一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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目くらまし
GIG1


首相のロシア訪問(北方領土返還問題とシベリア開発との交換条件が主な話題か?)、パナマ文書の(一部)公開、そして間もなく伊勢志摩サミット、オバマ大統領の広島訪問、その後には参議院選挙(おそらくはダブル選挙と思われる)・・・ と、将来の日本および世界の政治社会に関して大きな影響を与えるであろう重要イベントが相次いでいます。そんなさなかに、某知事の公費使用に関する疑問の数々が報じられ、ご本人は相当な事前準備をかけて釈明会見に臨んだものの、そもそも公人としての金銭感覚がずれていることが批判され、ほぼ同時期に(こちらは前知事が就任していた時の出来事でしたが)オリンピック招致に際して国際陸連の関係者に相当額の金銭が送金された事実が発覚するなど、このところとあるメディアによる報道リークに端を発し、当事者の進退にまで発展する(であろう)ニュースが世間を賑わしています。


国民の中には、唖然とするもの、大いに怒りを覚えるもの、そんなことは(ないに超したことはないが)あっても不思議はないと比較的寛容なものなど、様々な意見・反応が表れています。確かに、それぞれの事象に対して、個々人が自由に様々な意見を持つことは大事なことで、そのこと自体は何の問題もありません。しかしながら、管理人が最も怖れていることは、それらの意見・反応が一時的なものに終わり、本当に重要な判断事項を前にした場合、関心やエネルギーが失われ、本来発揮されるべき正しい注意力と判断力が薄れてしまうことです。政治家の中には、あまり表舞台には顔を出さないけれど側近に非常に知恵が働く人物が付いて居ることがあり(それが政治家本人の場合もあります)、こうした社会的エネルギーの集積や分散にはリズムがあり、大きく盛り上がった反対運動でさえも必ずしも長時間は持続しないことを計算した上で、深謀遠慮に重要な案件をひっそりと押し進める恐るべき強腕なタイプがあります。


こうした人物がリーダーになっている時や、次期にその可能性が高い地位に付いている場合には、極めて要注意です。大衆の一般的反応を読み、時にそれに迎合するふりをしながら、本当の狙いから世間の眼が離れるように仕向けることを巧妙に行うからです。中国漁船による尖閣諸島周辺海域への領海侵犯事件と、その後のだ捕・釈放を利用して、安保法案可決に至る一連の政治的動きなどは実に綿密な計画の下に進められた感があります。これからは憲法改正に向けて、消費税の10%アップの延期問題や、オリンピックに絡んだ様々な疑惑・問題などを恰好の取引や目くらましのための材料とすることでしょう。そのためにダブル選挙を実行すべきか否か、首相とその側近(ら)は(あらゆるセンサーを動員して)密かに機を伺っていることは間違いありません。私たちは、その場その時に議論となっている出来事に一喜一憂して大騒ぎするのではなく、長期的展望の中で日々起こる出来事・議論に注視し、できればその論議に直接参加し、各種マスメディアによる報道についても真に受けず(特に大新聞は時の政権に最終的に迎合する傾向があります)、その真偽を十分に精査しながら、自分自身の確固とした意見を継続して表明しなければなりません。


5月15日と言えば、古くは5.15事件が起こった日。比較的新しいところでは、1972年沖縄が返還された日を記念して、その後5.15平和行進などの運動が記憶されます。血気に燃え、多大なエネルギーを注ぐことは社会変革には必要なことではありますが、正しい方向へ向かうためには、それ以上の冷静さと継続的エネルギーが必要とされます。





少々お堅い話をしました。次の動画でも見て、気分転換など為さってお楽しみ下さい。この楽しい音楽と例のあのトリック(このブログでも以前、別な曲を背景に撮られた古い動画として紹介したことがあります)、大変気に入っています。






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艦上戦闘機
ZFT1


父の遺品である写真アルバムの第一ページには、「昭和17年納入記念 海軍艦上戦闘機○○○号」との添え書きがある古いセピア色の写真が貼ってありました。正確に言えば、かつて管理人が子供であった頃には確かにそこに戦闘機の雄姿の写真がありました。しかし、その後長い時間の経過の中で、いつしかその写真は失われ、今では写真が剥ぎ取られた形跡だけが残っています。


リアルタイムで父が上記の出来事に関わっていたとは、年代から見ても疑わしく、何故そのような写真があったのか長い間謎でした。それがある時、父が勤めていた会社のことを少し調べてみる内に意外な事実が判明して来ました。


このブログでも管理人が小さかった頃の出来事を少々書きましたように、小学生の頃は一家で父が勤めていた小さな町工場の中の6畳一間に住み込んでいたのです。会社の主な業務は一般塗装で、様々な物品の表面を研磨し、必要なものはメッキし、吹き付け塗装をしていました。仕事の性質から、いつも工場内には有機溶媒の臭いが立ちこめ、粉塵が充満しており、朝から終業時まで大きな機械音などもして、今からすれば最悪の生活環境であったのではなかったかと思います。


しかし、当時の私はそれを気にすることもなく、会社の従業員の皆さんから(時には社長さんからも)マスコットのように可愛がられ、会社の敷地全体を我が家のように遊び場として毎日遊び動き回っていました。ところが、この会社の経営状態は思いの外悪かったようで、記憶する限りでも年々従業員の数が減少し(記憶が残る最も古いもので30人余り)、中学校に進学した頃は20人を割っていたように思います。そうした中、父もその会社を辞め自分で仕事を始めるようになり、いつしかその会社は別の同系会社に併合され、やがては倒産したという哀しい事実だけが耳に届くこととなりました。こうした時代の流れに翻弄された元従業員たちの貧しい生活とその後の苦難に満ちた人生は、実際に自分の眼で目撃しましたし、また元同僚同志として音信があった父からの話を通じて、まざまざと記憶に残っています。昭和から平成にかけて、日本が驚異的に経済発展した蔭にどれだけ悲惨な運命に追いやられた底辺の人々が居たことか、思い返す度に胸が締め付けられる思いが致します。


そんな裏さびれた町工場の記憶ばかりの会社ですが、驚くことに戦前から長く続く会社であり、最盛期はおそらく200人以上の従業員を抱えるちょっとした中企業であったことが明らかになりました。それは社名にも表れていて(ここでは実名を臥せさせて頂きますが)、単なる一般ペイントをする塗装会社ではなく、「特殊塗料」の開発をする会社です。もっとも「特殊塗料」と言っても、何のことを指すか分かり辛いですよね。ありていに言えば、軍用の航空機や車両・船舶のための塗料を作って塗装する会社だったのです。冒頭に述べた艦上戦闘機の写真は、そうして納入した製品の写真で、それを会社が記念として一部もしくは全員の従業員に配り、それを父が何らかの経緯でもらい受け、アルバムに貼って残していたというわけです。


写真の現物が残っていないため、それが何という戦闘機であったのか、正確には分かりません。しかし、微かに残る機体形状の記憶と様々な資料を照らし合わせた結果、それは零式艦上戦闘機、つまり通称「ゼロ戦」と呼ばれたものではなかったかと推測されました。


管理人は、時々特攻隊に関連した記事や音楽をこのブログの話題として取り上げて来ました。決してあの戦争を賛美するものではなく、むしろその正反対の立場を取るものではありますが、ともすると誤解を受ける印象を与えたかと反省することもありました。思うに、特攻隊やそれに関連する話題に限り、ある種特別の感情が込められたのは、ひょっとすると上記の個人的な思い入れがノスタルジーと相俟って無意識の内に表れたのかも知れません。今年中に、鹿児島に行く用事がありそうです。その時に何とか時間を作って知覧の平和会館を訪れてみたいと思っています。






今日の音楽、映画「永遠の0」の映像を背景にした「思い出よありがとう」です。この映画も、それから零式戦闘機の設計者を描いたと言われるアニメ「風立ちぬ」も、相変わらず多忙のため観てはおりません。しかし、この音楽は本来の主題歌ではないにも拘わらず、非常に映像とマッチしており、それを聴くだけで作品の言わんとすることが胸に深く響く名曲・名唱ではないでしょうか。







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