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一度踏み入ったら出口の全く見えない音楽の深い森。森の中を彷徨い歩く内に出会った神々と妖精たちのお話です。

伯爵夫人
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未だ女性が社会進出することが難しかった19世紀のイギリス・ビクトリア朝時代、作曲の分野で草分け的存在となったアリス・メアリー・スミス (Alice Mary Smith, 1839-1884)について2012年5月19日の記事で取り上げました。


ほぼ同じ頃、当時としては類稀なる才能を発揮して自身が指揮するオーケストラまで組織し、ほぼ定期的な演奏会まで行っていたもう一人の音楽的逸材について今日はご紹介したいと思います。彼女の名前はヘレン・マチルダ・チャップリン (Helen Matilda Chaplin, 1846-1929)。1866年、彼女が20才の時に後に(1889年に)ウェールズ地方のRadnorshire郡の第5代伯爵としてその地を治めることになるWilliam Pleydell Bouverie (1841-1900) と結婚したことにより、最終的には伯爵夫人となりました。一般にはLady Radnorとして知られています。


Helenは音楽とガーデニングに特に才能を発揮したようで、夫が子爵の称号をもらっていた結婚直後の頃より女性弦楽器奏者からなる楽団を組織し、これが後にLady Radnor's Bandとなり、1880年代から90年代にかけてロンドンや地方の町々で様々な作品を演奏した記録が残っています。


彼女が英国音楽史の中で記憶されているのは、こうした時代に先駆けて行った数々の業績と共に、彼女の名前が冠された作品が実際に残っているからでもあります。その作品とは、「Lady Radnor's Suite」。彼女が楽団で演奏するためにと、当時英国音楽界では名前が広く知られた代表的作曲家パリー (Sir Charles Hubert Hastings Parry, 1848-1918)に作品を委嘱し、その結果1894年に出来上がった弦楽オーケストラのための全6楽章から成る演奏時間15分程度の小品です。英国音楽と言えば、「弦楽オーケストラ」と言われるくらい有名なジャンルであり、事実エルガー、ヴォーン=ウィリアムズ、ブリッジ、フィンジらが後に数々の名曲を残しましたが、実はその嚆矢ともなった作品がこの曲なのです。パリーは、今日英国音楽の代名詞とも言われる弦楽オーケストラという新しい伝統が確立する以前に活動した作曲家であり、その意味では時代の限界という悲運を背負った作曲家でもありました。5つの交響曲を始め数多くの作品を残しましたが、その多くは当時ヨーロッパ大陸で2大潮流となったブラームス、ワーグナーらの音楽の内、特に前者の影響を多分に感じさせるものであり、結果として評価がいまいちに留まらざるを得なかったわけです。しかし、この「Lady Radnor's Suite」の作品がその後の英国音楽伝統の先駆けとなったことを思えば、パリーについてはもう少し再評価されても良いのではと管理人などは思っています。種々の演奏がYouTubeにアップされています。一応のお勧めはこれになるでしょうか。






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