機上にて(3)−乱気流
- 2008/04/26(Sat) -
Atterberg3



飛行機に乗っていて怖いものと言ったら、一に墜落、二にハイジャック・・・。しかし、こういうことをいちいち心配していたら、とても海外へなぞ飛行機で出かけるわけには参りません。

上記のようなケースは特別として、イヤホンで音楽を聴きながら気持ち良くまどろんでいたら、突然身体が空中に浮き上ったかと思うと、ガタガタと機体が揺れ始めてビックリされたというご経験はありませんか。軽い揺れなら、よくあること。かなり激しい揺れに出会うことも、実は珍しくありません。乱気流です。長時間の飛行中には、こうした乱気流はつき物です。揺れ出すと間もなく、座席の上のランプが「ポーン」と点灯して、機内アナウンスが乗客に直ちに着席して安全ベルトを締めるようにと促します。これ、以前は指示通りにベルトを締めなくても、客室乗務員が適当に見て見ぬ振りをすることがありました。ところが、万一乗客が怪我をする事故などが発生すると総て会社の責任となってしまいますから、最近はきちんとベルト着用の確認に回るようで、眠っている人でもかまわず起こされてしまいます。大概は数分間揺れた後に、まるで何事も無かったかのように安定飛行に戻るものですが、稀に性質の悪い乱気流に捕まると、大波にさらわれた小舟のように上へ下へと揺さぶられるスリル満点のフライトを楽しむ(?)ことになります。

これまでの管理人の経験では、アラスカの近くで激しい乱気流に遭遇する確率が最も高く、ロッキー山脈上空や日本海からロシア国境に掛けた空域でも、比較的高頻度で遭遇するように思えます。もしも乱気流に巻き込まれたら、泣いてもわめいても、どうにもなりません。ひたすらその空域から脱出するまで我慢するのみ。不思議なのは、嵐のような大揺れにも拘わらず、窓の外を眺めると快晴なんですよね(笑)。冗談はさて置き、本日は洒落にならなかった飛行体験のお話を少々。


もう何年も前のことですが、管理人がA国に滞在中にB国に用事が出来まして、その帰路のことでした。A国とB国間の国境は、経済体制の違いから事実上封鎖状態にありました。つまり直行便が飛んでいなくて、両国間を行き来するにはお隣のC国を経由するしかありませんでした。ところがC国はC国で問題を抱えており、それまで好き放題をしていた同国の独裁者が人民の反感を買って倒されたばかりという訳で、空港は厳戒態勢の状態にありました。搭乗予定の飛行会社は、C国のナショナル・フラッグ。が、とてもスケジュール通りに飛んでいるとは言い難い貧弱な管理運営状況でした。にも拘わらず早朝にB国を飛び立った最初の便は、C国にほぼ時間通りに到着。しかし、このC国での乗り継ぎが大きな問題でした。

C国某空港への到着は午前9時くらいでしたでしょうか。本来であればお昼前には次の便へと乗り継ぐ予定の筈が、誘導されたロビーで待てど暮らせど、次の便の案内がありません。もちろん古い古いオンボロ空港でしたから、発着予定を知らせる電子案内板という設備も無ければアナウンスも一切無し。もっとも、仮にあったとしても言葉が分からなかったでしょうけれど・・・。

トランジットの記念に空港の写真でも撮りたいと思っても、其処かしこに機関銃を持った兵士が立っていました。こうした時は撮影は無論のこと、カメラを構えるまねだけでも絶対にしてはなりません。たちまち制服の警官か兵士がやって来て、腕を掴まれます。運が良くてもカメラは没収。罰金(袖の下?)で済めば未だ良い方で、ヘタをすれば監禁逮捕されます。(「皆さん、特にご注意を」って、普通そういう国には行きませんよね。)

ひたすら待ち続けて午後の3時頃、さすがにお腹が空いて来ました。ところがロビー内の何処にも、レストランの影はおろか、売店らしきものすらありません。不安と、焦燥と、空腹による怒りが、待たされていた乗客ら全員の顔にしだいに表れて来ました。誰彼と言うことなく、「何か食べるものくらい出さないのか」と空港の係員に詰め寄るも、効果はてんでありません。第一、数十人の乗客を除いて、ロビーから人の姿がほとんど見えなくなっていました。

それから1時間余りして、ようやく食べ物を用意するらしい動きがロビーの一角に見えました。どうやらプラスチックのお皿にパサパサのご飯を盛り付けてスープを掛けただけの、どう見ても犬のご飯が食事のようです。こちらは極度の空腹ですから、もう食べ物でさえあれば何でもいいというのが偽らざる心境。。。 当然無料サービスだと思いお皿に手を延ばしたら、10ドル払えと言う。紙くず同然の現地通貨で払おうとしても、ここは国際空港だからの一点張りで、ドルでの支払いしか受け付けません。何と言うあこぎな・・・と憤慨するも、背に腹は変えられません。泣く泣く虎の子の10ドル札を差し出しました。空きっ腹に掻き込んで食べた犬ご飯。悔しいけれど、その美味しかったことはこの上ありません。もっとも何を出されても美味でしたでしょうけれどね。

さて、お腹の方が少し治まったものの、肝心の乗り継ぎ便について案内どころか何ら遅延理由の説明がありません。とうとう日は落ちて、空港は夜のとばりに包まれてしまいました。結局、次の飛行機がやって来て機内に誘導されたのは、午後の9時近く。やれやれです。長い長いタクシーング[注. 飛行機が離陸までの間、滑走路上で待機していること]を経て、その某空港を飛び立ったのは、それから更に40分程待たされた後でした。これでやっとこさ帰途に着けると思ったのもつかの間、それから本当に恐怖の体験が始まったのです・・・。

離陸して間もなく、約60人乗りの中型プロペラ飛行機の窓の外にポツリポツリと雨粒が見え出したかと思うと、やがて強い雨脚に。飛行機が嵐の真っ只中へ向かって突入していることは、一目瞭然でした。程無く稲光りが走ったかと思ったら、同時にプロペラ機は、上へ下へ、右に左にと、大きく揺れ始めました。まるでジェットコースターに乗っているみたいな気分です。途中パイロットより、「ただ今の飛行高度、海抜約2千メートル」と短いアナウンスがあったけれど、飛行予定航路足下に横たわる山々の高さは、地図で読み取る限り千数百メートル前後です。窓の外は真っ暗闇で、時折雷の閃光が走った時に、プロペラ機は厚い雨雲の中を飛んでいることが知れるばかり。いくら乱気流に慣れている管理人も、ひょっとすると山の斜面すれすれを飛んでいるのではないかと思うと、生きた心地が致しません。機体がスーっと落下する度に、顔面からサーっと血の気が引いて行くのが、自分でも分かるくらいでしたから・・・。 -_-; - -; -_-; - -; -_-; 

2名程いた客室乗務員も機内サービスどころではなく、着席したまま無言です。他に日本人らしき乗客の姿も全く見えず、周囲の誰もが必死の形相です。独りとして席を立つ者はおらず、声を出す者すらありません。ただただ運命共同体として、乗客・乗務員全員が最終目的地に無事到着することだけを祈っていたように思われました。‘Destiny’と‘Destination’とは、よくぞ言ったものです。この体験以来、これら2つの単語が文字通り密接な関係にあることを身に沁みて記憶することと相成りました。この時のパイロットは、おそらく飛行機の安定化に全神経を集中させていたのでしょう。高度を告げたアナウンス以後、一切のアナウンスが途絶えました。山に衝突する危険性を承知しながら、高度を上げれば、より激しい乱気流に巻き込まれて一層の危険に晒されると判断したものと思われます。とにかく後にも先にも、この時程飛行機が怖いと実感したことはありません・・・。

嵐の中の飛行は、何と1時間以上も続きました。もう掌が汗でべっとりです。激しい揺れが治まったのは、A国の空港に到着するほんの少し前でした。窓外の雨脚がしだいに弱くなり、機首が下に向いて着陸態勢に入ったかと思った頃には雨粒が見えなくなりました。その数分後、ドスンといささか乱暴なくらいに激しく滑走路上にランディング。前のめりになるくらい急なブレーキがかかった時は一瞬ヒヤリとさせられましたが、無事着陸したと分かるや否や、(管理人を含めた)乗客全員から安堵のため息と共に、大きな拍手が湧き起こりました。この人間として極めて自然な行為の情景が、まるで昨日の出来事のように想い出されます。

かつて管理人の知人が乗ったジェット飛行機が海上に墜落したことがありました。その知人は着水した瞬間のショックで真っ二つに割れた機体から座席ごと海中に放り出され、全身のあちこちを骨折するという重症を負いながらも、幸いに一命を取り留めたのです。しかし、その時同乗していた乗客の大半は死亡。以来、知人は飛行機だけはもうこりごりと、国内で静かに仕事をされていらっしゃいます。飛行機事故ではありませんが、丁度3年前に尼崎で起きたJRの脱線事故が、ふと頭の片隅をよぎりました。一瞬の気の緩みが、そうした悲劇と悪夢を数多く生んでしまっていることを・・・。


暗い話題はそれくらいとして、本日の音楽は久々に北欧の作品からです。心地良いまどろみに誘われた静寂のひと時が、突如湧き上がった乱気流の嵐によってもみくちゃにされるような展開を持つ、スウェーデンの作曲家アッテルベリ(Kurt Atterberg, 1887-1974)の交響曲第3番‘West Coast Pictures’(1914-16年作)です。表題からお分かりのように、この曲の第2楽章で描かれているStormは本来は海上の大嵐を表現したものですが、大波が暴れ狂って小舟を翻弄する場面の描写が凄いです。そして嵐が過ぎ去った後には、息の長い巨大な旋律の塊りが、まるで全ての負の体験(エネルギー)すら完全に包み込むように押し寄せて、感動の内に大団円の終結部へと向かいます。第1次世界大戦の真っ只中に、こうした並外れたスケールの作品を書き上げたアッテルベリの手腕に、スタイルの古さを超越して喝采の拍手を送る外はありません。

ここにご紹介するCD(cpo 999 6402)に同梱されているアッテルベリの交響曲第6番(1927-28年作)は、米国コロンビア・グラモフォン社がスポンサーとなってシューベルトの死後百周年を記念する作曲コンペにおいて見事第一位に輝いています。これまた全編がシューベルトの舞曲を髣髴とさせる抒情的で美しい旋律で織り上げられており、軽快なリズムに乗せて推進力溢れる名曲でもあります。管理人一押しの名作コンビの1枚、もしもアッテルベリという作曲家をご存知無ければ、是非このゴールデンウィークという絶好の機会にお聴き下さることをお薦め致します。[管理人注. 昨年6月13日の記事で、彼の交響曲第2番を取り上げました。余談ですが、1枚ずつバラでお買い求めになるよりは、交響曲全集(ボックス)を買われた方が断然にお得です。]


Atterberg3


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コメント
-怖い体験をされたのですね・・・-
もう〜読んでいるだけで怖いです!こんな体験したら飛行機に乗れなくなりそうです。でもご無事で何よりでした。これからも事故に遭遇することがないように祈るばかりです。
2008/04/27 22:43  | URL | mimi #-[ 編集] |  ▲ top

-こういうお話なら-
一番怖かったのは、この時のフライトですが、その他にも飛行機がらみで様々な異常体験をしました。次回もそういう類の話題になるかも知れません。請う(?)ご期待(笑)。
2008/04/28 21:56  | URL | RAM #YuxmqlV2[ 編集] |  ▲ top


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