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一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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久隅守景展
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管理人、ただ今、日本に居ります。たまたま日曜日の朝、テレビを点けたら、丁度東京のサントリー美術館において『久隅守景展』が開催されており、その特集番組を放映していました。彼の作品が纏めて鑑賞出来る絶好の機会ですので、早速六本木の東京ミッドタウンに行ってみることにしました。


テレビで放映された直後ですから、さぞや館内は人でごった返しているかと思いきや、意外にそれ程でもなく、ゆっくりと鑑賞をすることが出来ました。展覧会の見どころを簡潔に解説してくれた学芸員の方による30分程度の講演会も、非常に分かり易く、足を運んだ甲斐がありました。


当ブログの読者の中で、久隅守景って一体誰?って思われる方がいらっしゃるのも無理はありません。江戸時代初期の狩野派の中で最も嘱望された絵師でありながら、その生涯には謎が多く、生没年についても全く詳細が分かって居りません。詳しくはご自分でお調べになって頂きたいと思いますが、生年はほぼ17世紀の初め頃、寛永から16世紀の終わり元禄時代まで活動したことが分かっています。師は狩野探幽(1602-1674)。守景について不明な点が多いのは、探幽の姪と結婚し、一男一女の子を授かったものの、やがて子供たちがそれぞれに一門の中で問題を起こし(息子彦十郎は吉原通いが高じて狩野派から破門され、最後は門人との間で諍い事を起こした罪で佐渡に島流しにされ、娘は清原雪信の名で女流絵師としての名を上げるものの、狩野門下の塾生の一人と駆け落ちをしてしまう)、その責任を取って狩野派を離れたために資料が極めて乏しいのがその理由だそうです。守景の代表作は、展覧会でも出品されている国宝『納涼図屏風』。


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この屏風絵は、木下長嘯子(桃山から江戸初期に生きた武将、木下勝俊(1569-1649)の歌人名)の和歌
「夕顔の さける軒端の下涼み 男はててれ 女はふたの物」
を題材にした作品であろうと言われています。ちなみに、「ててれ」とは晩年に守景が過ごした加賀藩(現石川県)金沢辺りの方言で襦袢のことを意味しており、「ふたの物」とは腰巻のことを指しています。満月が出ているとある夕べのひとときを、夫婦と子供が夕顔のつるが延びる軒端の下でのんびりと涼んでいる様子が描かれています。


その屏風の一部を拡大すると、下図のようになります。


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質素な生活でありながら、何と平和で幸せそうな一家の様子ではありませんか。この絵の解釈として、狩野派の中で最も実力がありながら、その一門から身を追われるように去らなければならなかった守景の不遇な人生を振り返り、現実には得られなかった理想的な家族の夢を描いたものとする説もありとのこと。しかし、管理人にはそのように屈折した捉え方をするよりも、純粋に歌の通りの情景を描いたのではないか、つまり別の言い方をすれば、守景の心象もきっと最後はそのような安寧の境地に至っていた気がしてなりません。展覧会は来月29日まで開かれているとのこと。他にも守景の優れた作品を多数鑑賞することが出来ます。長閑なひとときを過ごされてみては如何でしょうか。





展覧会を楽しんだ後、管理人にとっては何年か振りの六本木界隈です。少し散策することにしました。東京ミッドタウン周辺はお洒落なお店が一杯です。そして何気に眼に入った暖かそうな冬のコートの正札をひっくり返して見たら、何と33万円!!! その横に展示したあったお洋服も16万円!!! ショーケースに入っている特別な商品でもないのにですよ。東京って、そんな高価なものが普通に売られている程にセレブの人たちが沢山いる街なのでしょうか。守景の描く庶民的で質素な絵に心が和んだ直後でしたから、余計にビックリしてしまいました。





今日の音楽は、Andre Gagnonの「Les Jours Tranquilles」 です。




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新しい水平線
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NASAの太陽系外縁天体探査機「New Horizons」の情報サイトに掲載されている様々な写真から選びました。冥王星の衛星カロンです。なお「New Horizons」は、下記の赤字のところをクリックすると見ることが出来ます。この中のメニューMissionsから「New Horisons to Plute」をクリックすると、少し下の方にこの写真が出て来ます。

https://www.nasa.gov/mission_pages/newhorizons/

「New Horizons」は2006年1月19日に打ち上げられました。其れから約10年近くたって、ようやくいわゆる太陽系外縁部の冥王星(Pluto)に到達したことになります。これまで撮影されたどの惑星や衛星の写真も驚くことばかりですが、この写真も随分と興味深いものです。衛星のほぼ半周の長さがある巨大な谷、そして上部の方には火山の痕跡なのでしょうか、あるいは隕石が衝突した跡なでしょうか、茶色に変色した広大な高原らしき地形が見られます。サン=テグジュペリの『星の王子さま』の中でいろいろな星の絵が出て来ますが、その中の一つが現実として現れたような気がします。


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昔々、作品が書かれた時は想像の産物でしかなかったものが、後世になって意外と真実に近いものを先取りしていたことってありますよね。偶然かも知れませんが、もしかすると未来を予見出来ていたのかも知れません。人間の持つ想像力。素晴らしいと思います。






イギリスの作曲家ホルスト(Gustav Holst, 1874-1934)が作曲した人気作品、組曲『惑星』には、火星、金星、水星、木星、土星、天王星、海王星の7曲があって、冥王星が無いことはよく知られた事実です(何故か地球は初めから作曲されませんでした)。しかし、これはやむを得ないことであって、作曲された1916年当時、未だ冥王星の存在が知られていなかったのです。冥王星が発見されたのが1930年。この結果、太陽系には9つの惑星があると誰もが信じることになりました。ホルストとしてはこれは大変な心残り。弟子による補筆も含めて、何とか冥王星を8曲目として作りたかったようでしたが、結局彼の生前には完成させることが出来ませんでした。


冥王星を完成させたのは、それから大分経った西暦2000年、ホルストの研究家でホルスト協会の理事でもあったコリン・マシューズ(Colin Matthews, 1946-)という人物の手によるものでした。マシューズと聞いてもピンと来ないかも知れませんが、アーノルド・ウィットールやニコラス・モーに作曲を師事しており、マーラーの交響曲第10番の全曲版を完成させたことでも有名です。従って今日、ホルストの『惑星』と言えば、8曲目の「冥王星」を加えた『惑星』と、従来の7曲だけから成る『惑星』の2種類があることになります。どちらが良いかは人により様々ですが、先ずは「冥王星」をご存じない方のために、どんな音楽か、ちょっと聴いてみましょうか。





皮肉なことに、冥王星の公転軌道が他の天体とは異なり変則的であること、星自体の大きさが小さいこと、また最近の研究により冥王星の外側にも太陽を中心として公転する小さい天体が複数存在することなどが次々と判明し、そもそも惑星とは一体何かという用語自体が再定義されることとなり、冥王星はもはや惑星からは除外することが2006年の国際天文学連合の総会によって決定されることとなりました。敢えて冥王星を加える必要が無くなってしまったわけです。従来通り7曲だけの『惑星』の方が、作品としてもまとまりがあって優れていると管理人などは思うのですが、如何でしょうか。


それにしても「新しい水平線「New Horizons」とは良い名前を付けたものです。水平線の彼方には、未知の新しい世界が待っています。そして新しい知識が得られます。Horizonsと複数になっていることがミソです。身の周りの小さな事柄に、くよくよ、めそめそすることなど馬鹿らしいほどに、世界(宇宙)は限りなく広いです。


自己批判
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Il est bien plus difficile de se juger soi-même que de juger autrui.

[じぶんをさばくほうが、ひとをさばくよりも、はるかにむずかしい。]





当ブログの管理人、英語は日常的に使うこともあり、あまり不自由は感じません。ところが、フランス語がまるで駄目です。先日も仏語で書かれたメールが何通か届いたのですが、辞書を引き引きの悪戦苦闘でした。時間を見つけては初・中級レベルのテキストをひも解いて復習するのですが、少しも上達している感じがしません。そんな時、独学でも楽しく学習できそうな良本を見つけました。

これです。↓


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大好きなサン=テグジュペリの「星の王子さま」の原文テキストから要所要所の文章を取り上げ、フランス語の初心者レベルを念頭に、文法をやさしく解説しながら読み進められるように工夫してあります。和訳と英語訳の「星の王子さま」については既読でしたから、次は何とか原文で読みたいと取り掛かったものの、全くの独学ですから基礎がまるでなっていません。それで、開始早々に挫折していました。この本をきっかけに、たとえ時間が掛かっても最後まで読み通したいと思っています。




ところで、戦後最長の通常国会が先日閉幕しましたが、その際に首相が行った安保法案に関するコメントが気になりました。「本法案の可決により、極東の某国からのミサイル攻撃に対処する道筋が出来た」と、彼の本音が思わず漏れ出ていたからです。国会開会中の審議では、専らホルムズ海峡など中東地域における治安維持活動を想定して、日米の共同軍事行動中に起こり得る様々な事態について細かい議論がなされましたが、それは管理人が思うに本質的な問題ではなく、(首相・政府サイドが真に念頭に置いていたものは)本当は東・南シナ海や日本海など日本近傍のアジア地域が最大の関心事な筈と思っていました。しかし、尖閣諸島や南沙諸島(スプラトリー諸島)を例に挙げたのでは余りに至近過ぎて、うっかりしたことを言うと近隣諸国を刺激するために、敢えて遠方の中東を取り上げて争点をぼやかそうとしたのは明らかでした。ところが、民主党を始めとする野党各党は、万が一PKOなどで派遣された自衛官が誤って民間人を撃ってしまったら一体誰が責任を取れるのかなどと、重箱の隅をつつくような微細な事項にばかり拘泥し(いずれも重要な問題ではありますが)、結果的にはまんまと相手の思うツボの質疑応答に終始して、貴重な審議時間を浪費してしまいました。確かに政府与党側の答弁は、準備不足の状態で法案が提出されたこともあって、お粗末の一語でした。そのため、民主党などは相手の答弁の不整合性を指摘しては、「してやったり」とぬか喜びしていたように思われます。しかし、そうした(本質を外れた)議論と応酬により時間が経過してくれれば、十分な審議時間は取った筈と後で強行採決の理由として主張できるから、実は首相らは裏で笑みを浮かべていたことに、野党側議員の誰もが気付いていないように思われました。議会で圧倒的多数を占めているという事実があるからこそ取れた、与党側の巧妙な戦略です。しかし、今更そのようなことを言っても遅きに失します。そもそも、このような事態を許したのが、他ならぬ国民自身であったことを自戒しなければなりません。


それにしても、今国会で最も嘆かわしかったことは、法案が可決したか否かよりも、各議員一人一人が(党の方針とは独立に)自分が正しいと信ずる評決行動を取らなかったことにあります。勿論、所属党からの縛りがあることは百も承知です。しかし、米国の議会の場合、所属する党派が共和党であるか民主党であるかに依らず、時にはその党の方針に逆らってでも反対党の側へ票を入れることがあり、それが許容される風土があります。各議員にはその選択の権限が選挙民から信託されているとの認識が浸透しているのですね。重要な法案の場合、特に自民党の各議員は、自分の保身からではなく、国民の未来を背負っているという意味で、政治生命を賭けた判断をしてもらいたかったです。今国会の安保法案に関して言えば、そもそも先の選挙の公約でも何でもなく、民主党から政権奪取後の世論の動向を見て、憲法第9条の改正やそのための手続きとしての第96条を改正するのは余りに時期尚早と判断した結果、ある意味極めて唐突な新法案提出へと路線変更したものでした。タイミング良く米国政府から軍事費軽減のため我が国にその肩代わりの要請があったことも、それに乗ずる絶好のチャンスと政府与党は考えたのでしょう。このように降って涌いたような法案ですから、大多数の国民にとって十分な理解と賛同を得たものでないことは明らかでした。その事実を冷静に分析、そして受け入れていたのなら、たとえ自民党の議員であったとしても、反対票や、少なくとも棄権の行動を取る者が現れても不思議はない状況にあった筈でした。それにも拘わらず、皆が皆、右へ習えをしてしまいました。現実の状況を黙殺し、ただただ保身的行為に走ったことは、我が国の議会史において、第2次世界大戦へと突入した時と並んで、いやそれ以上に恥ずべき歴史的瞬間であったと管理人は断言したいと思います。


なお誤解が無いように明言しておきますが、管理人は自衛隊員等が国外派遣されることに一切反対しているわけではありません。これからの世界平和の維持と構築のために、紛争地域にPKOなどで武器を所持した自衛隊員を始めとする特殊訓練を受けた人員を派遣することをいつまでも躊躇していられる時代では既にないことを、総ての国民は認識・覚悟しなければならないと思っています。血を一滴も流すことなく、安全だけは欲しいなどと悠長で甘えたことを言ってられる国際情勢ではありません。日本人が犠牲になるのは大問題で嫌だけれど、他国の人なら大騒ぎすることではないから、見て見ぬ振り。そのような姿勢では、やがて世界から冷たい眼で見られるのは必定です。


紛争地域にある大使館を中心に勤務されている、とある先生とお会いした時のことです。通常のお仕事と言えば、館員や在留邦人などの健康管理のお世話をすることが主な職務なのですが(他に情報収集なども)、紛争当時国ではそもそも在留邦人の数が極めて少ないです。従って普段の仕事と言えば、「アジア人と思しき死体が昨日戦闘があった道路の際で見つかったが、日本人かも知れないからちょっと来て見て確認してくれ。」というような連絡が他の国の外交官から入る度に、危険を承知で現場に駆け付け、日本人かどうかを確認することばかりとのこと。「いざ現場に行ってみると、大概はアジア人ですらないことがほとんどで、それでも遺体の損傷が激しい場合にはDNA鑑定のためにその一部を検体として採取する。そんなのが日常の仕事だよ。」と何食わぬ顔で話されていました。「武装団に襲われたり、銃撃に遭ったことはないのですか?」と尋ねたら、「自分の後方数メートルの所に爆弾が落ちたことはあったけれど、幸いこれまでに怪我は無かったねぇ。」と、これまたまるで他人事のように飄々と話される落ち着きぶりに、唖然となりました。他でもない管理人自身も、仕事上の必要性から、未だ紛争が収まらない地域に現地の人たちと一緒に足を踏み入れたことが(時々)ありましたが、危険性の程度が違います。それでも、ある国で真っ暗闇の中、鉄条網に囲まれた国連PKO軍のキャンプの目の前をノロノロと四駆で走った時はさすがに心臓がバクバクした経験があります。紛争地域の前線とは、そうした一瞬即発の危機があるところであり、突発的事態は予測不能なのです。我が国は「平和ボケ」と言われて久しいですが、もはや由々しき事態が現実として発生することは時間の問題かと思われます。


今国会は閉幕しましたが、特に解散の兆候もなく、来年の参議院選挙まで国政選挙はありません。圧倒的多数の議席を背景に、例えばマイナンバー制の導入など、これから益々国家統制を是と考える人たちが日本をリードしようとしています。本当にこのままで国民の皆さんは良いのでしょうか。後で後悔しても始まりません。どこかでこの狂気の連鎖を断ち切るべきなのではないでしょうか。






今日の音楽、自己批判が余りに厳しかったため、ほとんどの自作品を破棄した結果、世に残された作品が極めて少なくなってしまったフランスの作曲家ポール・デュカス(或いはデュカ)(Paul Dukas, 1865-1935)のピアノ・ソナタ 変ホ短調(1899-1900年作、出版は1901年)をご紹介したいと思います。普通は「魔法使いの弟子」1曲だけが有名で、他の作品はと問われても殆ど答えられないのではないでしょうか。本ブログでは、かなり以前に彼の交響曲ハ長調を取り上げたことがあります(2007年6月3日の記事)。彼の唯一のピアノ・ソナタ。全4楽章から成る全曲演奏に四十数分余りを要する大作で、古典的ソナタの形式を取りながら、その内容は独墺の先人たちによるどの作品とも異なり、デュカスの個性が如何なく発揮されています。同じフランス人であるフォーレ(1845-1920)晩年の内省的なピアノ作品群がやや似た印象を与えますが、実は作曲年代から言うとこちらの作品の方が先に世に出ており、むしろフォーレの先取りとも言える重厚さと渋みに溢れた傑作です。最後の第4楽章を除いて、ちょっとだけ聞いただけでは分かりやすい美旋律や派手な技巧による華麗さが全くない曲ですから、馴染むまでには何度も聴き込まないと理解しづらいかも知れません。が、もしもこの曲の中に内在する確固とした信念とも呼べる真髄に触れることが出来たなら、あなたにとって古今の有名作曲家らの残した傑作と共に、一生の宝となる音楽であろうことを固くお約束致します。ポール・デュカスが誕生したのは、丁度ピッタリ150年前の今日、1865年10月1日のことでした。





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