一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カタカナ語の氾濫に思ふこと・・・
HDL1


日本では未だ梅雨の真っ最中。各地で大雨が降ったりなどすると、川が急に増水し、子供が流されて溺れ死んだという悲しい事故が相次いで起きているとのニュースに心を痛めています。それに加え、昨日は何処其処で、今日は別の何処其処で、やれ女性や子供が行方不明だの、殺されただのと、殺伐なニュースが連日止まるところを知らず、いったい日本は何時からこんなにも狂った世の中になったのだろうと嘆かわしく思う毎日です。


そうした事件・事故の氾濫もそうですが、ふと気がつくと、今の世の中、それまでにあまり使われなかったカタカナ言葉が異常に氾濫しているように思います。英語(外国語)として使う分には少しも違和感の無い言葉が、カタカナ表記になって、しかも日本流に省略されたおかしな言葉として日常の会話に出て来ると、何かとてもそぐわない感じがするのは管理人だけでしょうか。「restructuring」と言われれば、すんなり耳にも入るし、頭でも理解できる普通の言葉が、「リストラ」と言われると、突然「首切り」などネガティブなイメージ(笑)だけがぐぐっと前面に出てきて、本来の意味とは異なっているような感じがしないでもありません。未だに二つ折の携帯電話(ガラ携とは意地でも呼びたくない)を現在も使用している管理人は、「スマホ」という言葉に何となく抵抗感を感じてしまいます。


省略しないまでも、「ユーザー」くらいならまだしも、「コンセンサス」、「カスタマー」、あるいは「デフォルト」などと言われたり、書かれたりすると、少々年令のいった方々や門外漢の人たちには意味がさっぱりチンプンカンプンなのではないでしょうか。もしも日本語に相当する言葉があるなら、それを使えば良いだけの話で、何でもかんでもカタカナ語にすれば恰好が良いと思うのはいささか変ではないかという主張に賛同する者はきっと多数いることでしょう。管理人もそういった意見の持ち主の一人でした。


ところが、ある時から、この考え方を少し改めた方が良いと思うようになりました。


企業にいらっしゃる方々には極めて常識的な「コンプライアンス」という言葉がありますね。なかなか本質が分かり難い言葉です。もちろん「法令順守」という意味だということくらいは直ぐに分かるのですが、それなら当たり前ではないですか。何故にわざわざカタカナ語で「コンプライアンス」と言うのかが、最近まで管理人にはよく分かっていませんでした。(恥)


確かにこの言葉を、仮に日本語訳するとすれば「法令順守」で良いと思います。ところが、実はこの言葉は単に法律や条例を順守すれば良いということではなく、もっと広い適用がされていることを知ったからです。たとえば「社内の就業規則・ルールを守る」というのも「コンプライアンス」に入るのだそうです。昨年公開された2004年に米国で実際に起きた事件を元に制作された次の映画は、そういうことを知ってから観るのと観ないのでは、理解の度合いが大きく違うように思えます。





もっとも「コンプライアンス」という言葉は、最近では更に一歩進めて「一社会人・人間としてやってはいけないこと、やるべきことを常に正しく判断しながら、それに則って行動する」という意味までもが含まれるのだそうです。つまり、言葉がどんどん進化しており、この新しい言葉の解釈を社員全体や特に新人たちに正しく伝えるか伝えられないかで、企業・団体のイメージのみならず、人間の大きな社会的成長まで促せるかも知れないのです。


こうして見ると、カタカナ言葉(外来語)がただただ増えたと嘆くよりも、原義に相当する日本語訳を超えた新しい意味あいが生まれているなら、即ち従来には存在しなかった新しいコンセプトが表現されているカタカナ言葉なら、一概に悪いと批判すべきではないと思うようになったのです。最近は、ついついこんなことを考えることが多くなりました。硬い話題で御免なさい。やはり、ちょっと疲れ過ぎなのでしょうね。


スポンサーサイト

フライング・ダッチマン!
WCO1


いよいよ始まりました。ブラジルでのW杯開幕です!
前回の南アフリカ大会の時は、管理人は既に国外脱出していましたから、あれから4年以上も経ったのですね~~......(遠い目)。
そして最近管理人が仕事をしている職場でも、このW杯の話題で持ち切り。とは言え、仕事が第一ですから、早く帰宅して観戦というわけにも行きません。


仕事との兼ね合いで、多くの試合を見ることは出来ませんが、幸いに先ずはオランダ-スペイン戦をテレビで観戦することが出来ました。前回の覇者スペインに対し、予想外にオランダが圧勝。当初スペインがPKでリードし、落ち着いたプレーぶりから、このまま力の差が現れたまま後半へ進行するかと思われました。ところが突如、オランダのロビン・ファン・ペルシー選手(下に動画と写真)のダイビング・ヘッディングシュートが見事にゴールキーパーの頭上を越えてゴール !! その後、まるで何かが乗り移ったかのように、オランダ側の放つシュートが信じられないくらい決まり、5-1の圧勝という結果に。





WCO2


文字通り「空飛ぶダッチマン Flying Dutchman」 !!! なかなかのルックスでもあります。それにしても、のっけからモノ凄い試合を見てしまったような。。。 間もなく日本-コートジボアール戦が始まります。日本を応援したいのは勿論ですが、仕事上いろいろな国とも関係があって、今回のW杯にも知人・友人がいる国々が幾つも参加しています。どの国であれ、素晴らしいゲームとプレーが見られることを期待しています。







さて『Flying Dutchman』と来れば、今日の音楽は、普段当ブログではほとんど取り上げない超有名曲、リヒャルト・ワーグナー (1813-1883) の『さまよえるオランダ人 Der Fliegende Holländer』です。アフリカ南端の喜望峰近海に出没するというオランダ人船長の幽霊船伝説を元に書かれたドイツの詩人ハイネによる『フォン・シュナーベレヴォプスキー氏の回想記』(1834年作)という作品に着想を得たオペラ。


(あらすじ)

舞台はノルウェーのある港町。ダラント船長が自分の家があるその港に投錨していると、オランダ人船長の幽霊船がその港に現れます。7年に1度だけ上陸が許されますが、その間に乙女の純愛を得られなければ、再び冥界の海を彷徨わねばならないという神罰を受けています。オランダ人船長はダラント船長に財宝を渡し、彼の娘ゼンタと会うことを約束させます。

ゼンタは父の約束に従い、オランダ人と会い、その不幸な運命を知ってからは、どうにか彼を救いたいと思うようになりました。そしてオランダ人の肖像を見ては想いを募らすのですが、一方ゼンタには彼女に心を寄せるエリックという青年がいたのです。

やがて再びオランダ人がその港に現れた時、エリックはゼンタがオランダ人のところへ行かないようにと必死に引き止めに掛かりました。そのエリックのゼンタに寄せる愛の告白を見たオランダ人は、自分こそが裏切られたものと思い、ゼンタらを打ち捨てるように出帆してしまいます。ゼンタはオランダ人への純愛を叫びながら、その証として最後は海に身を投じたところで幕が降りるという悲劇です。



えっ、その曲ならよく知っている? ええ、全曲はともかく、序曲を聴かれたことのないクラシック音楽ファンはほとんどいらっしゃらないことでしょう。でも、一つくらい「へぇ~、そうなんだ~」が無いと本ブログらしさがありません。そこで豆知識を少々。実はワーグナーのこの作品、結末がゼンタの海への飛び込みで救済無く終わる第1稿(1841年版)と、ゼンタの純愛によって呪いが解かれた幽霊船のオランダ人船長とゼンタが共に昇天して浄化される第2稿(1880年版)があるってご存知でしたか? それぞれ序曲とフィナーレのオーケストレーションが異なっています。 それぞれのフィナーレの違いを聴いてみて下さいね。









アイデンティティー
IDT1


上の写真、いったい何を撮影したものでしょうか。


実はこれ、2ヶ月ほど前に一時帰国した際にとある公園の池で撮りました。
ちょうど掃除かメインテナンスのため池の水がほとんど干上がっていたところへ、急にポンプから注水したものだから、池に降りしきった桜の花びらがどんどん水かさを増す水流に乗って、まるで渦巻き銀河のように見えた瞬間を捉えたものなのです。合い間の水面下に一匹の錦鯉が見えるのが分かりますか?


休日もおちおち休めないほどに毎日押し寄せる大量の業務に、疲労だけは確実に蓄積してゆく現在の仕事。つい自分を見失い勝ちになってしまいます。ゆるぎない確固としたアイデンティティーを持たないと、本当に流れに翻弄されて溺れてしまうだけだと自分に言い聞かせようとするのですが、悲しいかな、思いとはうらはらに実行は難しいです。





皆様はMasterclassという言葉をご存知でしょうか。各界で活躍する超一流の名人が、公募や推薦などで選ばれた生徒さんたちに1回限りで直接指導する時のことを指して、「Masterclass」と呼びます。


本日ご紹介するのは、マキシム・ヴェンゲーロフが4人の優れた生徒さんたちにレッスンをする様子を放映したMasterclassです。ご覧になれば分かりますように、出演する生徒さんたちの技量は今すぐにでもコンクールに出場できるほど非常に高いです。どこにケチをつけるのかしらと思うほど素晴らしいのに、ヴェンゲーロフは絶妙な比喩や仕草、また実演で、さらに上を目指すようにと仕向けるヴェンゲーロフの指導の巧みさ。プロ中のプロとは如何なるものかという真髄が垣間見える大変面白い動画です。そしてこの動画を見てつくづく思うことは、自分だけにしか築けない世界を持つこと、言い換えればアイデンティティーを持つことの重要さです。彼が生徒さんたちに示しているのは、おそらく彼が描いている理想の姿のほんの一例に過ぎません。それをただ真似して演奏しなさいと言っているのではなく、自分だけにしかできない(音楽の)世界を想像し、創造することが大切なのだと言いたかったのではないかしら。少なくとも私にはそのように思えました。






何か、ちょっと元気が出て来ました。さあ、今日から新しい週の月曜日。もう少し頑張ってみよう!






看護師への道
HNUR1


最近、ニュースで「准看護師」なる言葉が度々登場しました。久々にこの言葉を眼にして、ちょっと昔のことを想い出してしまいました。実は当ブログ管理人は、「准看護師」資格のある方たちが「正看護師」資格を得るための高等看護学校というところで、数年間だけ非常勤として仕事をしていたことがあるのです。


「准看護師」と「正看護師」いったい何が違うのでしょうか。


実は、前者は都道府県が交付する資格で、後者は国家資格という違いがあります。もちろん、後者の方がより深い専門性を求められますから、お給料・待遇がそれなりに異なります。皆様、ご存知でしたか?


最近は種々の大学に看護学部や看護学科ができて、更には大学院なども設置した高等教育機関が増えたため、一口に「看護師」といっても、専門学校出身の看護師さんもいれば、そうした大学出身の看護師さんもいて、益々専門化と高学歴化が進んでいます。


しかし、以前は看護師になろうとすれば、専門学校を卒業して国家試験を受けるのが普通でした。しかし、特に戦後、医療現場における大幅な人出不足を手っ取り早く補う方法として、種々の病院や地方自治体などが比較的入学が容易な准看護師養成学校を開設・運営し、卒業後に准看護師免許を取得した若い准看護師に現場で働いてもらうということを良しとしていたのです。


こうした准看護師さんたちの中には、やはり正看護師の資格を経て、より自立した専門職として待遇面でもより良い条件で働きたいと思う人たちが現れるのは至極当然かも知れません。そうした職業意識がはっきりした人たちが集まって来たのが高等看護学校でしたから、皆さん、とても学習熱心です。一番若い学生さんが二十歳前後、年令の上の方たちは当時の私よりもずっと年上の30台半ばくらいまでいらっしゃいました。ひょっとしたら今の大学生よりもずっと(社会的に)大人の雰囲気が漂っていたように思います。入学後半年くらいの間に座学中心の講義を終え、早くも秋口には戴帽式を迎え、臨床の現場での実習訓練が教育課程の大半を占めます。


HNUR3


そして、看護師の国家試験を受け、合格すると目出度く「正看護師」となります。今頃皆さんは、それぞれの現場において責任ある立場で張り切ってお仕事をされているものと思います。





ナイチンゲール(Florence Nightingale, 1820-1910) と言えば、若い時にクリミア戦争に従軍看護婦(当時はそのように呼ばれていましたので)として参加し、その時の献身的看護のエピソードがあまりにも有名なため、幾分か彼女の本当の功績が薄れてしまった感があります。もちろん従軍中の働き振りも称賛に値すべきものと思いますが、それよりもロンドンに帰国後、聖トーマス病院内に看護の専門知識を授けるという意味において初の本格的看護婦(師)養成学校を設立したことこそが彼女が残した一番大きな業績と言えましょう。それまで女性は家庭の中に納まるべきものとした風潮が当たり前の時代にあって、自立した職業としての看護婦(師)の地位を確立したわけです。その後、同様の看護学校がイギリス各地に設立され、今日のイギリスにおける(あるいはそれに範を得た世界の)看護教育の礎を築き上げたと言われています。


HNUR2


改めて彼女の肖像写真を拝見しますと、いかにも意志が強そうな凛々しく知的なお顔が印象的で、そこはかとない気品を感じさせます。


[偶然ですが、ナイチンゲールと同じような道を歩まれた何人かの優れた看護師の方々と近くお会いするという話があったものですから、ふと、この話題を取り上げてみたくなりました。]





今日の音楽は、ポーランドの作曲家ヴォイチェフ・キラール(Wojciech Kilar, 1932-2013) の映画音楽「The Portrait of a Lady」(1996年公開)から「Flowers of Firenze」です。


何故かって? それは書かなくてもお分かりになりますよね。そうでない方には、謎解きのお楽しみということで。(^o^)





Copyright © クラシック音楽の深い森. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。