一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

ハーフ・ハーフ
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最近、日本のテレビ番組を見ていて、「あれっ?何時頃からこんな風でしたっけ?」と思うことが多々あります。

その内の一つに、様々な番組に、俗に呼ぶところのハーフのタレントさんたちが多数出ていることです。国籍も性別もいろいろ。更に言えば、いわゆる「ニュー・ハーフ」系の方々の出演頻度も半端ありません。以前から、ある一定の割合でそうしたタレントさんたちが出演されていたことは認識していましたが、何時頃からこんなにもハーフの方々が重用されるようになったのでしょうか。国際化が浸透して来て、もはやそうした外国系の方々が珍しくも何ともない存在になったというのなら分かります。しかし、実際の存在比率以上にメディア、特に日本のテレビ界を席巻しているのではないでしょうか。無論、そうした個性豊かな人たちが公共のメディアに登場し、視聴者を楽しませてくれること自体は何ら悪いことではありません。うまく表現できませんが、どうも違和感の理由は違うような・・・。その人本人が内包する個性というよりも、何か人工的に作られた軽いキャラが先に目立ち、それを放映するテレビ局側が分かっていて利用している・・・そのようなタレントさんが非常に多いと申しましょうか。これが一時のブームであり、やがて視聴者に飽きられて出演回数が急速に減少し・・・という近未来が見える気がするのです(ファンの方のお気に障ったらごめんなさい)。


近頃、一般視聴者が回答者になるクイズ番組が激減しているそうですね。とある番組の解説によると、一般の素人の方だと回答の仕方やMCへの対応が即妙に出来ず、つまり見ていて面白くないことが多いからなのだそうです。それに引き換え、タレントさんが回答者であれば、正解であれ誤答であれ、視聴者を楽しませてくれるツボを心得ているとのこと。私たちは、番組プロデューサーの意図することに泳がされてクイズ番組を観させられているということになります。何故か悲しくなりますね。


思えば、参議院選挙まで後数日。某知事の諸問題を選挙民としての理性的判断からではなく、メディアと一緒になって半ば感情的な理由から辞任に追いやり、今また各党からの立候補者選定のゴタゴタをお茶の間から楽しみながら観ている人がどれだけ多いことか。時が過ぎれば、あの時どうしてそのような判断をしたのかさえ考えようともしない。こうした近視眼的反応で投票することが如何に危険なことか。いや、投票所に向かうならまだしも、どうせ自分たちには関係が無いことと、自らに与えられた権利すら放棄する人たちが如何に多いことか。今は期日前投票という制度が非常に充実・浸透して来ており、選挙当日に仕事や遊びで投票所に行けない人たちも気軽に一票を投ずることが出来ます。少しの間くらい真剣になって日本の将来について考え、選挙に行こうではありませんか。今回の選挙、普段は住所登録がしてある地域ではないところで仕事をしている身ですが(国内と国外がハーフ・ハーフ)、たまたま登録されている所に行く用事がありましたので、何年か振りで期日前投票を済ませました。




さて、ハーフの音楽家と言えば、この人ほど目立つ存在は他にいないでしょう。イギリス、ロンドン生まれの作曲家サミュエル・コールリッジ=テーラー(Samuel Coleridge-Taylor, 1875-1912)。母はれっきとしたイギリス人。父がアフリカのシエラレオネ出身の医師でした。この時代のハーフです。しかも黒人と白人の混血ですから、相当な偏見に遭い、多大な苦労を味わったものと思われます。もっともサミュエル自身にとって幸いだったのは、サミュエルが生れた後、父が再びアフリカに戻った後に母方の養父母の下で養育されたことでした。
写真のように、外見こそアフリカの血統を受け継いでいることが明らかですが、英国王立音楽大学に進学し、イギリス紳士としての教育を受け、中身はその出自を微塵も感じさせることがないほどにヨーロッパ的であったそうです。にも拘わらず、その混血が忌み嫌われ、彼の妻の両親からは結婚を大反対され、また当人はお金に執着することなく、作曲料が微々たる状況にも文句を言わなかったため、困窮の内に過労と肺炎のため37才という若さで亡くなっています。しかしながら、残された作品はヨーロッパ人作曲家以上に正統的なクラシック音楽であり、「ハイアワサの婚礼」という合唱作品を始めとして、彼の死後、一時期イギリス人指揮者マルコム・サージェントがしばしばその作品を演奏するなど人気作品もありました。大変温和な性格の人だったようで、指揮する際も極めて的確な指示を出すなど、その才能と人となりを知る者たちからは深く慕われた人物だったとのこと。現代の耳からすれば、「前衛性に乏しく、音楽史の中で特筆すべき作品・業績はなし」との厳しい批判もある一方、幾つかの作品は「再評価すべし」との声もあり、今一度耳を傾けても良いのではと取り上げた次第です。ブームに踊らされるのではなく、その中身を問うて判断すべしです。


ここでは「管弦楽のためのバラード Ballade in A minor for full orchestra, Op.33」(1898年作)をご紹介しておきましょう。
なお、ここにご紹介する演奏は、ジャケットには表記が抜けていますが、以下のCDから取られているものと思われます。


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