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一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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平和記念像
NAB1


長崎にある平和記念像。上の写真は昨年同地を訪問した際に撮りました。8月9日のこの日を迎え、また沖縄の翁長知事急逝のニュースを聞いた上で改めて拝見しますと、普段とは異なった何か特別な感情が込み上がって来ます。


指先は、あの原爆が落とされた天空の一点を指し示しているように思えたのですが、実は爆心地の中心点はこの像の真上ではなく、そこより少し南側だそうです。


NAB2


こちらの原爆落下中心地碑には、「原爆殉難者名奉安」と書かれていました。原爆による死者は落下直後で7万4千人、負傷者は7万5千人と言われています。当時の長崎市の人口が約24万人だったそうですから、その被害の甚大さがいかに凄まじいものであったか、この数字を聞いただけでも伺い知れます。無論、原爆による放射線被爆の恐ろしさはその後にも続いたわけで、こうした後々にまで影響する被害による犠牲者も含めれば、その数は遥かに大きなものとなります。


ところで核兵器禁止に関する日本政府の見解はどうなっているでしょうか。我が国は、宇宙空間、大気圏内、水中、地下を含むあらゆる空間での核兵器の核実験による爆発、その他の核爆発を禁止する『包括的核実験禁止条約』については、1996年国連総会において署名、翌年批准しています。ところが核兵器の全廃と根絶を目的とする『核兵器禁止条約』に対しては、驚くことに反対の立場を取っています。国際社会の至るところで「原爆による唯一の被爆国」と口先では言いながら、この条約に賛同しないどころか反対する、その理由が分かりません。事実、多くの国々が日本は言っていることとやっていることが矛盾していると指摘しており、不信感を表明する国すらあります。


核兵器を既に所有している複数の国が存在している現状では、条約に署名してもその実効性が乏しいというのが政府の表向きの見解のようです。しかし、本当にそれだけが理由でしょうか。あるいは敗戦後、60年以上も米国の核の傘の下に平和と繁栄を保証されて来たという負い目があるからでしょうか。それとも実は、核兵器を完全に禁止すると表明すると(我が国の産業界にとって)都合が悪くなる裏の理由があるからでしょうか。日本の戦後における米国追随姿勢の是非について、ここで論ずるのはいささかテーマが大き過ぎで、本ブログの主旨からも逸脱してしまいます。しかし、特にトランプ大統領が就任してからの首相の米国に対する盲目的追随姿勢を見ている国民としては、他人事ではありません。実効性云々の以前に、どのような社会が理想なのか、その信念の表明こそが大事だと思うのです。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と米国間の劇的な変化を目の当たりにして、そこから蚊帳の外に置かれている現実を経験したばかりではありませんか。過去ではなく将来を見据えて、この条約に対してどのような姿勢で取り組むのか、首相はその姿勢を見せるべきでした。私たち一般国民が一番望むものを国際的に発信する絶好の機会であったのに、それをみすみす見逃してしまっていることが歯がゆくてなりません。


プチ平和の中で、連日様々な団体が個人の都合でいいようにのさばることが許される悪弊が露見するニュースが続いています。総裁選挙にまで、その悪弊が拡がっていることに愕然とするのは私だけでしょうか。あれだけの不祥事や行政文書の改ざんが続き、不透明・不公正な行政判断が行われて来たにも拘わらず、現職の誰もが責任を取らず、居座り続けることが出来るのはいったい何故なのでしょうか。与党だけの話に留まりません。間もなく行われる知事選挙の候補者選びで、野党各党の思惑だけでゴタゴタするのは、本当に止めて頂きたいものです。上からの指令や忖度に拠らず、自分(たち)の意思をきちんと表明すること。それが出来る人に未来を託したいと心から思います。






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