一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

従軍看護婦
MNS1


当ブログ管理人は、かつて学校を出たてのホヤホヤ新米であった頃、暫くの間、上の写真の施設で非常勤の仕事をしていたことがあります。この施設は、創設が何と第2次世界大戦開始以前にまで遡り、当初は戦争で傷ついた兵士を収容することが目的の療養所の一つでした。時代と共に絶えず建物の増改築や新築がなされ、今では創立時の面影はほとんど残っておりません。しかし、管理人が出入りしていた頃は、まだ建物間の連絡通路や幾つかの木造建築物が創立当時のままであったと思われ、初めて訪れた時は柱や屋根の様子が、まるで映画のシーンに現れた陸軍中野学校みたい(実物を見たことはありませんが)と思ったことをよく覚えています。


この施設では傷痍軍人を療養させることが本来の目的となっていましたが、実質的には主に戦場で精神疾患を患った兵士たちを収容する施設でした。そのため戦中から精神病に特化した加療・入院施設となり、戦後になってからは女性を含む一般国民も入所可能となりました。休み時間に婦長さんらがプライバシーに十分配慮されながらも何気なくお話になる(入所患者さんたちの)容態や境遇は、社会経験の乏しかった若年の管理人には大変教育的、かつ刺激的で、随分と心を動かされ、涙を流したものでした。





ところで、戦後も70年余りが経過しますと、それまでずっと長い期間秘めてきた自己の体験をポツリポツリと語る人たちが現れています。昨夜はNHKで関東軍防疫給水部(731部隊)に関する特集が放映されました。真実を語れば、戦争犯罪を新たに問われることもあるかと恐れ、あるいはそうでなくとも職務放棄の誹りを受ける恐れがあり、本来であれば墓場まで持って行くようなお話が零れ落ちて来ます。中には、番組制作者らの熱意に応えて、もはや過去のことは時効として、むしろ後世のためにと勇気を振り絞って語ってくれたのかも知れません。


本日は、そうした証言の一つとして2016年7月放映されたNHKスペシャル「女たちの太平洋戦争 ~従軍看護婦 激戦地の記録 」をご紹介したいと存じます。70年以上前のことながら、今なお生々しい証言です。私たちは、こうした貴重な体験談をしかと受け止め、それから何を学び、今後何をなすべきかを真剣に考えなければなりません。(注. 動画開始49分後以降に編集上の不手際からか重複あり。)





そして本ブログは、一応音楽ブログですので、こちらの動画(一部の歌詞省略)もご紹介しておきましょう。


従軍看護婦の歌
(作詩 加藤義清 作曲 奥好義)


火筒(ほづつ)の響き遠ざかる  跡には虫も声立てず  
吹き立つ風はなまぐさく  くれない染めし草のいろ

わきて凄きは敵味方  帽子飛び去り袖ちぎれ  
斃れし人の顔色は  野辺の草葉にさもにたり

やがて十字の旗を立て  天幕(テント)をさして荷(にな)いゆく  
天幕に待つは日の本の  仁と愛とに富む婦人

真白に細き手をのべて  流るる血しお洗い去り  
まくや繃帯白妙(しろたえ)の  衣の袖はあけにそみ

味方の兵の上のみか  言(こと)も通わぬあだ迄も  
いとねんごろに看護する 心の色は赤十字

あないさましや文明の  母という名を負い持ちて  
いとねんごろに看護する  心の色は赤十字





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