
これも、とある空港で乗り継ぎした時のお話です。カウンターでチェックインして手にした搭乗券の座席番号は比較的若い数字。まずまずの席です。と言いますのは、座席が前の方だと降りる時に待たされることなく早く降機できるからです。入国手続きのため長々とした列に並ぶのはウンザリしますから。そのボーディング・パスを待合室のロビーから飛行機に乗り込む直前地上係員に手渡したら、不可解なことを言われました。
「あなたの席は一応破棄させて頂き、後方に移動して頂きますがよろしいでしょうか。セキュリティー・リーズンのためです。」
「ん? (セキュリティー上の理由って、何か機内に爆弾でも仕掛けられているという情報でも入って調査しようというのかしら・・・怖ろしい・・・)」
ノーと答えるわけにも行かず、訳が分からないまま機内に乗り込むと、驚いたのなんのって。機首に近い搭乗口付近の座席から、中央部の席はおろか遥か後方まで全く乗客の姿が見えず、最後尾にだけ乗客がかたまって着席しているではありませんか。後にも先にも、こんな光景は初めてです。
客室乗務員によると、飛び立つまでは指定の座席に座っていなければならず、無事離陸したら好きな座席に移動してもよいとのことでした。乗客は皆、何が起こるやらと不安な面持ちを抱えたまま、指示通りに安全ベルトを締めました。出発までしばらく時間がありましたが、新たに増えた乗客は僅かに数人。やがて扉が閉められ、そのジェット機は定員の1割りにも満たないまま、夜の闇に向って飛び立つこととなりました。席の移動が許された時に撮った写真がこれです。↓

乗客の姿がほとんど見えないでしょう。本来なら満席に近い筈のフライトが、直前に起こったある出来事のために乗客の大半がキャンセル、それで空っぽの機内と相成ったのです。どうも、そのままテイクオフしたのでは機体がアンバランスで危険なため、それで残った乗客全員を最後尾に座らせて少しでも機首を上に向かせ易くしたという訳。何とも貴重な体験(?)でした。と言いますか、そんな状況下でよくも旅行を敢行したものだと、今思い返しても我ながらあきれています・・・。
-----
この瞬間だった、暴風雨の切れ目に、魚梁(やな)の中の命取りの餌のように、ニ、三の星が輝いた。
彼にもはっきりそれが陥穽(おとしあな)だとはわかった。人はよく、穴の奥に星を三つほど見つけ、これに向かって上って行くが、やがて降りられなくなって、むなしく星を睨み続けるはめにおちいったりする・・・・・。
(ファビアンが操縦する軽便飛行機は、嵐に巻き込まれ、自機の位置が不明のまま以下の緊急電文を発信する)[注*]
「暴風雨の上空三千八百メートルの位置に閉じこめられたり。海上に吹き流されたれば、目下真西内地に向い飛行中。下方は全部雲に閉ざさる。目下なお海上にありや否や知らず。暴風雨内地にもありや。返待つ。」
(地上から軽便機への返電)
「暴風雨は内地全般にわたる。燃料なおいくばくありや?」
「・・・半時間」
リヴィエール[注**}が瞑想する。彼はすでにあきらめている。あの二人の搭乗員は、どこかの夜の中に沈んでしまうはずだ。
・・・・・
リヴィエールは考える、たぶんまだどこかの無電局が彼の声を聞いているはずだと。わずかに今ファビアンを現世につなぐものは、この音楽的な電波であり、かすかな音の高低でしかない。嘆きもない。叫びもない。あるものはただ、かつて絶望が発した最純粋な響きなる、電波だけ。
[注*: 南米パタゴニア地方の南端よりブエノス・アイレスに向けて飛行中の軽便飛行機が、途中桁はずれに巨大な暴風雨に巻き込まれ完全に方向を見失ってしまう。操縦士ファビアンから打った電文が着陸予定の飛行場に待機していた無電技師によって傍受された。]
[注**: 南米からアフリカ大陸西岸部を経由してヨーロッパ大陸の間を結ぶ空路による輸送手段が確立していなかった第1次世界大戦直後の1920年代に、双葉小型飛行機による郵便事業を起こした人物として小説に登場するもう一人の主人公。実在のモデルあり。]
-----
今年になってある全国紙のかたすみに載ったニュースを覚えていらっしゃるでしょうか。その新聞記事によると、『星の王子さま』の原作者として名高いサン=テグジュぺリ(1900-1944)が搭乗していた偵察機を撃墜したのは、実は他ならぬ自分であると、戦後60数年を経て初めて元ドイツ空軍の戦闘機乗りが告白したとあります。
それまでサン=テグジュぺリは、大戦の末期にコルシカ島から偵察飛行に出たまま連絡を絶ち、その後まったく消息が不明となっていたというのが通説でした。もちろん、この告白をしたパイロットも撃墜した偵察機のパイロットが彼であることを自らの眼で確認したわけではないのですが、その告白と残されているサン=テグジュぺリの飛行記録から、どうやら真実であるらしいことは間違いないとありました。世界中の人々の夢を育んだ名作を生んだ作者を、戦争中の行為とは言え、自らが撃ち落したとはとても口に出して言えず、永く心に秘めていたものと思われます。
そのサン=テグジュぺリの『星の王子さま』。この題名を知らない人はおそらく誰一人いないと思われる程に超有名作品ですが、この本をきちんと読まれた方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。原作者は、この作品の着想を自身が30代の頃、軽便飛行のパイロットをしていた時にサハラ砂漠に不時着した体験から得たそうです。内容に関してはご紹介するまでもないでしょう。子供さんだけでなく、大人の人にもぜひ一度は読んで頂きたい童話の名作です。いや、むしろ大人にならなければ、この作品の真価が分からないと言っても過言ではありません。
サン=テグジュぺリの処女作は、『南方郵便機』というタイトルの小説でした。その後に書かれた作品が『夜間飛行』で、上に引用しましたのはそのクライマックス部分の一節です。嵐に翻弄され、どこを飛んでいるか全く不明となった飛行操縦士のファビアンが、活路を見出さんと雲間にわずかに見えた星の光に向って雲上高く舞い上がるシーン。そして郵便輸送のスピードアップのため危険を承知の上、敢えて小型機による夜間飛行という難事業に足を踏み出し、到着予定の飛行機を地上で忍耐強く待ち続けるリヴィエールの懊悩シーン。描かれた両者の孤独にして何人も近寄り難い精神の高貴さに触れた感動は、とても言葉で表現することは出来ません。また限られた短いスペースでは、そのエスプリをご紹介することは管理人には到底出来ません。ただ一つ言えることは、サン=テグジュぺリの『夜間飛行』と『星の王子さま』を併せ読むことによって、人間の尊厳が如何に崇高なものであるかだけは間違いなく深く刻印されたということです。
第2次世界大戦の直後、旧ソビエト連邦ラトビア西部にある小さな町Aizputeに、その作曲家は生まれました。ヴァスクス(Peteris Vasks, 1946-)の孤高にして尊厳豊かな作品は、まるでサン=テグジュぺリが到達した崇高な世界をそのまま音楽として具現化されたものであるような感じが致します。現代音楽ではありますが、決して耳障りな現代物ではありません。その彼のヴァイオリン協奏曲「Tala gaisma (Distant Light)」(1996-97年作)は、まるでファビアンが雲上の切れ目にわずかに見えた遠い星の光に向って飛翔するような孤高の旋律美を持っており、前世紀末を飾る傑作だと思います。ONDINEのCD (ODE 1005-2) が特に優れもので、Vn独奏が絶品。同梱の交響曲第2番共々、素晴らしく崇高な現代管弦楽の調べに、きっと多くの聴き手は圧倒されるに違いありません。
