけれど、日本国旅券を有する者の一人として、この一連の展開に歯がゆく、ほとんど絶望に近い無力感を感じていることだけは記録に残しておきたいと思います。


仕事上の理由から、まもなく日本に短期間ですが帰国する予定です。その関係もあり、少々多忙の日々が続いていたこともありますが、再び群青の空に機上の人となる時、あの憂国の精神と現状のあまりになさけない日本の姿との大きな対比に記事を書く気が起こらなかったと言えば、決して嘘ではないように思います。





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富める人とラザロ
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ルカ伝16章19-31節「金持ちとラザロ」

16:19 ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。

16:20 この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、

16:21 その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。

16:22 やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。

16:23 そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。

16:24 そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』

16:25 しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。

16:26 そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』

16:27 金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。

16:28 わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』

16:29 しかし、アブラハムは言った。
『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』

16:30 金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』

16:31 アブラハムは言った。
『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』




並の人の常識では理解し難い寓話や説話が度々登場する聖書の中では、例外的な程に分かり易い話「金持ちとラザロ」の章。分かり易いだけあって、イギリス周辺の各地にその表題を持つ民謡やそれに類似した旋律の歌が唄い継がれていたことを、19世紀の終わり頃、古い民謡を調査収集していた若き日のヴォーン=ウィリアムス (Ralph Vaughan Williams, 1872-1958) が見つけました。たとえば、その中の一つは、北アイルランドに古くから伝わるバラード「Star of the County Down」という曲で、歌詞は全くルカ伝のお話とは関係がありませんが、こんな旋律です。


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そして類似のメロディーを持つ民謡の中から5曲を選んで、弦楽オーケストラとハープのための作品を書き上げたのは、それから何と40年以上も後のことでした。その作品が「『富める人とラザロ』の5つの異版 Five variants of Dives and Lazarus」(1939年作)です。ヴォーン=ウィリアムスの数ある作品の中で、管理人が最も好んで聴く曲であり、また彼の最高傑作の一つとして挙げたい音楽の一つです。各民謡の旋律はそのままを使用したわけではなく、作曲者がそれぞれにアレンジを加えていることは言うまでもありません。音楽の形式としては、主題とそれに基づく5つの変奏曲と捉えることも出来るでしょう。「Star of the County Down」はその2曲目、つまり第1変奏曲に当たります。










ダイアモンド・ジュビリー
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先週辺りからエリザベス2世女王の即位60周年を祝う行事が次々とニュースとなって放映されています。50周年をゴールデン・ジュビリーと呼ぶことは知っていましたが、60周年はダイアモンド・ジュビリーと呼ばれることを初めて知りました。それにしても、いつ見てもお若いし、気品があって、言うことありません。君主でありながら政治的権限がないことは我が国と同じですが、皇室の長としての存在感は日本と同じか、国民との間の距離感という意味で、あるいはひょっとすると英国の方がより君主として親しまれているという感じが致します。


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ユニオン・ジャックの旗が押し並んでいる光景は、まるでこの国がかつて誇っていた栄光が再び蘇ったかのようです。ヨーロッパ各国が一斉にヨーロッパ連合(EU)に加盟し、ユーロ圏を形成した時に、内外からの強い要請にも拘わらずイギリスは独立独歩の路線を取る方針を選択しました。アイルランド、ポルトガル、ギリシャ、スペインなどといったユーロ圏の国々の財政破綻が次々と露呈し、ごく一部の勝ち組国家が脆弱な国々を救済しなければならない事態が起こることをまるで予見していたかのようです。無論、世界の植民地を支配した大英帝国の時代は過去のものにしても、EU自体の存在意義すら揺るがされている今日にあっては、イギリスの選択は正しかったと言えるのかも知れません。


それにしてもエリザベス2世が1952年に誕生してから60周年ですか。本当に心からお祝い申し上げます。即位の翌年に行われた戴冠式の様子を撮影した映像がYouTubeにアップされています。





この戴冠式のために作曲されたのが Sir William Turner Walton (1902-1983) による戴冠式行進曲『宝珠と王杖』(1953年作)。王杖、つまり王様の杖は王権の象徴を表すもので、日本で言うなら差し詰め三種の神器でしょうか。Walton自身がPhilharmoria Orchestra Direttaを指揮した演奏が残っています。





上記の作品も大変雰囲気が出ていて素晴らしいと思いますが、Waltonはジョージ6世(映画「King’s Speech」で有名になりましたね)が戴冠した1937年にも大傑作を残しています。戴冠行進曲「王冠」(あるいは「Crown Imperial (クラウン・インペリアル)」がそれです。冒頭から勇ましく始まるその音楽は、後半になるにつれ、さらに一段と輝きと威厳を増して、いかにも新しい門出にはピッタリの行進曲です。








それにしても、こういう如何にも英国的な音楽を聴いていると、間もなく始まるあのビッグ・イベントが益々楽しみになって来ました。今年はイギリスの年ですねぇ。






ミルフィーユ
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朝起きて、溜まった洗濯物を済ませてから、おもむろにお客様から頂戴したミルフィーユを沸かしたての熱いお湯でドリップしたコーヒーと一緒に頂く。日本でなら何でもない日常の一こまも、何千マイルも離れた土地でするとなると、感慨の深い貴重なひと時となるものです。


そう言えば昨夜見たNHKワールドの「Extreme Japan」。東北地方の下北半島を特集したものでしたが、日本に居た時ですら訪れたことのない場所まで美しい映像を見せてくれて、思わず食い入るように画面を見つめてしまいました。ことほど左様に日本の風景や文化を懐かしく思います。


日本各地に伝わる独特の文化を美しい風景と共に見せてくれた番組と言えば、何と言ってもNHK「新日本紀行」を置いて他はありません。とりわけ番組冒頭の純日本的な美しいメロディーとリズムが印象的で、いつも夕食を終えたひと時、ワクワクしながら見ていたものです。あまりに懐かしくて探してみたら、見つかりました。富田勲さんのテーマ音楽、これです。↓





生活体験と強く結びついた音楽というものは、耳にした途端に時を超えてあの頃にタイプスリップするようで、こういう音楽こそ名曲と呼ぶべきなのでしょうね。日本の農村風景とは里の自然。すなわち全くの自然ではなく、人間の手が入った自然なのだそうです。田んぼも、村の鎮守様の森も、小川にかかった橋なども、何代も何代も住み着いた人々の営みがそれを形造っているそういう風景に、この音楽は本当にマッチしています。





それとはちょっと違っているけれど、アニメの大好きなシーンと共に忘れられない音楽もあります。久石譲さんの数ある名作の中でも音楽的に最も優れていると管理人が思う「千と千尋の神隠し」。その中でも、私が大好きな「海の中を電車が行く」シーンです。その動画があれば良いのですが、以前はあったと記憶しているのですが、残念ながら今は著作権の関係からかありません。代わりにこんな素敵な演奏が見つかりました。





[管理人注. 6月10日は◯の記念日。選んだ音楽や記事タイトルは互いにその連想から来ていますが、関連性が分かりますか?]




6月の雨
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イギリスの6月は1年で一番雨が降る確率が少ない月なのだそうで、そのことからジューン・ブライドという言葉があるように、6月に結婚式を挙げると幸先の良いスタートを切れると考えられています。


この言葉に操られ、もしも日本でも6月に結婚式を挙げようと考える人がいたなら、上記の理由からそれはとんだお門違いなことがお分かりになりますね。日本で6月と言えば、言わずもがなの梅雨の季節。降水確率は高くなる一方だし、南の方なら台風の襲来さえあるかも知れません。


管理人が現在滞在している国では、只今雨期の真っ最中。ひとたび雲行きが怪しいと気付いた頃には、たちまち突風が吹き荒れ、程なく強烈な雷と豪雨がやって来ます。日本の梅雨のように風情のある降雨なんて穏やかなものでは決してありません。一旦雨が降り出せば、その雨量もさることながら、排水が悪いですから、たちまち道路は水浸し。まるで川の中を車が泳いでいるような状態がそこら中に出現することになります。


風が吹けば桶屋が儲かるというのは、どこか東洋の国のお話(と言っても分からない人もいるかも)。こちらではいとも単純に、雨が降ればネットが止まるという図式が成り立ちます。理由はどうしてか分かりません。サーバーの機械が濡れるからなのか、それとも雷等で故障するのを回避するため、誰か係員がいてサーバーのスイッチを切るのか。とにかくネットが繋がらなくなります。


先ほどまでダメだったのが、少し前から繋がるようになりました。何時また切れるか分かりません。こんな状況ですので、癒しの音楽で心と身体を休めるのが一番なのでしょう。


皆様もご一緒に、雨に濡れる薔薇を眺めながら、しばしの時間、寛ぐことに致しましょう。Roger Calverleyのアルバムから、「銀の枝」をお届け致します。





なおCDは、こちら「Celtic Misteries II」になります。↓


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