一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

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名作曲家の故郷ウィーン(1)
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いよいよ夏も去り、秋が本格的に始まろうとしています。クラシック音楽のコンサートもこれから目白押し。そんな季節を迎えて、再び音楽の都ウィーンについて取り上げてみたいと思います。


ウィーンと言えば名作曲家たちの故郷です。ただし、このブログでは、ベートーヴェンやモーツァルトなど、いわゆる超有名作曲家たちと彼らの作品については話題として取り上げない方針と書いたことがあります。では、管理人はそういう作品が嫌いで、普段は聴かないのかと言うと、実は全くそうではありません。正反対に、バッハ、ブラームス、チャイコフスキー・・・、誰のどの作品であれ、皆どれも大好きなのです。


以前、書いたことがあるのですが、管理人が中学生だった時の音楽の先生は、ほとんど定年を間近かに控えていたご年齢だったと思うのですが、相当に気性が荒いことで生徒たちの間では極端に恐れられていました。生徒が授業中に悪ふざけなどするものなら、カンカンに怒って水を満たしたバケツを持たせて廊下に立たせることなど当たり前。実際に見たことはないけれど、男子生徒を抱きかかえて4階にあった音楽教室の窓から外に放り投げようとしたことまで(ワザとだと思いますが)あったという、現在なら完全に懲戒免職か辞職の対象となる硬派の問題教師でした。


しかし一方、授業教材として本格的に日本民謡を歌わせたり、ハリー・ベラフォンテのジャマイカン・ミュージックや更には仮名手本忠臣蔵の義太夫を鑑賞させるなど、相当に意欲的で、かつ奇抜な教育法を実践される熱血先生でもありました。卒業式の時に、校長先生が生徒一人一人に証書を手渡す際に流すバックミュージックとしてベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番の前半部をエンドレスに流すというアイデアは、その先生が提案し実行されました。この曲の静かで、それでいて内に秘められた高貴な精神性の音楽は実にその場にふさわしいものであり、その先生の音楽芸術家としての才能が本物であったことが、その一事をもってしても明らかです。


とは言いましても、お顔からして強面で、しかもお腹から出される声がドスが効いているというのでしょうか、とても怖ろしくて、音楽の時間にその先生に近づくことはなかったのです。ところがある時、寡黙であった筈の生徒(管理人のこと)が、ついうっかりと「ブルックナーの交響曲・・・」と口走ったために、その言葉に敏感に反応した先生が目をランランと輝かせて、急に親密に話かけてくるようになりました。ブルックナーとかマーラーの作品が現在のように人気を博す以前のことでしたから、先生もそんな作曲家のことを生徒が知っていたことに驚かれたのでしょう。そのことがあって以来、授業が終わった後に音楽準備室で様々なレコードを前に、学校の授業とは離れた音楽談義をすることが間々あるようになりました。これも現代であったなら、大変問題になっていた行動かも知れません。もっとも、お断りしておきますが、管理人本人はそうしたことが決して嫌ではなく、むしろ同好の士(師)を得て喜んでいたように思います。今だからこそ明らかに出来るお話です。


つまり、そのくらい管理人は大人になる前から音楽を聴くのが大好きだったということです。そんな塩梅で、無料や格安のコンサートに通い、また図書館のレコードを借りては聴いたものですから、高校生の頃には大概の有名曲はほとんど全て頭に記憶されていたように思います。(如何に学校の勉強を真面目にしていなかったかが、それだけでバレてしまいますね。笑) 各々の曲にはそれぞれの想い出があり、感想を述べようと思えば実に沢山のことが想い浮かびます。が、あまりに多過ぎて、それらをここに書き綴るのは恥ずかしい・・・と申しますか、気が引けます。 加えて、そのような有名曲なら、もう多くの方々が色々なところで書かれていますから、敢えてこちらでご紹介するまでもないと考えました。こうした理由から、このブログでは有名曲を話題にしないことを決めたのです。




話をウィーンに戻しましょう。


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ウィーン国際空港から市内に出るには、City Airport Train (通称CAT)に乗るのが安くて早く便利です。


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CATのターミナルに着いたら、市内各所への移動には地下鉄に乗り換えるのが便利です。幾つか路線がありますから、事前に地図やガイドブックなどで調べておきましょう。


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市内の中心部にある聖シュテファン寺院の近くに、大きなCDショップがありました。クラシック音楽ファンとしては、本場ウィーンのお店の中は一体どうなっているのか、興味津々です。早速中を覗いてみることに。


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なかなか落ち着いた雰囲気で、品揃えも豊富です。


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お店の反対側はこんな感じ。ヨーロッパの音楽ショップとしては、かなり大型店の方だと思います。


それにしても、日本のクラシック音楽ファンの人口は、すべての音楽ジャンルのCD売上の中でクラシック音楽が占める割合は1~2%程度しかないと言われていることからすると、決して多くはない筈なのに、都内の大型点の規模はとんでもなく大きいとつくづく思います。クラシック音楽の巨大市場は、欧米よりも東洋の日本にあるというのは、本当ではないでしょうか。






本日は、オーストリア帝国時代のウィーンに生まれた作曲家エーミール・ニコラウス・ヨーゼフ・フォン・レズニチェク (Emil Nikolaus Joseph von Reznicek, 1860-1945) をご紹介します。名前から分かりますように、チェコ系貴族の血筋として生まれているようですね。19世紀中は欧州内各地の劇場などで指揮者あるいは楽長を務め、20世紀に入ると主にベルリンに定着し、活動しています。大戦前のドイツ第三帝国の時代には、帝国文化評議員を始めとして数々の要職にも就任し、ドイツ帝国音楽界で一目を置かれる重鎮の一人になっています。


作風は極めてオーソドックスなドイツ後期ロマン派と言ったらよろしいでしょうか。それだけに、R.シュトラウスやマーラーなど同時代の強烈な個性を持った作曲家らを前にして、戦後急速に影が薄くなってしまったのは已むを得ないのかも知れません。代表作は歌劇「ドンナ・ディアナ Donna Diana」(1894年作)。特にその序曲で一躍名が知られるようになりました。如何にもウィーンっ子に好まれそうな独特のメロディーとリズム感の音楽です。本日はその曲と、もう1曲ウィーンの香りが偲ばれる美しいヴァイオリンの調べが聴けるヴァイオリン協奏曲 Konzert für Violine und Orchester e-Moll (1918年作) を挙げておきたいと思います。20世紀初頭当時に撮影された写真と共にお楽しみ下さい。








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