
とうとう自衛隊の輸送機が中国へ飛ぶ時代にまでなったのかと思えば、中国一般民衆の反日感情を考慮してなのか、一転してそれは中止。またフランス系資本のスーパー「カルフール」が仏国における聖火リレーの混乱で人民による不買運動の対象となったかと思えば、四川の震災に対して多額の寄付をしたことで、一転賞賛の嵐。他国のことと傍観してはいけません。つくづくネット情報社会の影響の大きさと恐ろしさを感じます。
新しい情報が伝わることは大変良いことだけれど、ネット上に現われるそれらの一つ一つにあまりに短絡的に反応するのは、如何なものでしょうか。世の中「右へならへ」と言われたら、全員が右を向き、「左にならへ」と言われたら、皆が左を向く。有名人の中にもとある失言をしたことで、それまで築き上げたものを全て失ってしまうことが続いています。もちろん、批判は批判として受け入れなければならないでしょうけれど、何か行き過ぎているような気がしないでもありません。ネットでの反応は大衆の意向を推し測るのに有効な一手段であることを認めますが、あくまで一部の意見を反映したものに過ぎません。他の人はどうであれ自分はどう思うのか、しっかりした個人の考え方を持って各自が行動しなくては、真の平和で豊かな未来社会はやって来ないのでは・・・と、つい最近のニュースを聞いて考え込んでしまう管理人です。
物事には、即座に行動を起こさなければ意味をなさないことがある一方、慌てて行動を起こしては取り返しのつかない事態になってしまうことがあり、常に正しい判断を迫られます。それを瞬時にして見極めることができれば誰も苦労はしないわけですが、現実にはそれは至難です。そして中には、十分な時間をかけて考えてこそ、初めて理解できること、結論が出せることってありますよね。
音楽にもそういうものがあります。普通良い音楽って、初めて聴いたその瞬間から「素敵!」って感じるものですが、中には何度も聴いて、それについて考えを巡らして、それで初めて「この音楽は何か特別の価値がある!」って気が付く音楽が存在します。
キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」(2001: A Space Odyssey)(1968年)を劇場で鑑賞し終わった時(初公開時ではなく、そのだいぶ後のとある映画館でのリバイバル上映でした)、観客の多くが隣の友人たちと見合って、「何なのこの映画は???」と意味が分からず怪訝な顔を示し、事実そういう会話を彼方此方で耳にしたことを覚えています。キューブリックは、「もしも観客にこの映画を1回観ただけで理解されたら、自分の作品は失敗だったと思う」と何処かで書いていたようにも記憶しています。私自身、その後DVDを購入し、何回か観る内に、その先見性に恐れ入ると同時に、「ああ、そういうことだったのか」と新しいことを発見することが重なっています。
この映画で使われたクラシック音楽は、冒頭の真っ暗な画面から光が現われるところのR.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」と、原始人類の誕生から未来に時代を移した第2部の宇宙飛行船のシーンにおけるJ.シュトラウスの「美しき青きドナウ」であることは余りにも有名。どちらもシュトラウスの音楽で共通させていたのだと、はたと気がついたりします。
映画のタイトルが「Odyssey」となっている意味は、前の記事に書きました。人類が、あるいは知的生命体が、この地球に生存している限り、終わることのない長旅が、この言葉には暗示されています。ベーエの「長旅」の概念を、それから数十年後に作品化したイギリス人作曲家がいます。彼の名はニコラス・モー (John Nicholas Maw, 1935-)。1987年に作られたその曲名は、そのものズバリ「Odyssey」。そしてこの「Odyssey」は、序奏から全4部を経てエピローグまで、全曲演奏95分近くを要するこれまた管弦楽のための長大な作品です。この曲のスコアに取り組めば取り組む程、より深く魅せられ、ついにその録音をEMI (CDS 7542772)に残すことになったサイモン・ラトルは、Mawの作品に対する絶賛の辞をCDのブックレットに書き寄せています。
実は管理人が「Odyssey」を初めて聴いた時には、すぐには気に入りませんでした。と言いますか、長いばかりで正直よく分かりませんでした。しかし、何かが引っかかる、つまりとても気になる存在の、そんな音楽でした。何回か聴く内に、徐々に分かって来ました。この曲、思索に満ちており、実に渋いです。時間は未来永劫に続くかと思われる程に、ゆっくりと流れます。それでいながら、時には管弦楽が猛り狂います。やがて、そうした激しい曲調の時ばかりではなく、実は初めから最後まで全編を通して熱い熱い情感がその根底に溢れていることに気が付きました。恐ろしく精神の集中を要求され、一度聞いただけではその良さが全く分からない音楽。そういう名曲は確かに存在しています。刹那の感情で押し流されない確固とした信念。心から憧れます。
