
大水害の後は中国四川省で発生した大地震。数えられないほど多数の犠牲者が出ているようで、謹んで哀悼の意を表すと共に、今後少しでも生存者が救援されることを祈るばかりです。
転変地異というのは、そう滅多に起こるものではないと思っていましたが、この10年余りを振り返りますと何故かその頻度が世界中で急激に増しているように思えるのは、管理人だけの思い過ごしでしょうか。外国のことであると、つい他人事と看過し勝ちです。せめて救援募金などご協力をお願い致します。
地震と言えば、最近、大地震が重要な舞台装置となっている極めて興味深い話を読みました。辻原登『円朝芝居噺 夫婦幽霊』(講談社)です。
三遊亭円朝(1839-1900)は、皆様ご存知の通り江戸時代末期から明治にかけて活躍した落語界の大名人で、同時に創作怪談噺の達人でもありました。この人の手になる創作物としては、『怪談牡丹燈籠』『怪談乳房榎(ちぶさえのき)』の2作品が残されており、これらは今日出版されていて誰もが読むことができます。円朝独特の語り口がまるで生前の高座を見ているかのように活き活きと再現されて書かれています。
落語と言うとお気楽な馬鹿噺のイメージが強いですが、当時の演芸場で口演されたお噺、とりわけ円朝のそれは噺の組み立てに際して十分に時間をかけて案を練り、登場する人物や時代背景に関しても研究し尽くした上で初めて高座に上げる程に極めて念のいったものでした。ですから聴くだけでなく読んでいても微細な点まで破綻が見られず、あたかも小説作品を読んでいるかのように構成がしっかりしています。未だ録音機器など無い時代に、どうして高座という語り芸術がさように正確に記録されて活字になったのでしょうか。
実は円朝がまだ高座に上っていた晩年、発声された言葉の音節を線や点などの記号で瞬時に記録する近代的速記法というものが西洋より我が国に紹介され、それを日本語に適用した和製速記法なるものが開発されています。円朝を初めとする当時人気の落語家らの口演は、こうした我が国最初期の速記法によって記録され、それが新聞などに掲載され人気を博したのだそうです。二葉亭四迷の口語体による『浮雲』が1887年に発表され、我が国近代小説の始まりとされていますが、本当は円朝らの速記本が人口に膾炙しているのをまねて、それまで文語調で書かれていた物語を話言葉で書いてみたというのが知る人ぞ知る真相だそうです。
さて芝原氏の本ですが、円朝にはこれまで知られていなかった新作の怪談『夫婦幽霊』なる噺があって、それを速記として記録した原稿らしきものを作者がひょんなことから発見したといういきさつから始まります。速記、それも現代国会議事堂や裁判所などで使用されている速記法ではなく、開発途上にあった黎明期の速記で書かれたものですから、当然のことながら誰もすぐには解読が出来ません。微かに残る文献記録を紐解きながら、まるでロゼッタ・ストーンを解読したような地道な解読作業が続けられる様子が綴られて行きます。そもそも、円朝にそういう噺が本当にあったのか、あったとしてもその噺が一体誰によって何時どのような状況下で記録されたものか、これらの謎についても作者は真実を明らかにしようと迫まります。
怪談噺はおそらく限られた客だけを前に数夜に別けて口演されたらしく、第一夜は江戸時代末期に将軍の御金蔵が何者かによって鍵が壊されることなく開錠され、四千両という大金が盗まれたくだりから始まります。犯人一味は千両箱四つを見事に城外に持ち出すことに成功しますが、その一味の一人が牡丹もしくは芍薬と見られる柄の皮の財布をうっかり落としてしまいます。奉行所は御金蔵の造りや鍵に詳しい者が犯人に違いないと当初内部の人間を内々に調べますが、どうにも該当する人物が浮かび上がりません。次に城の改築に携わった大工職人の中に犯人がいたのでは目星をつけ、大工の棟梁らを奉行所に呼んでその財布を見せますが、これも心当たりのある者が誰もおりません。
そんな中にふとしたことからその財布に微かな記憶を呼び戻した一人の棟梁が、苦労の末持ち主を割り出し、あろうことか分け前をよこせ、さもなくばお白州に申し出るぞと脅迫します。期限を切られた犯人の一人は、とある遊郭の床下に隠していた千両箱を約束の前夜に持ち出そうとしますが、丁度恰もその時、突然大地震が江戸の町を襲い建物が崩れかかる・・・。
先ず、難航の末ようやく解読されたという円朝の語り口が見事に再現された幽霊噺自体が出色です。しかもこの噺の中には、円朝自身が噺に登場する人物らと現実世界でも何かと関係していることが随所で明らかにされ、この怪談噺が必ずしも虚構ではなく、リアルの出来事であることを主張して行きますから、当然の帰結としてぐいぐいと噺の中身に惹き込まれます。それだけではありません。この口演の速記がどのようにしてなされたのか、それは何時何処で誰によって為されたものであるのか、そうした謎が次から次へと提示され、それらの謎解きの過程がこれまた素晴らしい。そしてそして・・・最後は関東大震災まで引き合いに出して、アッと驚くどんでん返し。著者の超人的な博識と調査力に裏打ちされ、読み終わってから快哉の声を上げざるを得ませんでした。これだけの読み物、そうそう出会えるものではありません。もしもこの拙文でご興味を覚えましたら、是非ご一読を。

で、お薦め音楽はどうしたかですって。幽霊噺の後だから、今夜はすーっと消えて終わろうかとも思ったのですが、丁度良いCDが手元にありました。広州音像出版から製作発売されました中国器楽大全『關山月』の1枚です(SWH-1025)。二胡や竹笛、二十弦琴など、中国固有の伝統楽器と現代オーケストラの共演による管弦楽曲集とお考え下さい。とても美しいメロディーが次々と奏でられ、中国悠久の歴史と大地、さらにはそこに生活する人民の自然に対する強い絆を感ぜざるを得ません。CDの表のデザインに
震撼旋律、驚天動地、如哭如訴・・・
とあります(小さい活字ですから読みにくいかも知れません)。耐え難い悲しみが続く時、せめて美しい音楽で傷ついた心を慰め、再び立ち上がる勇気を奮い立たせて頂きたいと切に願っています。
ちなみに牡丹の原産地は中国で、かなり昔は中国の国花であったそうです。1929年に当時の中華民国政府が国花を牡丹から梅に変えてしまいましたが、民国政府が台湾に去った今、中華人民共和国は特に国花を定めてはいません。ネット情報に依りますと、現在、「牡丹、蓮、菊、梅、蘭」の中から新しい国花を選んでいるとのこと。いずれ赤い花であることは間違いなく、牡丹の可能性は高いものと思われます。
