作曲家それとも指揮者?
- 2008/05/23(Fri) -
フリードリッヒ2



とある場所で、「クラシック検定」なる記事を見ました。音楽を聴いて楽しんだり、あるいは演奏する際に、そうした音楽に関する知識が有るか無いかは必ずしも重要ではありません。が、やはり知っているといないでは、その音楽に対する理解の程度が異なることがあります。


では突然、皆様に問題です。(^_^) できればネットで調べることなく回答してみて下さい。

[問] 次に挙げる20世紀の大指揮者と言われた人たちの内、交響曲を作曲したのは誰でしょうか。また何曲残したでしょうか。(一人とは限りません)

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー  ブルーノ・ワルター  オットー・クレンペラー  セルジュ・チェリビダッケ


19世紀から20世紀の初頭にかけて起こった音楽界における大きな変化の一つとして、それまで作曲家が指揮もすることが当たり前だったのに対し、指揮を専業にする者が現われたことが挙げられます。19世紀末のマーラーやリヒャルト・シュトラウスが代表的ですが、作曲家でありながら指揮者でもあり、しかも相当洗練された腕前を発揮していたようです。これが世紀が変わりますと音楽がより複雑・緻密となり、作曲家自身でもうまく振れなくなるケースが出て来るようになりました。と同時に、むしろ指揮者として音楽表現することに才能を発揮し、作曲家との両立を断念、指揮に専念するというケースが多々現われるようになりました。

今日、大指揮者と認識されている人たちの中にも、実は若かった時には作曲をしていた者が少なくありません(もちろん例外はあります)。今ではほとんど作曲家としてその名が記憶されていないのは、大した作品を残せなかったとも言えますが、時代の変化を察知して自ら封印したことが大きな理由だったのかも知れません。


本日は、忘れ去られるには余りに惜しい非凡な作曲の才能を示した指揮者をご紹介したいと思います。もしも次の写真だけでその人の名前を言い当てられたら、あなたは相当なクラ通です。ウィキペディアでもほとんど情報が載っておりません。


Boehe2



彼の名前はエルンスト・ベーエ (Ernst Boehe, 1880-1938)。ミュンヘン生まれの生粋のドイツ人。ミュンヘンの他、北ヨーロッパ各地でコンサート指揮者として活躍しました。このベーエは若い頃Ludwig Thuille (1861-1907)らに作曲を学んでおり、しばらくは創作に精力を注ぎましたが、やがて指揮活動の多忙さの中で自ら筆を折ってしまいました。彼の代表作は「Aus Odysseus's Fahrten (オデュッセウスの航海から)」(1901-1905年作)。ギリシャ神話の英雄オデュッセウスの生涯を描いた、全4部から成る演奏時間1時間半近くも要する管弦楽のための超大作です。

第1部「出発と難破」、第2部「キルケ島」、第3部「ナウシカアの嘆き」と続き、第4部「オデュッセウスの帰還」で完結します。オデュッセウスはギリシャの英雄たちがトロイに集結して始まったトロイア戦争に参加しましたが、出征前に「トロイアに行ったら20年は戻ってこれないであろう」と予言され、10年間もの長い戦いを余儀なくされてしまいます。ようやく戦いに勝ちを治め、故郷イタケを目指して帰路に着くも、途中様々な苦難が次から次へと待ち受けて、最後には船も部下も全て失ってしまいます。ここまでされたら可哀相を通り越して、そうした試練を課した神々たちに憤慨すら感じさせる英雄の苦難の物語は、それだけでハラハラドキドキの大活劇・大ロマン。その壮大なストーリーのハイライト・シーンを音楽化した作品が、上記の「Aus Odysseus's Fahrten」です。ご興味のある方は、何か適当なギリシャ神話の本をお読み下さい。そんな本なんて面倒くさいという方には、こんなものもありますよ(笑)。↓


オデュッセウス2



話は少し変わりますが、クラシック音楽と言いますかヨーロッパ文化に触れる時、ギリシャ神話は母体にいる時から聞かされる子守唄のように、知らず知らずにその根底に深く流れているものです。とりわけロマン派の時代になってからは、そうした基礎知識無くしては真の作品理解が出来ない程に深い意味を持って来ます。西洋の文化知識人たちがギリシャ神話に単なるお伽話を超えた何か特別なものを感じ、また事実そうした特別の普遍性を探し求めていたのでしょう。一例を挙げれば、「オデュッセウスの長い旅」は‘Odyssey’という修辞にもなり、あの有名なSF作家アーサー・C・クラークの作品「2001年宇宙の旅 (原題 A Space Odyssey)」に繋がっていることを知れば、ギリシャ神話が後世に与えたその文化的意味の大きさがお分かりになることでしょう。

さて、ベーエの「Aus Odysseus's Fahrten」。リストの交響詩やR. シュトラウスの管弦楽作品などドイツ・ロマン派系音楽がお好きな人なら、はまること疑いありません。R. シュトラウスともワーグナーとも異なった息の長い長い美しいメロディーに、いつまでも浸っていたいと思われるに違いないロマンティックな夢物語の音楽です。幸いにこの曲、cpoから発売された2枚のCDで聞くことが出来ます。ロマン派後期の名だたる諸作品に比べても決して引けを取ることなく、ベーエがもう少し作曲家として頑張ってくれたらと思わずにはいられません。


Boehe1


Boehe4



[なお冒頭に掲げた絵は、ドイツ・ロマン主義の代表的画家カスパー・ダーヴィト・フリードリッヒ (Caspar David Friedrich, 1774-1840) の作品「氷の海」です。]



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コメント
-検定-
こんにちは。
クラシック検定を紹介した本人です(笑)
調子に乗って「チャイコフスキー検定」も作ってしまいましたが・・・

フルトヴェングラーとクレンペラーとチェリビダッケは交響曲を
作曲したと思います。でも何曲作曲したかは知りません。

ベーエと言う人の名前は初めて聞きました。
私はドイツ・ロマン派系音楽が好きなので、ハマるかも知れません。
ご紹介有難うございました。

しかしながらRAMさんは色々とご存知で、とても勉強になりますね。

2008/05/24 11:26  | URL | Hiroko #-[ 編集] |  ▲ top

-ヒント-
>Hirokoさん

コメントと回答をありがとうございます。答については、もうしばらくしてから書くことにしますね。少しだけヒントを。4人の交響曲の数を全部足すと10を超えます。またある人の交響曲は書かれたことは確認されていますが、未だ演奏されたことがありません。

ベーエの作品は、本当に素晴らしいですよ。今のところ彼の作品は世界中で上記2枚のCDでしか聞けません。同梱の悲劇的序曲、その他の管弦楽作品も出色で、お世辞抜きにお薦め致します。

>とても勉強に

お恥ずかしい限りです。本当は音楽に関する知識を披瀝するのは愚の骨頂だと思っています。しかし、気にいった曲に出会うと、作曲の背景など、つい調べてみたくなってしまうのです。「情報発信」と「薀蓄を語る」というのは紙一重で、いつもジレンマを感じながら記事を書いています。でも上で書きました通り、背景を知って初めてその音楽をより深く理解できることがあるのは事実だと思います。
2008/05/25 01:44  | URL | RAM #YuxmqlV2[ 編集] |  ▲ top

-作曲家それとも指揮者?-
優れた作曲家にして名演奏家(あるいは歌手)―――。
ポップスやロックのではごくありふれたことでも、現代のクラシックの世界ではきわめて例外的な存在ですね。
その数少ない事例として私がすぐに思い浮かべるのは、何といってもレナード・バーンスタインとピエール・ブーレーズの二人。
“耳学問”だけだったら、他にイーゴリ・マルケビッチやジャン・マルティノン、ベンジャミン・ブリテン、フリードリッヒ・グルダ、さらにはムスティスラフ・ロストロポビッチといった名前を挙げることも出来ますが、演奏と作品、双方の主要な業績を一部分でも体験しているという点では、初めに挙げた二巨匠には及びません。
とはいっても、当然のことながら好き嫌いは別で、特にブーレーズの代表作「ル・マルトー・サン・メートル」などは、一度聴いただけで、「何よ? いったいこの疲れる騒音は!」と半永久的に封印してしまったほどです。

さて、RAMさんのお出しになったクイズですが、私が自信をもってお答えできるのは、フルトヴェングラーだけです。
しかも自分の耳で直接音源を確かめたことがあるのは、ピアノ協奏曲の一部分のみ。
その限りの印象で申しあげれば、音楽的にはかなり間延びした、つまらない曲だったように思います。
彼の作品がみなこのようなものばかりだったとしたら、彼が最終的に“専業指揮者”の道を選んだのは、きわめて賢明だったということになるでしょう。
他方、若い頃ベルリンで現代音楽の闘士として活躍したクレンペラーなどは、直感的には自分でもいろいろ作品を書いた経験があるのではという気がしますが、どうなのでしょうか?
指揮については、作曲家と演奏家の“分業体制”が確立されたのは、一般的にはハンス・フォン・ビューロー(1830−1894)あたりからといわれていますね。
それはちょうどワーグナーによる重厚長大・複雑怪奇な管弦楽法を伴った楽劇の創出と時期を同じくしていますので、いわば時代の必然的な要求から生まれた現象なのでしょうが、その一方で、指揮者としても作曲家としても圧倒的な業績を残したマーラーやR.シュトラウスなど「二足のわらじ」組は、やはり別格中の別格の存在といってよいのでしょう。

ご紹介いただいたベーエの作品についてのコメントを拝見して、私が真っ先に連想したのは、あの甘美なバイオリン協奏曲や、ノスタルジックな叙情あふれる「スコットランド幻想曲」、「コル・ニドライ」などを書いたマックス・ブルッフ(1838-1920)です。
私はブルッフの作品を聴くといつも、一般的な“ドイツ音楽“のイメージとは趣を異にした、ある種のインターナショナリズムのようなものを感じるのですが、このベーエもそのような路線なのでしょうか?
機会を見つけてぜひ聴いてみたいと思います。


Ayako

2008/05/27 00:55  | URL | Ayako #-[ 編集] |  ▲ top

--
>Ayakoさん

いつもながら、本格的なコメントありがとうございます。

上の記事に名前が出ませんでしたが、二足のわらじを履いた大家として、往年の巨匠ワインガルトナーが外せません。Ayakoさんが名前を挙げられたバーンスタインとブーレーズは、ほぼ現代の巨匠と言えるでしょう。ただし本当に傑作を残したかと言われると、一部の曲を除いて私はイマイチと思っています・・・(汗)。
そうそう、ブリテンの指揮は大変素晴らしいですよ。しかも意外に古典ものが優れています(たとえばモーツァルトのPコンなど)。現役の人では、アンドレ・プレヴィンがなかなかです。Vnコンなんか、実にロマンティックで素敵!

>フルトヴェングラー・・・つまらない曲

歯に衣をきせぬと言いますか、Ayakoさんにかかったら世紀の大巨匠も「振ると面食らう」(古いダジャレでスミマセン)ですね。でも半ば同感です。彼の交響曲は、ある時はシューマンのように、またある時はブルックナーのように響きますが、途中で突然気まぐれのように変化しますので支離滅裂の印象が否めません。そんな感じで全曲70〜80分間も続くのですから、余程お好きでないと付いて行けないかも。NaxosのサイトでMalco Poloから出ているCDを試聴できます。お安いのはArte Nova。

>ベーエの作品

ドイツ人でありながら甘美なメロディーを得意としたブルッフはやはり特異な存在で、ベーエのは正に正統的ドイツのロマンティシズムです。ぜひ聴いてみて下さい。きっと買って損はないと思いますよ。

クレンペラーについては、まもなく正解を書きますので、その時に。それから日本人の作曲家の場合、指揮も優れている人が少なくありません。それらの例も追々と。
2008/05/27 21:38  | URL | RAM #YuxmqlV2[ 編集] |  ▲ top


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