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一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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白い雪と暗雲の行方
WSS1


ドナルド・トランプ氏が1月20日にアメリカ合衆国の第45代大統領として就任しました。


選挙戦中も、また選挙の結果が出た後も、様々な問題発言を繰り返し、彼の強固な支持者たちを除いて、これからの米国と世界が彼の就任によってどのように変わるのか、正に世界の注目を浴びています。前記事に続けて暫くの間、最近鑑賞し感動した美術品について書いてみようかと思ったのですが、それは後日に再開するとして、この歴史的イベントについてブログ管理人の感想を述べてみたいと思います。


就任式の演説内容は、賛否は別としても選挙前から彼が描いていたアメリカ再生の夢を再度明確に示していたように思います。一言で言えば、米国民の雇用と米国の企業・経済を守るためならば内政・外交あらゆる手段を講ずるという決意表明です。国内外の多くの人々はメディアの人々も含めて、トランプ氏がなんだかんだと過激なことを発言していても、それは選挙対策上の戦略であって最終的には無難な政策を取るのではないか、と(期待感を込めて)予想していたかも知れません。しかしながら、この就任演説を聞く限り、彼が当初から主張していた保護主義的政策を本気で実行に移そうと思っていることは明らかです。このことにより、確かにある一部の人々にとっては歓迎すべき状況が出現することになるでしょう。事実、幾つもの巨大企業が彼の意志に迎合すべく、経営計画を変更し、或いはそれを余儀なくされています。大統領選挙における米国民の選択が(たとえ全体の得票数的にはトランプ氏はヒラリー候補に負けていたとしても、州別に割り当てられた選挙人数を決定するという現行制度の上で勝ったのは事実ですから)果たして正しかったのか(良かったのか)否かは、これからの歴史が判断するしかありません。少なくとも日本を始め世界の各国は、この大きな舵取りの変化に対して、これまでの政策や対米姿勢を根本的に見直さなければならないことは確実と思われます。本ブログ管理人は、決してヒラリー氏の当選を望んでいたわけではありませんが、トランプ新大統領の政策ポリシーの方向性が明らかになるにつれ、大きな不安を抱かざるを得ないのが正直な感想です。TPPからの離脱、新たな関税の設定、より強化した国境管理などの政策方針は、対イスラム文化に対する嫌悪感を助長すると共に、アメリカのみならず世界をより緊張感と不安定性に満ちた社会に導くであろうことは確実と思われるからです。たとえ仮にアメリカの経済が一時的には好転したとしても、早晩世界の国々との間で今まで以上のより深い溝が生まれるような気がします。いや、彼が次々と打ち出す施策に対して、国外のみならず当の国内から批判がより一層高まることでしょう。


思えば、近年、世界の各地で自己中心的な政治指導者が好き勝手を振る舞うことが多くなったように思われます。もしかすると、そうした状況は、国家のリーダーに限ることなく、一般の人々の普段の行動自体がそうした傾向になっているのかも知れません。誰もが「社会全体が良くあれ」と口にしながら、心の中では「先ずは自分、そして私の家族(引いては自国民)さえ良ければよい」と思っており、その欲望を無理してまで抑えることをしなくなったような気がします。勿論、自己犠牲をものともせず、他者を助けることを第一義とする人たちが今でも多くいらっしゃることは変わりません。しかしながら、その相対的割合に関して前者が増加する方向にシフトしているように思われてなりません。





累積の海外生活も長くなり、管理人の人生も相当な割合を日本以外で過ごしたことになっています。先進国から極端に貧しい途上国まで様々な国々において仕事をしていますと、日本(あるいはある特定の国)という国とその人々に対する見方が時間と共に変化して行きます。それまで何とも思っていなかった出来事や事象が急に気になり、その真の意味が理解され、その結果時に大きく感動することが多くなりました。種々の芸術品に触れた時など、今まで以上に心が動かされます。単に年のせいかな(笑)とも思えますが、純粋に感受性が高くなっているような気がします。


昨年のオバマ前大統領の広島演説(2016年8月6日の記事)や彼の退任時の挨拶には、お決まりの言葉ではなく、彼の人柄が滲み出る温かさがあり、本当に感動を覚えました。駐日米国大使であったケネディ女史の日本国民に対する離任の挨拶も実に感動的です。








最近、ある少女の歌に嵌っています。彼女の存在自体はかれこれ2年ほど前にネットで見つけて知っていたのですが、その後動画の数も増えて度々そのサイトを開くこととなり、その度毎に感心し、心が癒されています。その少女の名前は、山下ヤスミンさんといいます。既にご存知の方も多いことでしょう。ヤスミンさんはブラジル在住の日系ブラジル人だそうです。従って、普段日本語を話しているのではなく、日本語の歌詞については態々(わざわざ)ポルトガル語に翻訳してもらい、その意味を理解してから歌っているとのこと。以下にご紹介する動画は、彼女がブラジルのとあるテレビ局が主催した、いわば素人参加型の「のど自慢番組」に出演した時の映像を編集したもので、出演した当時彼女は10才! 大変美しい日本語の発音とイントネーション、正確な音程、そして優雅な手振り。実年齢を忘れさせる、まるで大人の女性が唄っているかのような情感たっぷりの歌唱。素晴らしいです! もしも初めての方は、是非彼女の歌をご堪能下さいませ。








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今年は女性が・・・
KAP2
マリー=ガブリエル・カぺ作 『自画像』


昨年末から年を跨いで幾つかの美術館や展覧会などに足を運びました。休日の過ごし方としては極めて贅沢な時間の使い方かも知れません。その中で特に印象に残ったものをこれから順次ご紹介したいと存じます。


冒頭に掲げたある婦人の肖像、先ずは「自画像」というタイトルにビックリ!


作者は女性? 


そうなんです。18世紀後半から19世紀初頭にかけてフランスで活躍した女性画家マリー=ガブリエル・カぺ(Marie-Gabrielle Capet, 1761-1818)が22才の頃に画き上げた作品(国立西洋美術館所蔵)です。モーツァルトやベートーヴェンが生きていた時代と重なっていることを思えば、彼女の独自性・異才性がよく分かるかと思います。彼女はリヨンの貧しい使用人の娘として生まれましたが、1781年、20才になった時、これも同じく女流画家であるアデライード・ラビーユ=ギアール(Adélaïde Labille-Guiard, 1749- 1803)がパリに開いた「女性のための美術学校」で学ぶためにパリに出ることを決意。その2年後に画いた作品がこれです。チョークホルダーを右手に持ち、自信に満ちたほほ笑みを浮かべたカぺの姿は、そのふくよかな肉体や豊かなブロンドの髪は無論のこと、それらを包み込む如何にも肌触りが良さそうな衣装とそれに統一された淡い青色のリボンの質感と合わせて、この画を見るものの眼を奪います。おそらくカぺ自身が相当な美人だったのでしょう。天は二物を与えることがあるのですね。


ちなみに彼女の師匠ラビーユ=ギアールも、特に肖像画を得意としており、その描写力が尋常ではありませんでした。そしてラビーユ=ギアールの画いた「自画像」から判断するに彼女も相当な美人であったという共通性もあります。彼女らが活躍した時代は、1787年、ブルボン王朝に反対する貴族らの反抗に始まるフランス革命の直前に当たり、事実ラビーユ=ギアールらは革命を擁護する立場を取り、いわば女性が社会的自立をする先駆けとなった人物とも言えます。ラビーユ=ギアールは、もう一人の女流画家エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン(Marie Élisabeth-Louise Vigée Le Brun, 1755- 1842)と共に女性で最初のアカデミー会員となっており、フランス革命を経て女性にも広く開放されたサロンを大いに発展させました。カぺは弟子としてその先輩達の系譜を引き継ぎ、フランスのサロンで活躍した中心的人物の一人と言っても良いでしょう。


そう言えば、東京都知事の小池さんが次の都議選に立候補する人材探しのための選考試験を行ったというニュースが流れました。この方も昨年から一気に注目度を挙げた女性の一人ですね。2017年は女性が一段と輝く年になる予感が致します。





作曲家で女流と言えば、現代では多数の著名な作曲者が居ますが、やや時代を遡るとこれが案外男性優位の社会です。例えばシューマン(Robert Alexander Schumann, 1810- 1856年)の妻となったクララ・ヨゼフィーネ・シューマン(Clara Josephine Wieck-Schumann, 1819- 1896)はピアノの演奏家として、また作曲家として19世紀半ばにおいて超有名人の女性でしたが、夫ロベルトとは結婚して暫くは理想的なカップルとして共に活躍するも、同業の悲しさか、演奏家としてのクララに注目が集まる一方、ロベルトは彼女の付け足しのような周囲の扱いに苦しみもがき、結果としては彼が死ぬまで苦しむことになる精神疾患の引き金にもなってしまいました。うーん、女性が活躍するのは良いのですが、なかなか家庭との両立は難しい!


その解決策について論じていると、いつまでもこの記事は終わりませんので、今日は取り敢えずクララの作品を聴いてみましょうか。クララ・ヨゼフィーネ・シューマンのピアノ協奏曲イ短調Op.7。クララが13才の時に着手され、後に夫となるロベルトの助力によりオーケストレーションなどがなされ、約10年余りをかけて1834年頃に完成しました。十分鑑賞に堪える傑作だと思います。





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