一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

看護師への道
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最近、ニュースで「准看護師」なる言葉が度々登場しました。久々にこの言葉を眼にして、ちょっと昔のことを想い出してしまいました。実は当ブログ管理人は、「准看護師」資格のある方たちが「正看護師」資格を得るための高等看護学校というところで、数年間だけ非常勤として仕事をしていたことがあるのです。


「准看護師」と「正看護師」いったい何が違うのでしょうか。


実は、前者は都道府県が交付する資格で、後者は国家資格という違いがあります。もちろん、後者の方がより深い専門性を求められますから、お給料・待遇がそれなりに異なります。皆様、ご存知でしたか?


最近は種々の大学に看護学部や看護学科ができて、更には大学院なども設置した高等教育機関が増えたため、一口に「看護師」といっても、専門学校出身の看護師さんもいれば、そうした大学出身の看護師さんもいて、益々専門化と高学歴化が進んでいます。


しかし、以前は看護師になろうとすれば、専門学校を卒業して国家試験を受けるのが普通でした。しかし、特に戦後、医療現場における大幅な人出不足を手っ取り早く補う方法として、種々の病院や地方自治体などが比較的入学が容易な准看護師養成学校を開設・運営し、卒業後に准看護師免許を取得した若い准看護師に現場で働いてもらうということを良しとしていたのです。


こうした准看護師さんたちの中には、やはり正看護師の資格を経て、より自立した専門職として待遇面でもより良い条件で働きたいと思う人たちが現れるのは至極当然かも知れません。そうした職業意識がはっきりした人たちが集まって来たのが高等看護学校でしたから、皆さん、とても学習熱心です。一番若い学生さんが二十歳前後、年令の上の方たちは当時の私よりもずっと年上の30台半ばくらいまでいらっしゃいました。ひょっとしたら今の大学生よりもずっと(社会的に)大人の雰囲気が漂っていたように思います。入学後半年くらいの間に座学中心の講義を終え、早くも秋口には戴帽式を迎え、臨床の現場での実習訓練が教育課程の大半を占めます。


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そして、看護師の国家試験を受け、合格すると目出度く「正看護師」となります。今頃皆さんは、それぞれの現場において責任ある立場で張り切ってお仕事をされているものと思います。





ナイチンゲール(Florence Nightingale, 1820-1910) と言えば、若い時にクリミア戦争に従軍看護婦(当時はそのように呼ばれていましたので)として参加し、その時の献身的看護のエピソードがあまりにも有名なため、幾分か彼女の本当の功績が薄れてしまった感があります。もちろん従軍中の働き振りも称賛に値すべきものと思いますが、それよりもロンドンに帰国後、聖トーマス病院内に看護の専門知識を授けるという意味において初の本格的看護婦(師)養成学校を設立したことこそが彼女が残した一番大きな業績と言えましょう。それまで女性は家庭の中に納まるべきものとした風潮が当たり前の時代にあって、自立した職業としての看護婦(師)の地位を確立したわけです。その後、同様の看護学校がイギリス各地に設立され、今日のイギリスにおける(あるいはそれに範を得た世界の)看護教育の礎を築き上げたと言われています。


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改めて彼女の肖像写真を拝見しますと、いかにも意志が強そうな凛々しく知的なお顔が印象的で、そこはかとない気品を感じさせます。


[偶然ですが、ナイチンゲールと同じような道を歩まれた何人かの優れた看護師の方々と近くお会いするという話があったものですから、ふと、この話題を取り上げてみたくなりました。]





今日の音楽は、ポーランドの作曲家ヴォイチェフ・キラール(Wojciech Kilar, 1932-2013) の映画音楽「The Portrait of a Lady」(1996年公開)から「Flowers of Firenze」です。


何故かって? それは書かなくてもお分かりになりますよね。そうでない方には、謎解きのお楽しみということで。(^o^)





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