一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

未知の世界へ(1)
FNC1
プエルトリコにあるコロンブス像


今から遡ること524年前の今日、即ち1492年10月12日の早朝、クリストファー・コロンブスは現在のバハマ諸島の一つであり、その後サン・サルバドル島と名付けられたカリブ海に浮かぶ島に上陸しました。いわゆるヨーロッパ人によるアメリカ大陸発見の始まりとなる歴史的な一大イベントです。


その3日前、このまま(西方に向かえば必ず到達する筈と言われていたインドに到着することが叶わないどころか、陸地の影さえ見えない)航海を続けたのでは無事に生還することが出来ないと、乗組員からの暴動にも近い猛反対に押し切られ、「後3日だけ、3日だけ待って欲しい。それでも陸地が見えなかったら(出港した)スペインに帰還するから」と約束までさせられてしまいました。その3日目のことです。島影が視野に捉えられたのは。


この無謀とも言える未知の世界への旅立ちが実現するに至るには、幾多の困難にも怯まずに根気強く続けた執念の準備と偶然とも言える社会情勢があって初めて為し遂げられました。特に後者については、あまり多くの人には知られていません。これから暫くの間、この歴史的な出来事について少々考察をしてみたいと思います。


先ずはコロンブスが乗船していたサンタ・マリア号について。ほぼ忠実に再現された復元船の写真がこちらです。↓


FNC2


このような形の船はキャラック船と呼ばれ、これより小型のキャラベル船2隻を従え、コロンブスは計3隻で航海に乗り出しました。それまで主に長期航海に使われていた船の形はガレー船と呼ばれ、地中海のように比較的穏やかな海ではその船が十分に通用しました。しかし、大西洋のアゾレス諸島より遠方の大西洋の荒海では全く歯が立たず、強風によって難破してしまうという問題がありました。


14~15世紀、ポルトガル王朝が最盛期の時代、ジョアン王1世の三男エンリケ王子(1394-1460、後にエンリケ航海王子と呼ばれる)は、ポルトガル南西端の町サグレスの船大工たちに全く新しい船体構造と帆装を持つ設計図を見せました。エンリケ王子は、若かりし頃に北アフリカのジブラルタル海峡に近いイスラム文化の街セウタ攻略に成功して以後、さらに南方のアフリカ大陸大西洋岸一帯を探険開拓することを企図します。しかし、そのためにはそれまでの船では役に立たないことを実感しており、この船舶の改良が先ず重要との結論に至ったわけです。様々な実験的試みを経て、最終的に荒海にも耐える船が造り上げられました。船底と甲板を特別に強化した丸底の船体で、かつほぼ逆風でもジグザグ走行することによって帆走できる、アラブ由来の三角帆を採用し、操舵性能にも優れた、今日呼ばれるところのキャラベル船の登場です。アフリカ大陸西岸を南下探険するために、この時代のサグレスの町には、優れた船大工だけでなく、地球上未知の世界への進出に必要な専門家たち、たとえば地理学者や天文学者、その他測量の専門家を始めとする様々な分野の学者らなど、つまり当時最先端の技術・知識を持った人々が多数集められたのです。時代の革新には、こうした科学技術の集積・発展があって初めて可能となる実例として、このことは是非強調しておきたいと思います。 (つづく)




アメリカ大陸発見500周年を記念して公開された映画『1992 Conquest of Paradise』のメインテーマを本日の音楽と致しましょう。ギリシャの作曲家ヴァンゲリス(本名エヴァンゲロス・オディセアス・パパサナスィウ Evangelos Odysseas Papathanassiou, 1943-) による音楽は、正にこの一大イベントにふさわしい豪壮な調べです。





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