FC2ブログ
一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

再び機上の人に
AMA1


当ブログをご訪問の皆様、いつもご覧頂き有り難うございます。また初めての方も、残暑厳しき中、何らかのご縁でこちらに到着されたのでしょうから、お時間のある限りお寛ぎ頂き、よろしかったら又お出で下さいませ。


さて、リオ・オリンピックも残すところ後僅かというこのタイミングで、非情にも出張命令が下りてしまいました。しばし日本生活をエンジョイしていましたのに。テレビ観戦で、そうでなくとも時差ボケ生活になっていましたのが、その予兆になるとは・・・。


ヨーロッパの夏の夜は短いです。夜9時というのに空は未だ明るく、早朝の3時を回れば、もう明るくなってしまいます。一体いつ寝たら健康的な生活が出来るのやら。それでもエアコン無しでは眠りに就けない酷暑の日本より少しだけ涼しい国へのお仕事ですから、それだけが救いでしょうか。閉会式を観れないのが、返す返すも心残り・・・。それにしても今回のオリンピック、日本選手の活躍がスゴイです!皆さん、素晴らしい成績を挙げました。そしてメダルを取った選手からは勿論、惜しくも取れなかった選手からも、多大な感動を頂きました。開幕してからほぼ毎日、眠い目をこすりながらも、それに余りある感動シーンをたくさん観させて頂きました。余りに数多く、敢えてこれとは挙げませんが、とにかく大きな勇気をもらいました。有り難うございます。


今回は日本に居た御蔭で、北京大会以来、実に8年振りに大方の競技をテレビ観戦出来ました。前回ロンドン大会の時は、開会式以外、ほとんどテレビ放映がなく(そもそもメダルをほとんど取ったことがない国に居りましたので)、結果はネットのニュースで知るばかり、男女のサッカーを除いて全く蚊帳の外でした。次回東京オリンピック、はたして管理人は世界の何処で観戦出来るのでしょうか???(そもそも、それまで雇用してもらえるのか否かすら不明なのに・・・汗)





ところでインフライト・ミュージックの中に交響曲第26番が流れていました。皆さん、「交響曲第26番」と聞いて作曲者が誰か直ぐにピンっと来ますでしょうか? 
モーツァルト?それともハイドン?ひょっとしてミヤスコフスキー?まさかのセーゲルスタム?(笑)
誰であれ、曲の冒頭がどんな曲調か頭に浮かびますか?


本ブログでは、取り上げることが極めて珍しい作曲家、この作品をちょっと鑑賞してみようではありませんか。管理人は久し振りに新鮮な気持ちで聴くことが出来ました。





スポンサーサイト

最後の特攻隊と緑十字機
CTN1


昭和20年8月15日午後5時頃、第5航空艦隊司令長官 宇垣纏 中将 (当時55才)を乗せて第701航空隊飛行分隊長 中津留達雄 大尉 (当時23才) が操縦する艦上爆撃機「彗星」など11機が、九州大分飛行場を離陸した。向かった先は、既に米軍によって次々と上陸占領されていた沖縄方面である。翌朝、沖縄本島に近い(北方約40kmに位置する)伊平屋島に駐留する米軍キャンプ近くの岩礁に衝突していた機体が発見され、中から飛行服を身に付けていない1体を含む3名の遺体が収容された。


同日正午には昭和天皇によるポツダム宣言受諾の玉音放送があった後、まるでそれを無視するように出撃した、いわゆる最後の特攻隊である。宇垣中将としては、多くの若者に対して特攻命令を下したにも拘わらず無残にも敗戦に至った責任を感じ、自らの死に場所を探そうとしたのであろう。通常、操縦士と偵察通信員の2名が定員の「彗星」に、飛行服を着用することなく(実際、彼は操縦も通信も出来なかった)自分も一緒に出撃すると言い出し、1番機の操縦士と偵察通信員の間の狭い空間に無理やりまたがりながら離陸を命じたのである。沖縄までの飛行数時間の間に敵であるアメリカ軍に対して一矢を報いたいと米軍の艦船を探索するも、既に薄暗くなり始めた眼下の海面にそれらしき目標を見つけることは至難であった。そうこうする内に、沖縄本島の北方に位置する伊平屋島の上空を飛んだ時、時あたかも戦勝を祝って煌々と点けていた米軍キャンプの灯りを宇垣中将らは眼にすることとなった。思うに、そこを目掛けて「突入せよ」と、宇垣中将は号令を掛けたのであろう。


一方、この出撃が宇垣中将の自分本位な感情による死出の旅路であることを察していた隊長の中津留大尉にして見れば、米軍キャンプに爆弾を抱えたまま突入すれば、真珠湾攻撃のだまし討ちを再び犯したようなものである。ましてや、戦争終結の玉音放送を聞いた後であるから、天皇陛下のご意志にも反する卑劣な攻撃行動として、中将の命令にそのまま従うわけには行かない。かと言って、命令に強く逆らえば、彼は操縦席の直ぐ真後ろに座っているので、尋常なことで済む筈がない。中津留大尉が取ったであろう一つの決断は、中将の命令に従ったかのようにキャンプ目掛けて急降下しながらも、突入寸前に操縦桿を左に切り、その手前の海岸線にある岩礁に意図的に機体を衝突させたのではなかったかとの推測が、(後の状況から)為されている。何故なら、1番機がわざと目標を外すように舵を切った意図を察知したかのように、後続の2番機も海中に墜落し、結果として米軍には何らの被害も与えなかったからである。(注. 全11機が大分飛行場を飛び立つも、内3機が機体の整備不良などにより、沖縄に到達する以前に不時着を余儀なくされている。また伊平屋島に到達した2機と不時着した飛行機以外の機体は、沖縄海上のどこかで散華したものと推測されている。)




この最後の特攻隊についての秘話は、戦後になって城山三郎氏が「指揮官たちの特攻」という作品の中で、史上最初の神風特攻隊を指揮したと言われている関行男大尉(死後、2階級特進で海軍中佐となる)と共に、両者の数奇な運命を相対比しながら紹介したことにより、一般にも広く知られることとなりました。この作品です↓。


CTN2


この最後の特攻隊に関する諸事実については、以下のサイトに種々の写真・詳細な資料と共に紹介されています。


http://www.okinawa-senshi.com/last-kamikaze.html


ちなみに、このサイトの作成者によれば中津留大尉たちが突入直前に目標を意図的に回避したのではないかとの城山説に疑問を呈しており、それ程の操縦技術は無く、暗闇の中、地上の状況がよく見えないまま、周辺に停泊していた米国艦船などを目掛けて突入した可能性が高かったのではという解釈を採用しています。また宇垣中将は確実に終戦を知っていた筈と認めるものの、隊員たちが当時の状況を正確に把握していたかどうかは不明とも述べています。城山氏がそうあって欲しいとの願望を小説にしたのか、事実はその正反対であったのか、永遠の謎かも知れません。


いずれにせよ、終戦記念日に当たり、あの緑十字機[*]の秘話と共に、日本人として永く記憶に留めておくべき最重要の終戦エピソードではないでしょうか。


[*注. ポツダム宣言受諾直後にソ連の北方領土侵攻を少しでも早く止めたい連合国最高司令官マッカーサー元帥は、降伏文書の早期締結を要望し、進駐軍の受け入れを早急に進めるべく、日米の代表がマニラでその手順について話合いが出来るよう日本政府へ密使派遣の要請をしました。密使が搭乗する機体は、全面を白く塗り、側面に緑色の十字を描くようにとの指示が与えられていました。徹底抗戦を叫ぶ一部の日本陸軍は、本拠を厚木基地に置いており、この「緑十字機」の情報をいち早く察知、見つけたら直ちに撃ち落とせとの命令が友軍に発せられ、木更津飛行場を飛び立った2機の「緑十字機」は決死覚悟の飛行を沖縄まで(そこで米軍機に乗り換え、マニラまで飛び、帰路も同様のコースを辿ろうとするも、予想外の燃料不足により静岡県鮫島海岸に不時着、乗務員らは奇跡的に生存し、合意書と進駐計画の情報を東京に無事持ち帰った)することになります。この事実については、つい最近までごく限られた一部の人にしか知らされませんでしたが、静岡県磐田市在住の郷土史家 岡部英一氏により「緑十字機の記録」として2015年に自費出版され、今年の8月14日にその内容がテレビで放映され、一躍脚光を浴びるようになりました。YouTubeでその番組の映像を視ることが出来ます。]







オバマ大統領の広島スピーチ
OAB1


この写真がどこで撮られたか、行かれたことのある方なら直ぐにお分かりになるかと思います。夜になると、こんな風景になるのですね。


でも、見当もつかないという方のために・・・そこで展示されていた写真を1枚。


OAB2


そう、広島平和記念資料館です。


やはり、8月6日は「あの日」にちなんだ話題を取り上げないわけには参りません。


そして、今年は何と言っても、現職のアメリカ合衆国の大統領が広島を訪れたという特別の年でもありました。オバマ大統領によるおよそ17分間にも及ぶスピーチは、被爆者の方々にとってはもの足らない部分があったかも知れませんが、歴史に残されるべき名演説だったのではないでしょうか。


そのスピーチ、テレビで放映された時も感動しましたが、最近、その全文を掲載した種々の出版物が刊行されています。英語の学習も兼ねて、そのうちの一冊を入手しました。スピーチが収録されたCDも付属しており、改めて演説の素晴らしさに感銘致しました。


スピーチは、以下のように始まります。


Seventy-one years ago, on a bright, cloudless morning, death fell from the sky, and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.


平易な日常の言葉で述べながら、とてつもなくインパクトのある文章です[*注]。


[*「death fell from the sky」という言い方が、原爆を落としたのはお前たち米国であり、その事実に対する責任の所在を曖昧にしており、しかもお詫びの言葉にもなっていない、というのが被爆者の方々からこの演説が批判されている骨子かと思われます。しかし、現職の大統領に対して過去の政治家らの所業に対してそこまでの発言を求めるのは些か酷に過ぎるのではと管理人などは思います。(特に共和党からの広島訪問に対する猛烈な反対を押し切って来られたのですから)来て頂けたことだけでも有り難いことですし、画期的なことなのではないでしょうか。この記事の最後でも触れますが、これからどのような行動を彼が、アメリカ国民が、そして私たちが取るか、未来が重要だと思います。]


改めて全文を読み直すと、実に分かり易い文章で、ところどころ辞書で確認しなければならない単語が出て来るものの、難しい単語などはほとんど使用しておりません。とは言え、流石にネイティブの人が話す英語です。次の表現(言い回し)などは、なかなかノン・ネイティブの人が実際の会話で使うことは至難ではないでしょうか。本当に勉強になります。


[take stock of : ~を吟味する]
They asked us to look inward, to take stock ofwho we are and what we might become.

[set ... apart : ...を目立たせる]
It is not the fact of war that sets Hiroshima apart.

[blind A to B : AにBを見えなくさせる]
How often does material advancement or social innovation blind us to this truth?

[give voice to : ~を言葉に表す]
Mere words cannot give voice to such suffering, ...

[roll back : ~を徐々に縮小する]
An international community established institutions and treaties that work to avoid war and aspire to restrict and roll back and ultimately eliminate the existence of nulear weapons.

[be bound by ... to do : ... によって~するように定められる]
We are not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past.

[would rather that : むしろ~であればよいと思う]
They would rather that the wonders of science be focussed on improving life and not eliminationg it.


他にも種々の表現(言い回し)に関心するばかりですが、大統領のスピーチは次の力強いメッセージで終結します。


The world was forever changed here, but today, the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting and then extending to every child. That is a future we can choose, a future which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare but as the start of our own moral awakening.


何と印象的、かつ建設的な締め括りの言葉でしょうか。オバマ大統領は、この広島での歴史的演説に加え、近々「核実験停止」の決議案を国連の安全保障理事会に提出する意向であるとのニュースが伝えられています。対中国・対北朝鮮政策やシリア・ウクライナ・IS問題などに関して、いささか弱腰の姿勢が見えなくもなかったですが、任期を残すところ僅か数ヶ月になってから、ひょっとすると共和党の大統領が生まれるかも知れない懸念を軽く吹き飛ばすかのように、(かつての米国大統領ならあり得ない)数々の画期的な足跡を残そうとする信念に燃えているように思えます。アメリカ合衆国史上初の黒人大統領ということよりも、むしろその人格・思想内容の面から人々の記憶に永く残る大統領になるのではないでしょうか。


最後に、ホワイトハウスが正式に提供しているオバマ大統領の広島訪問時におけるスピーチ映像をご紹介します。お時間がありましたら、英語の勉強も兼ねて、一度じっくりとお聞きになってみては如何でしょうか。





Copyright © クラシック音楽の深い森. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。