一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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赤い鳥
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日本ではいわゆるゴールデン・ウィークに入り、さぞや旅行や行楽にと忙しくも楽しい毎日を過ごされていることと存じます。当ブログの管理人、実はその少し以前に日本に用事があり一時帰国していました。只今は再び仕事に戻っており、イースター休暇もGWの休暇も逃すという、まことに不運というか恨めしい限りのスケジュールだったことに愕然としています。とは言え、わずかな空き時間を利用して、ほんの少々旅行気分を味わうべく京都市内をぶらつくことができました。


この街には歴史文化の遺産が盛り沢山であることは言うまでもありません。が、意外にも進取の気風に満ち溢れている街であることも特記しておきたいです。同じ関西でも大阪とは言葉や考え方が少し異なり、人間と人間との距離感が大阪ほど密ではないけれど、その微妙な間合いの取り方にさえ慣れれば、案外それが快適と思っている元関西人です。


京都の街を歩きながら、何故か関西発のあるフォークグループのことが想い出されました。そのグループの名は『赤い鳥』。


『赤い鳥』と言えば、鈴木三重吉が1918年に発刊した児童文学・童謡の雑誌です。彼の死の1936年まで、一時休刊の期間はあったものの全196冊まで発行され、当時「赤い鳥運動」として一大芸術的活動とまで認識されるほど有名になりました。その当時、政府が主導する童謡が素っ気ないばかりである事に反旗を翻すように、芸術的香気溢れる作品を掲載することを信条としており、芥川龍之介、北原白秋、有島武郎など錚々たる文筆家らによる賛同を得て創刊号が発刊されています。こちらのブログでも取り上げたことがある『歌を忘れたカナリア』(2012年12月9日の記事参照のこと)は、この『赤い鳥』に掲載されて一躍国民に広く親しまれるようになりました。


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清水良雄氏が画いた表紙は、そのどれもが美しく可愛らしいです。創刊号の画はこちらです。↓


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ね、素晴らしいでしょう!







さて、この『赤い鳥』のイメージにちなんで1969年に結成された集団、それがフォークグループの『赤い鳥』です。初期のメンバーは、後藤悦治郎(ギター)、平山泰代(ピアノ)、山本俊彦(ギター)、新居潤子(ヴォーカル)、大川茂(ベース)で、後に大村憲司(ギター)、村上秀一(ドラム)、渡辺俊幸(ドラム、キーボード)らが加わりますが、1974年にはメンバーの間での活動方針における対立などが原因で解散するに已む無きに至ったと言われています。解散後、後藤と平山(夫婦となる)は「紙ふうせん」を、山本と新居(結婚して山本潤子と改名)と大川は「ハイファイ・セット」というグループとなりました。渡辺は「ハミング・バード」というグループを一時的に結成しますが、やがてさだまさしの音楽グループに合流して主に演奏面で活躍しています。『赤い鳥』のグループ名は知らなくとも、後者のグループ名なら皆さんにお馴染みかも知れません。その『赤い鳥』が残したライブ・コンサートの録音がYouTubeにアップされていることが分かりました。「竹田の子守唄」「翼をください」などがこのグループの代表作で、どちらも広く知られ、また歌われている名曲です。その原点とも言うべき演奏をぜひどうぞ。







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あるCM
CTCM1


東南アジアのある国で、写真のような下町をブラブラと歩いていると、あるテレビCMを想い出します。





善意とは何か...感謝とは何か...人はどう生きるべきか...


とにかく、とても感動的で、またいろいろな意味で考えさせられるCMです。


そして、このような感動のドラマは、ある国だけに特有に見られるのではなく、誰にも語られることはないけれど、実は様々な国や地域で起こっているのではないか。少なくともそうあって欲しいと心から願っている自分がいます。





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